幕間 秘めた想い
1 独り言
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『まほうつかいの国』各地で起きた大規模な暴動は、唐突な魔女たちの撤退によって幕を下ろした。
その同日の夜更のこと。白いローブをまとった一人の男が薄暗い森の中を闊歩していた。
熟年の男性の色香を惜しむことなく香らせた、軟派な中年の男。ロード・ケイン。
普段と変わらぬ気の抜けた笑みを一人浮かべながら、彼は軽い足取りで歩を進めていた。
ワルプルギスの暴動による爪痕は、国の至る所に残っていた。
王都のみならず国中の町々には損壊が見られ、傷ついた国民も多い。
その為退いていった魔女たちの追撃よりも、立て直しに人員が裂かれることとなった。
本来であれば、
しかしその一切を放棄して、ケインは国の外れへとやってきてしまっていた。
突き詰めれば、彼は決して職務を放棄してはいない。
出すべき指示は出し、そして後の指揮を手近なものに託してきた。
しかし国中で起きた前代未聞の大暴動の折において、多くを束ねるべき人間が席を空けるのは放棄と言われても仕方がないだろう。
しかし、それが彼、ケインという男だった。
彼の奔放さに、最早誰も口出しはできない。いや、しない。
Cの名を持つ部下たちにとっても、それは既に慣れっこなのだ。
彼の最低限の指示があれば、後は
それが余計彼の奔放さに拍車をかけているのだが、もう言っても始まらない。
「久しぶりだと、ちょっと堪えるなぁ。んー、僕も歳を取ったってことかな」
大きな木の根を越えながら、ケインは独り言を呟いた。
小気味な髭を生やしたその顔にはやや汗が滲んでいるが、それは逆に彼の色味を際立たせている。
国外れの深く暗い森の奥底へなど、転移魔法を使えば造作もなく訪れることができる。
空間魔法を専門とする彼ならば、寧ろその方が圧倒的に容易だ。
しかしそれではあまりに無粋が過ぎると、ケインは徒歩で森を越えることを選んだ。
自らの足で馳せ参じることに意味と意義があるのだと。
故に、ケインは身の丈を優に越える草花を掻き分けながら、丘の様な木の根を越えながら、自分の足で森の奥を目指していた。
巨人の国に訪れた様な、天に届かんばかりの巨木が生い茂る森の中を。
ロード・ケインは『魔女の森』の中を歩いていた。
「…………」
しっとりと滲む汗をローブの袖口で拭いながら、すっかり夜が沈み込んだ森を進む。
大きな葉が生い茂った森は、月明かりを殆ど通さずとても暗い。
しかし暗視の魔法を施しているケインには、暗闇の中でも行くべき道が見えていた。
そして、
この森にとってはほんの些細な隙間。しかし人間にとっては十分な広場と呼べる開けた場所。
やっとの思いで辿り着いたケインはホッと溜息をつき、魔法で全身の汗を清めた。
癖毛の黒髪を手櫛で梳き、意味もなく髭を撫で付ける。
それから白いローブを払って汚れのないことを確認してから、ケインはニコリと笑顔を浮かべて茂みから身を乗り出した。
「やぁ、久しぶり。元気にしていたかい?」
無人の空間で、ケインは柔らかな言葉を投げかけた。
人は疎か、動物や虫すらいない静寂なその場所では、もちろん返答などない。
しかしケインはそれが当然であるかの様に笑みを絶やさず、言葉を続ける。
「僕の方はてんてこ舞いさ。あれやこれやと手を回すのは、なかなか大変でね」
肩を竦め、悪戯ぽくニヤリとするケイン。
そのやんちゃな仕草は彼の中の童心を思わせ、本来であれば人の心を弄ぶであろう。
「けどね、別に僕はそれを苦とは思ってない。好きでやってるからね。何がどう転ぶにしても、僕は自分の願いを果たしたいから……その為の努力は厭わないさ」
優しい笑みは、まるで愛おしい女に向けるもののよう。
ケインは独り言を続けながら広場の中央目掛けて足を進める。
「それに、デュークスの奴が頑張ってる。アイツの応援をしてやりたいって気持ちはあるんだ。ホントだぜ? だって、フローレンスは、本当にいい女性だったからね」
旧友の願いを共に思う目をしながら、「だけど」とケインは眉を寄せる。
「姫様はあまりにも不確定要素だ。何をしでかすかわからない。彼女の出方、選択……それに運命次第で、簡単に全てがひっくり返る。だからこそ、一点賭けはできない。酷い男だよ、僕は」
小さな自嘲と共に、ケインは足を止めた。
自分がいかに利己的かは、いやというほど心得ている。
古く長い付き合いのある友人を思いつつ、万が一には己が欲を優先するつもりでいる卑しい人間だと。
葛藤がないわけではない。いや、寧ろある。
時が近付くにつれ、無視していた葛藤が大きくなり、彼をここへと赴かせた。
デュークスの願いと目的を、ケインは誰よりも理解している。
友の願いは自分の願いだと、胸を張って言うことだってできる。
しかし彼の野望が崩れかけた時、果たして自分は自らの不利益を無視して共に歩めるか。
できると断言できない自分が情けなかったのだ。
「こんなことを言ったら、君は情けないと笑うかな。それとも、しゃんとしろと怒るかな。いや、君の場合は楽しく歌ってくれるかな」
想像して、笑う。
あまりにも容易に頭に思い描くことができたからだ。
ひとしきり一人で笑ってから、ケインは眉を下げて上を見上げた。
「僕は、どうしたらいいかなぁ。君は……どう思う?────フラワーちゃん」
身の丈を遥かに越える、巨大な白いユリの花は応えない。
その瞳は閉じ、口は閉ざし、まるでただの一輪の花のよう。
そんな
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