26 デュークスの狙い
ロード・デュークスは堅物そうな難しい顔をしつつも、表面上は友好的な雰囲気を醸し出している。
しかしそれでも、それが彼が腹の中では全くそうではないことを考えているであろうことは、容易に感じ取れた。
けれど、今私は特に拘束されるわけでもなく、何かを無理強いされるわけでもなく、落ち着いた対話の席にある。
それは意外でもあり、けれどとても安堵した部分だ。
例えそれが見てくれだけの穏和であっても、会話ができるのなら話し合いでどうにかできる余地がある。
ただ問題は、ロード・デュークスが私のことをお話にならない奴と思っているだろうところだ。
「姫殿下、あなた様のお考えは素晴らしい。それはとても理想的だ。しかし、現実というのはそう簡単ではないのですよ」
ロード・デュークスは深い溜息をつき、ゆったりと肩を竦めた。
子供の夢見事に苦笑するように、そこに浮かべた笑みには含みが込められている。
「魔法使いと魔女の確執は、昨日や今日始まったものではないのです。この国が辿ってきた二千年の歴史の中、この問題は絶えず軋轢を生んできた。我らはもうお互いを受け入れられる段階にはない。共存は不可能なのです。であらば、死を振り撒く魔女を、根本から駆逐する他ありますまい」
「それはわかっています。わかっているつもりです。けれど、あなたたちはその長年の憎しみの中で、恨む相手を間違えている。憎むべきは魔女ではなく、それを生み出す『魔女ウィルス』、延いては根源であるドルミーレなんではないですか? それを思えば、魔女の掃討はやはり不適切です」
私たちの意見は正反対で、ただ言葉を交わし合っても平行線であることは明らかだった。
何がなんでも魔女を消し去ろうとするロード・デュークスに、私は冷静であることを努めて穏やかな口調を心がけたけれど。
それでもどうしても、語気は強くなってしまうのを避けられなくて。
ロード・デュークスの落ち着き切った瞳に、子供だと嗤われている気分になった。
ちゃんと話し合わなきゃいけない。
私はバレないようにそっと呼吸を整えて、話の角度を変えることにした。
「私は魔女を滅ぼすのではなく、その根本だけを消し去るべきだと考えています。この世から『魔女ウィルス』を無くそうと。もちもん、魔女たち自身を傷つけることなく」
「ほう、それは素晴らしいお考えですが……策はおありで?」
「あなたたちが『始まりの力』と呼ぶ、私の中にある力。『始まりの魔女』ドルミーレから出ずるこの力を持ってすれば、可能かと。そしてそれが成った後は、この力の根源もまた消し去りたいと思っています」
「………………」
私の言葉に、ロード・デュークスは眉間にシワを寄せ、訝しげに目を細めた。
魔法使いは、『始まりの力』がドルミーレの力だとは知っているけれど、しかし彼女そのものが私の中にいることは知らない。
だから少しボカした言い方になってしまったのが、不信を買ったのかもしれない。
「魔法使いが『始まりの力』を、この国の繁栄に使いたいと思っているのは知っています。けれど、この力を打ち砕くことでもう魔女が生まれないのであれば、悪くない話だと思うんです」
「……確かに、姫殿下の仰るとおりになるのではあれば、目先の繁栄よりも、二千年続く呪いを断つ方が重要でしょう。しかし、私はあまりそれを良い案だとは思いませんなぁ」
表面上だけとはいえ、努めて穏やかさをまとっていたロード・デュークスから、その僅かな笑みが消えた。
やつれた表情を厳格に引き締め、静かで鋭い瞳が私を真っ直ぐに射抜く。
「姫殿下、私が『ジャバウォック計画』を立案したのは、他ならぬあなた様の『始まりの力』を用いない為なのですよ。『始まりの魔女』から齎された力など、信頼に値しない」
「そんな……! でも、魔法使いは私の力を求めているんじゃないんですか……!?」
「確かに、多くの魔法使いはあなたの力に魔法の発展を夢見ている。しかし、私はその類ではない。私は魔法の本質、その本当の在り方を知った。故に私はもう、そんなものなど求められないのです」
「ロード・デュークス、あなたは…………」
この人は、魔法が『魔女ウィルス』ありきだということを、知っている。
彼の口振りからそれを感じ取った私が言葉を詰まらせると、ロード・デュークスは静かに頷いた。
「姫殿下もご存知のようで。それならば話が早い。あなた様ならばおわかりになるでしょう。『始まりの力』などあってはならない。そこから派生した魔法もまた、穢れたものなのだと」
「それは、でも……」
私の背後で、レオとアリアが首を傾げているのがわかった。
魔法と魔力の実態を知らない二人には、私たちが何を話してあるのかさっぱりだろう。
でもこれは、魔法使いの二人に気軽に話せることじゃない。
「────そうだとしても、今は私の力を用いて事を成すのが一番平和的じゃないんですか? 私の力ならば、きっと誰も傷付けることにはならない。『魔女ウィルス』だけを消し去ってみせます」
「ならば姫殿下。そうおっしゃるのであれば、確証がおありなのですか? それを確実に成せる、根拠がおありですか? 確かに『始まりの力』は強大だが、もしそれが成せるのであれば、もっと早くになさっていたのでは?」
「そ、それは……」
「すぐにお答えになれないのはつまり、まだ確実ではない、あるいは実行に希望的観測が含まれている、という事でしょう。『始まりの力』はそれを成せる可能性を持ってはいるが、今の姫殿下ではまだそこまで至ってはいないのだ」
「っ………………」
声を荒げる事なく、淡々と言葉を連ねていくロード・デュークス。
しかしその言葉の一つひとつに重みがあり、とても圧力的だった。
静かなのに力強く、整然と責め立てられている。
「姫殿下、それでは話にならない。そんな不確定な案に、
ロード・デュークスは静かに燃える瞳を、片時も私から離さない。
荒げる事なく平坦に紡がれる言葉を、まるで機械のように冷淡に口にしながら、彼はやや前のめりになった。
「姫殿下、問題はもう魔女だけではないのです。この世界は、『魔女ウィルス』が蔓延した遥か昔から、呪いに犯され穢れてしまっている。その歪さを清算しなければならないのです。間違いは正さなければならない。その為には、その根源である『始まりの力』は不適切だ。まして、『魔女ウィルス』の抹消すら不確かなら尚のこと。姫殿下、あなた様の理想は素晴らしいが、そのお考えは問題を根本から履き違えておられる」
ロード・デュークスの言葉は丁寧だけれど、私を敬う気持ちは微塵も感じられなかった。
私を尊重する気なんて全くない。寧ろ、私という存在を否定したいくらいの勢いだろう。
彼が魔法の本質を知っているのなら、それは魔法使いとして当然の反応かもしれないけれど。
でも、私の言葉など全く聞く気がないというその目に、私はとても虚しさを感じた。
「事は既に、魔女を駆逐するだけにあらず。もちろん、その原因たる『魔女ウィルス』の除去にも
私のことを冷え切った目で、侮蔑するものを見るような目で見ながら、ロード・デュークスは言った。
魔女や『魔女ウィルス』どころではなく、『始まりの魔女』ドルミーレから出ずる全てのものを砕くと。
それは私が目指しているものと同じようで、しかしジャバウォックを用いる以上、全く違うもの。
ロード・デュークスの静かな瞳からは、そこ知れぬ闇を感じた。
彼の言葉には、全てが台無しになってまうことを許容しているような、そんな意思が窺えて。
私にはそれが、堪らなく恐ろしく思えた。
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