14 無我夢中
押さえ込んでいた力が緩んだ反動か、消化間際だった炎が急激に息を吹き返した。
膨れ上がった炎は建物を一気に飲み込み、そして周囲にその火の手を撒き散らす。
治りかけていた火災は瞬時に倍以上に膨れ上がって、どんとんと視界を炎が埋め尽くしていく。
「アイリス、大丈夫かい!?」
茫然としている私の元へ、イヴニングが勢い良く飛び降りてきた。
少し遅れてホーリーも幹を伝って降りてきて、二人は直ぐに私を助け起こしてくれた。
「まずいことになったね。避難した方がいいかも」
「……いいえ。私が、何とかしないと」
夕焼けより赤く煌く炎を見渡しながら、イヴニングは歯を食いしばった。
悲鳴を上げて慌てふためく人々を見れば、確かに一緒に逃げ出した方がいいかもしれない。
けれど、責任感が私を引かせなかった。
正直、何かに責任を感じるという感覚そのものが初めての経験で、どうしてこんな気持ちになるのかはわからなかった。
けれど目の前で起きていることに対して、自分は精一杯の対処をしなければならないと、心がそう言ったから。
ホーリーと、イヴニング。二人の友人が暮らす町を、今日見て回ったこの町を、私の失態で失うわけにはいかないと、そう思ったから。
「無茶しちゃダメだよアイリス。後は大人の人たちに任せた方が……」
「大丈夫。もう、失敗しないから」
心配そうに縋り付いてきたホーリー。
少し震えている彼女に目を向けてから、私は再び燃え盛る周囲の炎に意識を向けた。
同じように力を使って炎を押さえ込もうと試みる。
けれど先程よりも範囲は拡大していて、それに伴って勢いを増している炎を押さえ込むのは容易ではないように思えた。
「アイリス、水だ。雨を降らせたりできないかな?」
どうしたものかと思案していたところに、イヴニングが声を上げた。
炎そのものを押さえ込むのが難しいのなら、自然の摂理で消すのが妥当かもしれない。
私はすぐに頷いて、力を使って上空に雲を集めた。
集った雲はすぐ色濃くなり、水分を多く孕んで瞬く間に雨雲も化した。
そして数秒も待たずに暗い雨雲から大雨が降り、中心地の火災のエリアに等しく大量の水が降り落ちた。
あっという間に鎮火とはいかなかったけれど、火の手の勢いは見る見る落ちていく。
それ以上の拡大もまたなく、火災が落ち着くのは時間の問題のように思えた。
「すごいよアイリス! こんなおっきな火事を止められるなんて!」
大雨に打たれながら、落ち着きを取り戻した町並みを見渡してホーリーが歓声を上げた。
炎はまだ残りつつも、勢いのある雨で収束は早く、町の人たちも一様に安堵の色を浮かべている。
その煽りを受けてか、ホーリーは完全に緊張感を和らげて笑った。
「アイリスはとってもとってもすごいね! わたし、尊敬しちゃったよ!」
「私、別にそんな……元はといえば、私が原因のようなものだし」
「そんなことないよ、アイリスは何にも悪くない。ちゃんと注意してなかったわたしの方が……」
先ほどの落下からの一連の流れを思い出したのか、すぐにシュンとするホーリー。
彼女のそんな落ち込んだ顔を見るのは初めてで、私はどうしていいのかわからなくなってしまった。
ホーリーはなにも悪くはないのだと、どう言えば伝わるのか。
私が言葉を選んでいたその時、大雨の音に紛れて甲高い悲鳴が聞こえてきた。
三人で慌てて声がした方に振り向くと、炎によって脆くなった建物が、グラグラと大きく傾き出していた。
焼け焦げひしゃげた建物が、大雨の勢いで倒壊しはじめている。
そして、そのすぐに近くにはまだ逃げ切れていない人が何人かいた。
「…………!」
何故かはわからないけれど、咄嗟に体が動いた。
どこの誰とも知らない赤の他人。一切の関わりのない人たち。
そんな人たちがどうなろうと私には何の問題もないし、助けたところで何の利益にもならないのに。
それでも私は、助けなければならないと感じた。
即座に倒壊し出した建物の近くまで駆け寄り、力を使って建物に意識を向けた。
すると傾いていた建物が傾倒を止め、まるで時間が止まったように不自然な状態で止まった。
私が建物を押し留めたことで、近くにいた人たちはその場を離れる時間が生まれた。
去っていったことに安堵し、押さえ込んでいた力を緩めようとした時、今度は少し離れたところで別の建物が倒壊を始めた。
「────────」
慌ててそちらにも意識を飛ばし、同じく倒壊を押さえ込む。
けれど崩れる建物はそれだけでは収まらず、他のところでも次々と自壊がはじまった。
それらに人々が巻き込まれないように力を使って押さえ込んでいったことで、今度は雨に向けていた力が弱まり、火を消す勢いが弱まってしまった。
水に濡れて燃え広がりにくくなったとはいえ、危険な状況に変わりはない。
何をどうするのが最善か。私には即座に判断することができなかった。
今までこのような事態に直面したことなんてなかったし、自分以外のことなんて考えたことがなかった。
それでも今、被害をなるべく少なくして、町の人々を守るためにどうすればいいか。それを考えて。
まずは何とか全ての建物を支え堪えようと、押さえることに力を注ぎ込んだ。
けれど力み過ぎたのか、それとも私の力が至らなかったか、あるいは根本的に何かが間違っていたのか。
私が踏ん張ろうと力を入れた瞬間、押さえ込んでいた建物の全てが破裂し、粉砕した。
その衝撃は周りの建物や木々に伝播してなぎ倒し、崩落を免れていたもの、火の手を免れていたものまでをも巻き込んだ。
中心地にある建物のほとんどが、それによって破損、倒壊して。
そして、火災は収まった。
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