2 とある小さな町で
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世界には大きく七つの国が存在している。
『どうぶつの国』、『ようせいの国』、『おもちゃの国』、『おかしの国』、『にんぎょの国』、『りゅうの国』。
そして、『にんげんの国』。
七つの国に住う七つの種族のうち、人間を除く六つの種族は、それぞれ独自に神秘と呼ばれる人智を超越した力を持っている。
その力がそれぞれの種族、そして国を繁栄させており、それは彼らの誇りだ。
しかし人間という種族だけは唯一、神秘とは無縁の生き物だった。
神秘とは『世界』が人々にもたらした祝福であり、『世界』という大いなる概念と
故に神秘を持たない人間は、自らを凡俗な種族だと卑下することが多かった。
しかし神秘の力を持たない人間は、他の種族では及びもつかない技術を身につけるようになった。
バランスの取れた体格と細やかな手先、そして高い知性は数多の技を生み出し、文化レベルを着実に育んだ。
世界からの恩恵を受けずに独自の発展を遂げた人間だが、しかしそこにも限界があった。
人間の創意工夫によって編み出された技術は、人々の生活を豊かにしたが、やはり神秘の代用にはなり得なかった。
故に人間は、神秘を得られない種族としての劣等感を抱きながら、神秘に焦がれる歴史を歩んでいた。
そんな『にんげんの国』南方にある小さな町でのこと。
この辺りは常に暖かな気候で、緑が豊かな土地柄。小さな林に並んで興された町は、木造の住宅が多い。
町人の多くは似た作りの木造の平家に住み、町長の家や学校などの公共の施設は煉瓦造りのものもある。
林と半分同化したような、木々と一体となったこの町はどこを見回しても青々としている。
その町の中心の巨木の枝の上に、一人の少女が座り込んでいた。
先月十二の年を数えたばかりの少女は、焦げ茶色の長髪を無造作に風に揺らめかせながら、器用に木の枝に背を預けている。
温暖な気候に適した半袖のシャツとハーフパンツの軽装は、実年齢より幼げに見える彼女をより子供らしくしていた。
そんな少女は、片膝をついた上に使い古した本を乗せ、少し眠たそうな表情で緩やかに目を滑らせている。
大きな町ではないため、巨木の上に登れば全体が見渡せ、そしてなによりとても風通りが良い。
しかし生茂る葉っぱのせいでわざわざ見上げて目を凝らさなければ、ここにいることはわからない。
だから少女にとってここはお気に入りの場所であり、そして絶好のサボり場所だった。
「────イヴ。ねぇ、イヴ!……イヴニング! そこにいるのはわかっているんだからね!」
昼過ぎの暖かな日差しと涼やかな風がちょうどよく混ざり合うのが心地いい。
少女がとろんとのんびり読書に明け暮れていると、木の根元の方から甲高い声が飛んできた。
もうそんな時間だったかと、イヴニングと呼ばれた少女は緩慢な動作で本を閉じ、下に向けて顔を伸ばした。
「やぁホーリー。もう学校は終わったかい?」
「終わったかい? じゃないよ! まーた今日もサボってー!」
イヴニングがのんびりと声をかけると、根元から真上を見上げていた少女がキャンキャンと喚いた。
ホーリーと呼ばれたその少女は、イヴニングと同い年で、今月十二才を迎えたばかり。
イヴニングよりももう少し明るめの茶髪をポニーテールにまとめた、彼女とは対照的で溌剌な少女だ。
ホーリーは呑気なイヴニングに向かってムーっと唇をとんがらせ、キャンキャンと言葉を続けた。
「イヴがサボるとわたしが怒られるんだよ! 幼馴染みなんだからちゃんと面倒見なさいってさ!」
「それは悪かったね。でもわたしの幼馴染みであるところのホーリーは、わたしがあそこに行く億劫さを知ってるだろう?」
「知ってるけどー! ……あぁん、もういいよぉ。ほら、早くおりてきて」
マイペースを決して崩さないイヴニングの様子に、ホーリーは溜息をついてそう促した。
彼女の偏屈っぷりは今に始まったことではないし、そのまどろっこしく子供らしくない話し方ももう慣れっこなのだ。
彼女にいくら学校へ来てと言っても意味がないことは、ホーリーが誰よりもわかっている。
イヴニングは行く時は行くし行かない時は行かないのだ。
それは完全に彼女の気分次第で、他人が何を言おうと、例え大人にガミガミ言われようと変わらない。
猫のように悠々自適、マイペースな子なのだ。
だからホーリーも語気ほど小言を言う気もなく、特に文句を覚えているわけでもない。
寧ろ彼女の自由さを少し羨ましいとすら思っているのだから。
ホーリーに呼ばれ、イヴニングは重い腰を上げて体を起こすと、ひょいと枝の上から飛び降りた。
下の方の枝とは言え三メートル程の高さがあり、女児が飛び降りるには些か高すぎる。
しかしそんなことなどお構いなしに、恐れるそぶりも見せずにイヴニングは宙に身を投げ出し、ストンと鮮やかに着地をして見せた。
「いつも思うけど、イヴってホント猫みたいだよね」
「お褒めに預かり光栄だ」
やや呆れが混じった様子で言うホーリーに、イヴニングはのんびりと微笑んだ。
ホーリーからしてみれば彼女のその在り方を含んだ皮肉でもあったのだが、そんな軽口はのらりくらりとかわされる。
それもまた猫のようだと、ホーリーは内心で溜息をついた。
「さーてと。今日はどこへ遊びに行くお誘いかな?」
そう言いながら、イヴニングはぐーっと大きな伸びをした。
少しだけふてくされていたホーリーはそんな彼女の言葉でカラッと気分を切り替えて、目をキラキラと輝かせた。
「今日はね、南の森に行ってみたいの!」
「南の森って、あの国外れの? あそこはお化けが出るから行っちゃダメだって、いつも大人に言われてるだろう?」
「だから、だよ! 行っちゃダメって言われたら行ってみたいじゃん!」
さっきまでムスッとしていたホーリーの変わりように、イヴニングはやれやれと眉を寄せた。
ホーリーはイヴニングよりは真面目だが、しかし人一倍無邪気で奔放だ。
彼女が何かに興味を示せば、実際に触れてみなければ収まらないのをイヴニングはよく知っている。
「だってオバケがいるって言っても、だれも見たことないんでしょ? それにわたしはこの間、とってもキレイな女の人がいるって話も聞いたよ? 見てみたくない?」
「んー。お化けでも女の人でも、どっちでも良いけどねぇ」
「よくないよ! 全然ちがうじゃん!」
「だってどっちにしたって、わたしはホーリーのオヤジさんに一緒に怒られる運命じゃないか」
肩を竦めるイヴニングにホーリーは苦い顔をした。
ホーリーの父親は堅物で、そして怒るととても怖い。
無鉄砲な彼女が何度叱られ、そしてそれに付き合ったイヴニングも何度道連れになったことか。
それを思うと少しだけ気乗りしないイヴニングだったが、しかしそれで引き下がるホーリーではない。
「いーでしょ。わたしだっていつもイヴのことで先生に怒られてあげてるんだから」
「それを言われると、困るような困らないような……まぁいいよ。わたしも興味はあったしね」
「よーし決まり! じゃ、すぐ行こ! 冒険冒険!」
ポニーテールを振り回して興奮を示すホーリーに、イヴニングのっそりと頷く。
日のあるうちに行って帰ってこようと、二人は足早に南へと足を向けた。
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