94 花畑の城の魔女

 そして私は、持てる力の全てを用いて、この世界の内側に自らの領域テリトリーを作り上げた。

 制限を設ける結界とはわけが違う、空間を、世界の一部を完全に私の支配下に置く、強力な魔法で。

 そうすることで私はこの世界の内部で、他の誰にも干渉されることのない、私のだけの場所を手に入れた。


 私は、西の花畑の一帯を自らの領域とした。

 本来であれば『にんげんの国』なんて出て、もっと他の場所に構えた方がいいのかもしれないけれど。

 でも『にんげんの国』の中だからこそ、そしてこの場所だから良いと、そう思ったのだ。


 未開の地だったとはいえ、ここは人間たちの支配する土地だった。

 それを、しかも根底たる世界ごと私のものとして一方的に塗り替えれば、それは力の誇示となる。

 彼らが未知として恐れる私が、強引に力づくで国の一部を奪えば、彼らはより私の力を恐れるだろう。

 自分たちとはかけ離れた力を持つ、及ばぬ存在と理解するだろう。


 それでいい。この世界のヒトビトが、この国の人々が、私を隔絶した存在と扱うのなら、望み通りそう振る舞うまでだ。

 力を振りかざし、ふんぞり返って君臨して見せよう。力あるものとして、その存在を示してやろう。

 それでいい。私は他のヒトたちとは違うのだから、それを隠し誤魔化すのではなく、明示してやればいいんだ。

 それでどう思われようが、そんなことは好きにさせておけばいい。


 自らの領域を制定してから、私は花畑の奥に大きな城を築いた。

 王都にある城に負けず劣らず、しかし華美になりすぎずシンプルなものを。

 正直私一人で過ごすには、森にある小屋程度のもので十分なのだけれど。

 しかしそれもまた、自らの力の誇示につながる。ヒトは、その周囲にあるもので力を示すものだから。

 誰の手も届かぬ力の持ち主として、住まいを壮大にすることは必須だろうと思ったのだ。


 そうして私は、広大な花畑の中の大きな城で、一人ひっそりと暮らすようになった。

 人々が望むように恐怖の存在として君臨してやろうとは思ったけれど、だからといって自ら何かを仕掛けるのは面倒で。

 だから基本は、昔のように一人静かな時間を過ごすことが多かった。


 日があるうちは花畑を眺めたり、夜になったら静かな空の下で散歩をしたり。

 誰とも交わらなかったかつての頃と同じ、一人だけの静かな時間。

 しかし昔と違うのは、他人に対する様々な感情が私の中で渦巻いていること。

 一人で過ごす多くの時間は、そういった感情たちを煮詰めるのには十分すぎて、時が経つにつれて絶望と憎しみは濃厚になっていった。


 私が花畑の領域に閉じこもってから一週間ほどして、人間たちはそれに気付いた。

 あの時から私の捜索をしていたであろう彼らは、私に国の一部を乗っ取られたことを悟り、更に危機感を持って侵攻してきた。

 しかし、絶対の不可侵を定める私の領域内に、何の力も持たない人間が侵入できるわけがない。

 それでも何とか私を襲撃しようと群がってくるものだから、うざったくなってしまって、私はやってきた人間たちを皆殺しにした。


 だって、私は国と世界を脅かす悪しき魔女だから。

 みんなが私をそう定めるのなら、そうなってやると決めたのだ。

 私を悪しきものとして退治しにきた者に対しては、返り討ちにしてやるのが私の求められた役割だ。


 別に、そのことに対して何にも感じることはなかった。

 そもそも私は他人なんてどうでも良かったし、だから私に害意を向ける連中に危害を与えない理由がない。

 だからこれは必然の対応で、寧ろ今までそうしてこなかったことが不思議なくらいだった。


 それからというもの、人間たちは度々私の領域に軍隊を送り込んできて、私はその度にそれらを返り討ちにするようになった。

 そんな日々が、私に着せられた悪名に拍車をかけるようになったのは、まぁ言うまでもないだろう。


 その最中、私は一度だけ領域から飛び出して、かつて暮らしていた南の森に訪れた。

 特にその場所が恋しかったわけではなく、確認しなければならないことがあったから。

 それはもちろん、私を抑制する役割を持っていた、ミス・フラワーのことだ。


 彼女が呼び寄せた抑止であるジャバウォック。あれを倒したことで彼女が一体どうなったのか、それが少し気になったから。

 彼女がいつもいた森の一角に訪れてみると、そこにあったのは巨大な花の残骸だった。

 白いユリの花びらは影も形もなく、その茎も葉も、全て萎びきって枯れ果てていた。

 もちろんそんな状態で話ができるわけもなく、それはまさしく『終わっている』といって問題ない状態だった。


 しかし不思議と、力尽きているのとは違う気がした。

 生命として精魂尽き果てているように見えるけれど、存在として限界を迎えているわけではない。

 それは力の大元である私がまだ生存しているからだろうか。

 とにかく、ミス・フラワーだったものは、ほとんど終わっているものの、辛うじて終わりきってはいなかった。


 その状態のことは、正直想像することしかできない。

 ただ、これがジャバウォックを討ち果たしたことに起因することは間違い無いだろう。

 私を抑止するために、その力を出し切ってジャバウォックを作り出したミス・フラワー。

 もしかしたら、もうその時点で彼女はこうなっていたのかもしれない。

 私を制するという役割に、全身全霊を使い果たす他なく、こうも朽ち果ててしまったのかもしれない。


 それを思うと不憫な気がしなくもなかったけれど、でもやはりどうでもよかった。

 私の力の一部だというのに、私の意思に反す性質を持っているからいけないのだから。


 完全に消滅していない以上、今後復活して再びその役割を全うしようとすることが、もしかしたらあるかもしれない。

 それはそれで面倒だけれど、まぁその時はその時かと思った。

 もしそんな時がきたとすれば、今度こそ彼女という存在を亡きものにしてもいいし、あるいはその頃には私は、この世界から完全に独立しているかもしれない。

 そう思えば、なるようになればいいと、あまり私はそのことに関心を抱かなかった。


 一人でひっそりと、静かに負の感情を育てる日々。

 あの日感じた絶望と悲しみ、怒りと憎しみは消えることなく、寧ろ日々の人間から向けられる嫌悪によって、磨きがかかる一方だった。

 あの時のことを忘れることは片時もなく、そして常に私の心の中では、大切な人に見限られた時の切なさが渦巻いていた。


 他人に嫌気がさし、人間というものに絶望した。

 そしてその中でも、信じていた人たちに裏切られたことが、私の中では一番の苦痛だった。

 けれど、他人などどうでもよく、敵意を向けてくる者たちは容赦なく返り討ちにしている私だけれど、彼らに報復しようという気持ちは湧いてこなかった。

 それに関しては恐らく、ただ悲しみを感じるだけで精一杯だということなんだろう。

 私はそう思うことにし、極力彼らのことを考えないようにして過ごすことにした。


 友情も愛情も、ヒトのあらゆる繋がりは幻想でしかない絵空事。

 ありはしない非現実で、信じるだけ無駄なこと。

 それを痛いほどに理解した私は、かつての日々に蓋をして、求めることをやめた。


 そんな孤高の生活の中で、あのレイという妖精だけが私の領域に訪れた。

 あらゆる者を拒む私の魔法をどうやって突破しているのか、それはよくわからないのだけれど。

 それでもその妖精は、今でも変わりなく私の元に自由気ままに現れる。


 昔から勝手に寄ってくるレイに対し、最早私は何にも感じていなかったのかもしれない。

 特に好意を抱いてはいなかったし、けれど拒絶を覚えていもいなかったのだろう。

 その身勝手さ、煩わしさに慣れてしまっていて、そんな私の感情が、レイの侵入を黙認したのかもしれない。


 レイは、今まで通り気ままに現れては、好き勝手に私に語りかけてくる。

 それに私は応えたり応えなかったり。それでも妖精は特に気にする素振りを見せず、自由に過ごしていた。

 レイはジャバウォックが現れたあの時、私に会いに『にんげんの国』に来ていたようで、一部始終を目撃していたらしい。

 その時の私が振るった大きな力にとても関心を示し、同時に人間たちの反応に並々ならぬ怒りを示していた。


 レイは昔から、私を盲信している節がある。

 でもそれは、私の力に興味があるからだということは、私も流石に気付いていた。

 だからレイが私に抱く関心も、周囲による扱いに対する怒りにも、どこか滑稽に見えてしまって。

 レイがどんなに熱を上げても、私はその気持ちに関心を寄せる気持ちにはなれなかった。

 まぁ好きに騒いでいればいいと、その程度のことしか思えなかった。


 だってヒトとヒトの繋がりなんて、所詮はまやかしなんだから。

 レイの私に対する好意が、私個人ではなく、飽くまでこの力に対してだというように。

 友人たちとの友情が、絶対的なものではなかったように。

 彼からの愛情が、何物にも負けぬものではなかったように。


 繋がりなんてくだらない。ヒトというものは醜く汚い。

 その事実を自らの心に日々確認しながら、私はひっそりと領域に引きこもり続けた。

 強大な力を惜しむことなく振るい、望まれるままに恐れられながら。


 そんな日々が、私を名実共に『悪しき魔女』にしていったのだった。

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