27 魔法という穢れ

 レオとアリアが背後で絶句しているのが、目を向けなくてもわかった。

 ロード・デュークスが口にした言葉は、魔法使いのものとは到底思えないからだ。

 それが、魔法使いとして上位の位置である、君主ロードの立場を持つ彼であれば、尚更だ。


 ロード・デュークスは、魔法を崇高な神秘として仰ぎ、そして誇りを持って研鑽を重ねている魔法使いとして、あるまじき発言をした。

 魔女や『魔女ウィルス』、そしてドルミーレを否定するのは当然のことだけれど。

 魔法使いが魔法すらも否定するなんて、本来ありえないことだ。


 けれどどうやら、ロード・デュークスは魔法の本質を知り得ているらしい。

 ならばそれはある意味、魔法使いとして当然の反応なのかもしれない。

 魔法に誇りを抱き、自らのアイデンティティの一つとしてきたからこそ、その実態に強烈なおぞましさを覚えた。

 そう思えば、決して外れた発言ではない。


 でも彼の言葉には、どこかそれ以上の感情が含まれているように思えた。


「姫殿下、あなた様はとても尊い思想を持つ、清らかなお方だ。しかし、それ故に未熟さが拭えない。あなた様が目指すものは間違ってはいないが、理想の域を出ないのです。あなた様は、まだ子供だ」

「っ…………」


 普通のトーンで言っているだけなのに、その言葉はとても冷たく、私の胸に刺さった。

 私よりも長い人生を歩み、長い間この世界を見てきた彼には、それならではの現実が見えている。

 それがどんなに残酷な選択でも、確かに私よりも現実に近いものを提示しているかもしれない。


 私のやろうとしている事は、確かに確証がなく、希望に縋る部分が大きい。

 私の中の信頼や自信は、他人に証明できるものじゃないし、国家の行末を左右する出来事に対して提示するには、確かに弱い。

 そういう観点で見れば、ロード・デュークスの案の方が現実的で、確実性が高く見えてくる事は否めない。


 でも、でも……。それでも、納得はできない。

 私は気圧されそうになりながらも、歯を食いしばって喰らい付いた。


「確かに、私の考えは甘いかもしれません。けれど、やっぱり私は、『ジャバウォック計画』を受け入れる事はできません。だってそれを用いれば、何もかも台無しになってしまう。他の方法があるならまだしも、それは……」

「台無しになる、か。それは仕方のない事でしょう。今のこの世界の在り方が、そもそも間違っているのだから」


 私の反論に、ロード・デュークスは溜息をついた。


「全ての魔女を駆逐し、その原因である『魔女ウィルス』を排除する。それを成す為には、同様の力である魔法という手段は全く適切ではない。不可能と言ってもいいくらいだ。であればそれに反する力、ジャバウォックを用いるのが当然の帰結でしょう」


 魔法が『魔女ウィルス』を前提とするものである以上、確かに魔法による解決策などあるわけがない。

 彼らが飽くまで魔法使いである以上、魔法以外の手段を模索する事は難しい事だろう。


「それにジャバウォックを用いれば、ドルミーレの力である『始まりの力』をも打ち砕くことが可能です。あなた様もそれを望まれていたようですし、何も問題はありますまい。『ジャバウォック計画』は、この世界に蔓延る穢れを全て抹消することができるのです」

「違う、違います。私が言いたいのは、そういうことじゃない……!」


 私は堪らず、僅かに声を荒げてしまった。

 それでも冷静さを保つロード・デュークスを見据えながら食ってかかる。


「『魔女ウィルス』を排除することも、私の『始まりの力』を砕くことも、確かにいいことです。魔法すらも消し去ることだって、あなたたち魔法使いがいいのであれば、いいでしょう。でも、ジャバウォックが破壊するのはそれだけでは収まらない。それが姿を現せば、世界ごと滅ぼされてしまうと、私はそう言っているんです……!」


 ロード・デュークスは真っ当なことを言っているようで、肝心な点について触れていない。

 ジャバウォックは全てを崩壊させる、混沌の権化の魔物だ。

 私自身はそれを知らないけれど、この心はその名前にとても危機を感じるし、実際にそれを知るレイくんがそう言っている。

 ジャバウォックを使って望むものを消し去れたとしても、その代償として世界そのものまでも破壊されてしまっては、元も子もない。


 私の危惧は、話の本質はそこなんだ。

 そこが解決しない以上、どんなに理屈や正当性を語られたって、頷くことなんてできない。

 そこについてロード・デュークスはどのように考えているのか。

 詰問するような勢いで見詰めると、返ってきたのは嘆息だった。


「そんなことは心得ていますよ、姫殿下。私は、魔法によって穢れたこの世界を、破壊すべきだと考えているのですから」

「…………!」


 事も無げにそう言ってのけたロード・デュークス。

 そのあまりの発言に、アリアは小さく悲鳴を上げた。

 彼女は、ロード・デュークスはそんな危険を冒さないと、そう言ってた。

 しかし実際は、危険を顧みないどころか、寧ろそれを望んでいるという。

 私も流石に、それは信じられなかった。


「あなたは、この世界に生きる人間として、この国を守る魔法使いとして、それでいいんですか? 本当に、あなたは、世界を滅ぼそうと……」

「何も驚くことではない。申し上げたではないですか。私は、魔法という穢れを清算すべきだと考えている、と。それはつまり、この世界に蔓延るあらゆる『魔なるもの』の抹消であり、魔法によって道を誤ったこの世界の破壊でもあるのです」


 ロード・デュークスは顔色一つ変えることなく、当たり前のようにそう語る。

 自らが暮らす世界を、間違っているという理由で壊そうとしている。

『始まりの魔女』ドルミーレから齎された魔法が、穢らわしく受け入れ難いものであるから。それに満たされた世界そのものを破壊すべきだと、本当にそう思っている。


 ロード・デュークスがいつ、魔法の本質に気がついたのかはわからないけれど。

 彼はきっとはじめから、そこまでを見据えて計画を立て、それを目指していたんだ。

 彼にとって魔女の掃討や『魔女ウィルス』の除去は、飽くまで表面的なことでしかなくて。

 そのもっと本質、自らが扱う魔法や、それが広く浸透した世界までもを破壊することが、ロード・デュークスの魔女狩りとしての目的なんだ。


 彼の『魔女』に対する嫌悪は、自らとその環境を排除することを躊躇わせないほどに、本物だということ。

 それは魔法使いとしては真っ当なようで、けれどとても逸脱した感性のように思えた。


 私は何て言葉を返せばいいのかわからず、硬直してしまった。

 後ろにいるレオとアリアも、混乱と動揺を隠せずにいる。

 そんな私たちに、ロード・デュークスは淡々と言葉を続ける。


「それこそが、『始まりの魔女』ドルミーレの穢れを拭う、唯一の方法なのです。悪しき魔女によって歪んでしまったこの世界を、このまま続けていても仕方がない。何もかもを破却し、世界はやり直すべきなのだ。この世界は太古の時代から、間違ってしまっているのだから」

「そんな、そんなこと……」

「そうすれば、もう誰も苦悩することなどない。穢れは全て失われるのです。ですから姫殿下、私にご協力頂きたい。何もせず、ジャバウォックを受け入れるという協力を。そうすれば、あなた様は強大すぎる力から解放され、そしてこの世界の多くの人々もまた、果てしない『魔女』の呪いから救われるのですから」


 それが最も正しいことだと信じて疑わないロード・デュークスの言葉には、罪悪感のかけらもない。

 きっと彼はそこに悪意など微塵もなく、それこそがこの世界のためだと信じて疑わないんだ。

 魔女を否定する魔女狩りとしての突き詰めた感性と使命感が、彼にその究極的な選択をさせている。


 でもそこには、魔女憎しという私情がどうしても見えてしまう。

 確かに彼が言う通り、ドルミーレが残した『魔女ウィルス』と、そこから繋がっている魔法は、世界の方向性を大きく変えてしまったかもしれない。

 けれど、それを理由に世界ごと滅ぼしてしまおうなんていうのはやっぱり、魔女狩りの極端な思想だ。

 この世界で生きる人々や、『まほうつかいの国』以外の魔法とはほぼ無関係の人々や物事を、全て無視している。


 魔女を憎む者としては、それは当然の選択かもしれないけれど。

 でもそれは、そこしか見えていない人の感情だ。

 そんな恐ろしいことを考えている人に、私は絶対賛同なんてできない。

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