122 光へ

 半分もたれかかる様になりながら、善子さんは震える足に力を込めて、親友を優しく抱く。

 二人の血が混ざり合って、お互いを濡らす。


「私には、アンタの責任を肩代わりしてやれる力はないし、一緒にやろうと肩を並べるだけの正しさも、ない。アンタにとって私は、ただの邪魔者かもしれない。けどさ、私はそれでも……誰よりもアンタの心に寄り添える、親友のつもりなんだ……」

『わたくしは…………わたくし、は……』

「だから、真奈実…………頼りないかもしれないけど、何もしてやれないかもしれないけど……ひとりぼっちになんて、ならないでよ。私は誰よりも、アンタのことを想ってるんだから……」


 揺るぎない正義を持ち、それを振えるだけの力を持っていたホワイト。

 強かったが故に、誰よりも正しかったが故に、誰かを頼ることができなかったんだ。

 人に意見を仰ぐことも、助力を求めることも、安らぎを求めることも。

 彼女はあまりにも正しすぎたから。


『そんなこと……そんな、こと……!』


 善子さんの抱擁を拒まず、しかしその言葉は受け入れられないと、ホワイトは声をあげる。


『貴女に頼るなど、一番、できない……できるはずがない。貴女は、弱い。いつもわたくしが目を光らせていなければならないほど。ひと時も目を離せないほど、貴女は……弱く、愚かで────だから、貴女は……善子さん、貴女にだけは……!』

「うん……うん。そうだね、真奈実。ありがとう」


 善子さんは掠れる声で頷いた。

 ホワイトの言葉は善子さんを否定する、罵倒のようだったけれど。

 しかしそれは、何よりも善子さんを守らなければならないと思っていたという、気持ちの現れだった。

 だってホワイトはその正義の元、弱きを守ろうとしていたんだから。


『貴女に頼ることなんて、できるはずがない。貴女にしてもらえることなんて、あるはずがない。貴女はただ、わたくしの正義の元、身の程を弁えて、ただ静かに────ぃぃあぁあぁああああッッッ!!!!』


 ホワイトの体は限界を迎えつつある様だった。

 崩壊が進行した肉体は、もうまともに動かせるかも怪しい。

 瓦解した体で今も尚生きていられるのは、一重にその強靭な生命力のお陰なんだろう。


 苦痛に悶えるホワイトを、善子さんは何とか抱きしめる。

 自分だって、いつ倒れてもおかしくないのに。


「大丈夫……大丈夫だよ、真奈実。こんな私にも、アンタの為にしてやれることが、ある…………その覚悟は最初から……でき、てた……から……」

『善子さん……わたくしは、貴女、に────』

「もう、アンタが苦しまない様に……アンタがこれ以上、その正義に押し潰されない様に……私がずっと、そばに、いてあげる……アンタのその責任を、私も、一緒に…………」


 その声にもう力はなく、膝が折れてその場にへたり込む善子さん。

 けれどホワイトの頭は決して放さず、しっかりと抱きしめたまま。

 肉体が崩壊を続けるホワイトはそれを拒むことなく、うわ言の様に声を上げていた。


「アンタを、『魔女ウィルス』なんかに……『始まりの魔女』なんかに殺させない。違う誰かにその身も心も奪われるなんて、そんなの、私が許さないから」

『善子さん…………』


 ホワイトはもう反論の言葉を並べない。

 それはきっと、もうそんな力がないなんてことではなくて。

 それこそが、彼女が本来求めていたものだったからなのかもしれない。

 蛇の形をしていた黒髪が、バサバサと解けて落ちた。


 ドルミーレの力を持って『領域』を制定したホワイト。

 自身が認めたものしか受け入れない、絶対領域だ。

 その中には彼女自身と、そして狙われた私しかいることはできなかったのに。


 その中に、善子さんはやってきた。

 それはきっと、善子さんが私との繋がりを辿ってきたからじゃなくて。

 ホワイトがはじめから、善子さんのことを拒んでなどいなかったからだ。


 だって善子さんは、彼女の親友だから。

 変わり果てたその姿を見て、一目で「真奈実」と呼んだ人だから。


 顔はいくらか名残があれど、その姿はあまりにも変貌していて、面影なんてない。

 それなのに善子さんは、決して彼女を見紛うことはなかった。

 それは、二人の確かな繋がりの証だ。


「安心して、真奈実。私には、アンタみたいに全てを救う力はないけど……手の届くところにいる、友達くらいは……救ってみせるから……」


 善子さんがそう言った瞬間、弱り切ったその体に魔力が集い出した。

 それに悪い予感が駆け巡った私は、ほんの少しだけ回復した体に鞭を打って、強引に立ち上がった。


「まって────待ってください、善子さん……! 何を────」

「ごめんね、アリスちゃん。私、ここまでだ……」


 フラつく体を剣で支える私に、善子さんは背を向けたまま呟いた。


「最後まで、守れなくてごめん。私には、果たさなきゃいけない責任がある。この子の側に、ずっといてあげるっていう、大事な責任が……」

「まって、だめ……善子さん……!」


 駆け寄りたくても、足が動かない。立つだけで精一杯だ。

 今動かなきゃ後悔するって、わかってるのに。それでも、体がいうことを聞いてくれない。

 そんな私に、善子さんはのっそりと振り返って、ぎこちなく、でも明るく微笑んだ。


「ありがとう、アリスちゃん。私を、信じてくれて…………アリスちゃんは、もっと先へ────」

「よしこ、さん……善子さん……! いやだ、善子さんいやだよぉ……!」


 私の叫びは、覚悟を決めた善子さんには届かない。

 優しく明るい笑顔は背を向けてしまって、善子さんは強くホワイトを抱きしめ直す。


 その体には果てしない魔力が高まって、肉体の『魔女ウィルス』が活性化しているのがわかった。

『魔女ウィルス』の進行を促し、瞬発的に出力を跳ね上げている。

 そしての魔力は、全て自分の体の内側に。そこから連想できるものを、私は受け入れたくなかった。


「もう、放さないから。いつまでも一緒だから。ずっと私を正して守ってくれたアンタを、今度は……私が守る番だ」

『だめ、です……善子さん。貴女は……貴女は、私と違って、沢山の人に、求められて……』


 善子さんの魔力が輝きと共に膨れ上がる。

 その全身が光にあふれ、煌々と周囲を照らす。


「いいんだ、大丈夫。大切な友達を守る────それだけが、私が唯一誇れる、正義だから……」

『────まったく……貴女は本当に、わたくしの言うことを、聞かない人ですね……』

「うん、ごめんね。あとで、叱ってよ────」


 そして、輝きが弾けた。

 極限まで高めた魔力が濃密な熱エネルギーとなって暴発し、全てを喰らい尽くす輝きとなった。

 二人を中心とした閃光の爆発は、瞬きの間に炸裂し、瞬時に全てを吹き飛ばした。


 私には、自分の身を守ることしかできなくて。

 そして輝きが晴れた先で、何もなくなったその場所を、呆然と眺めることしか、できなかった。

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