第2話

 「じゃあ、行ってくるね。」

 いよいよ実際に物件に足を運ぶ時が来た。私の実家は東京からかなり離れているため、ここからは私一人で手続きをする。

 「気を付けてね、荷物は数日後届くはずだから。着いたら連絡入れるのよ」

 母は私より多く言葉を発する。

 「わかったよ」

 スーツケースを右手に持って、履き慣れた黒色のローファーに足を入れる。

 「じゃあ、行ってきます」

 ドアを軽く開けて振り返る。家族全員が私を見つめていた。

 家族総出で見送られるのは、なんだか少し恥ずかしいし、感慨深くなる。

 

 外へ出てドアを閉める。空は雲一つない、からっとした冬晴れ。しかし、春物をおろすにはまだ早い、というくらいの気温。太陽の光があっても暖かいとは言い難い。

 私は白いタートルに深緑色のワンピース姿だったが、冷たい風に促されるように紺色のダッフルコートを羽織った。


 ここから最寄り駅までは徒歩で50分ほど。バスを使ってもよいのだが、いつ再び見ることができるかわからない地元の風景をじっくり眺めるには、歩くペースくらいが丁度良かった。

 歩道の横には片側3車線の道路。大通りは平日にもかかわらず車通りが激しかった。 

 ここは高校時代の通学路だ。登下校で嫌々吸った排気ガスを取り込んだ空気も、今日は愛おしく感じてしまう。

 私は左手首に目をやった。ネイビーのベルト、ゴールドのギリシャ文字が良く映える白い文字盤。これは高校の入学祝いとして両親が買ってくれたものだ。

 この間電池交換をしたばかりだったからか、秒針は快調にリズムを刻む。

 新幹線出発の時刻が迫っていた。少し急がなくては。



 私の実家は住宅街の中にある。地元は田舎ほど田舎ではなく、都会ほど都会ではない。いわゆる“とかいなか”だ。

 だから帰ろうと思えばいつでも帰省するための交通の便は整っている。しかし、ここは大学生。自立するためにもあまり帰らないと決めている。

 それゆえに地元を体中に蓄えて上京したいのだ。

 飽きるほど通った道を踏みしめて歩く。


 そうこう考え事をしているうちに駅が見えてきた。

 綺麗に舗装されていない道では、ガラガラとスーツケースの音が悪目立ちする。

 私は赤信号を前に、ポケットに入れていた切符で発車時刻を確認した。あと25分。少し早歩きしすぎた。

 長旅だしコンビニでおにぎりでも買おう、と思い、中の具材を考えながら再びガラガラとスーツケースを従えて歩く。

 4つのタイヤが揃って回転する。

 まだ少し寒い3月下旬、私の人生の歯車も少しずつ回り始めていたことに、その時はまだ気が付かなかった。

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