28 新天地へ
結局私は『ようせいの国』に半年ほど滞在した。
思っていたよりも大分長居をしてしまったけれど、自分の力を見つめ直すのにはそれくらいの時間が必要だった。
それに、妖精が管理する多種多様な属性の在り方を自分の目で確かめる為に、国中を回ったことが大きい。
『ようせいの国』に滞在していた間の三分の二ほどは、そのための旅に費やしたものだった。
予定外に『ようせいの国』でじっくりと時を過ごしてしまったけれど、私は極力妖精たちとは深い関わりをしないように気をつけた。
必要な情報を得るためだけに会話をし、それ以上は決して踏み込まない。不要な助力は拒んで、基本的に他人を頼らずに過ごした。
人間に比べるととても大らかで呑気な妖精たちは、私が滞在している間、これといった悪しき一面を見せることはなかった。
私が求めるがままに教えてくれ、手を貸してくれ、楽しそうに微笑むヒトたちばかり。
でもだからこそ、私は警戒を崩すことができなかった。
そうやって数歩距離を取りながらの私に、レイという妖精だけは執拗に近寄ってきた。
私がどこにいようと事あるごとに現れて、まとわりついてくる。
そこに害意はなく、単純な好奇心と良心によるものではあるのだろけれど、私にはただ煩わしかった。
けれどレイが頻繁に顔を出しにくるものだから、その属性である感情、心に関する力の流れをよく学ぶことができた。
醜いヒトの心がどういう構造で、どう移ろい揺れるものなのか。
そして、生きとし生けるものにとって、心とはどういう立ち位置のものなのかを。
そうして私は、自らの力の在り方を見出したことをきっかけに、『ようせいの国』を旅立つことにした。
妖精たちが少し寂しそうにしたのが、私には意外だった。
彼らは私の力に興味を持っていると言っていたけれど、結局私から何かを見出したようには見えなかった。
何も得られなかった私に対して名残惜しさを見せるなんて……妖精とはよくわからない種族だ。
ただ、人間に比べればいくらか接しやすいヒトビトではあった。
その身に神秘を持つ分存在が私に近く、嫌悪を抱きにくかったからかもしれないけれど。
お節介や世話焼きが煩わしく思えることもあったけれど、人間たちの只中にいるよりは、少しだけ過ごしやすかった。
だから私は、妖精たちのまた来て欲しいという言葉に、否定を返すことができなかった。
『ようせいの国』を出た私は、『にんげんの国』を避けるように北上し、大陸の北西側に向かうことにした。
目的地はこの大陸にあるもう一つの国、『どうぶつの国』。
私の知識によれば、深い密林の奥深くにあるはずだ。
この世界に存在する複数の種族は、各々独自の神秘を持ち、それぞれに役割を持っているという。
ならば種族ごとに神秘や世界に対する価値観や解釈が異なるかもしれない。
『ようせいの国』で私は自らの力を定義することができたけれど、まだ自分自身に関してはからっきし。
何かヒントが見つかる望みを抱いて、私は新天地へと繰り出した。
私の力、『魔法』を確立させたことで、私のできることは格段に増えた。
というより、できないことは無くなってしまったような気すらした。
今までは漠然と、こうなって欲しいと思ったことが事象として起きていた。
けれど今は自分の中に流れる力────私はこれを『魔力』と呼ぶことにした────を使って具体的にしたいことを想起すれば、望むままを現実に興すことができる。
想像がそのまま現実になるような、魔法はそんな力になっていた。
私の想像力しだいで使い方は無限大であり、不可能なことが想像できないほどだ。
何もかも、私の力の前では意のままになる。
だから、未だ見ぬ『どうぶつの国』へも空間を飛び越えて瞬間的に赴くことが、きっとできる。けれど私はその方法をとらなかった。
確かにそれをすれば容易に長距離の移動ができるけれど、それではこの世界を知ることができないと思ったから。
あの森の中しか知らなかった私は、この世界の多くを自分の目で見て、感じてみたいと思った。
そうして私は、基本的に徒歩で『どうぶつの国』を目指した。
道連れるものもいない一人旅だから、何に気兼ねする必要もない。
進みたい時に進みたい方へ行き、休みたい時は憚ることなく寛ぐ。
魔法があればいくらでも快適に過ごせるから、今回の道行は『ようせいの国』を目指していた時よりも格段に楽になっていた。
焼けつくように暑い砂漠地帯や、野生の動物たちが跋扈するサバンナ地帯、かと思えば氷雪に埋め尽くされた原野など。
巡りめく環境の変化の中を、私は歩みを止めることなく身一つ踏破した。
切り立った岩山や、底が見えない谷、迷路を思わせる入り組んだ森林。
一人のヒトには過酷と思える環境も色々あったけれど、私は世界に広がる様々な様相が楽しかった。
そこにある自然、流れる力、住う生物たち。
そういったものに触れ、目を向けることで、私はこの世界を少しずつ感じていった。
森の奥深くや、狭まった環境では決して知り得ない、この世の大きさを味わった。
こうして様々なものを見ていくと、『にんげんの国』という場所がいかに寂れた場所だったのかがわかる。
ヒトが過ごし、人間の技術によって栄えている場所ではあるけれど、あそこは神秘がないが故に世界とは隔絶していたように思える。
同じ世界の中なのに、別世界のように閉塞的で遅れている。
世界の広さを知らず、自分たちにないものが何かを知らないから、理解できないものを弾き出すことしかできないんだ。
自分がいた場所と、そこに住うヒトたちへの認識を新たにしてひたすらに北西を目指して。
七度の夕暮れを迎えた時のこと。私は一際深い密林に辿り着いた。
根拠はなかったけれど今までの道のりを考えれば、おそらくこの奥底に『どうぶつの国』があるはず。
そう当たりをつけた私は、ベタつく汗を誘発する密林の中へと足を踏み入れた。
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