116 自分にないから憧れた
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金盛 善子は小さい頃から活発で、友達の多い女の子でした。
好奇心が旺盛で、考えるよりも先に体が動いて、いつも走り回っているような子でした。
彼女の周りにはいつも誰かがいて、みんなの中心になっていました。
竹を割ったように爽やかで、裏表のない真っ直ぐさ。
誰にでも心を開き、手を伸ばして手繰り寄せて朗らかにみんなを照らす光。
けれど無邪気でやんちゃで、みんなの先頭に立ってハメを外したり。
善子は、みんなの人気者でした。
そんな善子と、生真面目な白純 真奈実の出会いはあまり良いものではありませんでした。
中学に入学し、みんなが浮き足出す新しい教室の中でも、善子はあっという間に友達を作りました。
誰とでも分け隔てなく接することのできる彼女は、同じクラスとなった真奈実にも気さくに声を掛けたのです。
「席にお着きなさい。間もなく先生がいらっしゃいます。今は自由に立ち歩く時ではなく、静かに座して待つ時ですよ」
しかし返ってきたのは、そんな叱りの言葉でした。
確かに、その時は入学式を終えて教室に戻ってきたばかりでした。
担任の教師がやってくるまでは、自分の席で静かに待っているのが正しいといえば正しいことです。
しかし新しいことに舞い上がる子供たちに、そこまでの配慮などできるわけもありません。
少しばかり席を立ち、お喋りをしている子たちは沢山いたのです。
先生が来たらちゃんと席に戻ればそれでいい。みんなそう思って、特に悪気もなく。
けれど、真奈実はそれをよくないこととピシャリと断じました。
決められたことに乗っ取らないことは良くないと、ハッキリと。
ただ新しい友達に声をかけようと思った善子にとっては、それはひどく冷たく聞こえてしましました。
お高く止まったいけすかない奴。どうしてもそう思ってしまいました。
けれどそれは彼女だけではなく、真奈実という少女に関わったみんなが感じたこと。
中学生になったばかりの彼女たちには、真奈実はあまりにも正しすぎたのです。
それからというもの、善子は積極的に真奈実に声をかけることはありませんでした。
嫌ったわけでも遠ざけているわけではなく、ただ自然と、特別時間を共にすることがなかったというだけのことです。
しかし、奔放でやんちゃな善子と、生真面目で常に正しくある真奈実は、ことあるごとに衝突しました。
あっという間にクラスの中心、人気者になった善子。
当然のようにクラス委員となり、その厳しさを恐れられている真奈実。
それは決して相入れるものではありませんでした。
みんなの先頭に立って無邪気に振る舞う善子を、真奈実はいつも嗜めます。
それは良くないと、それはおかしいと、それはいけないことだと。
中学生などヤンチャの限りを尽くし、無茶や無謀が楽しい年頃。
そんな中での真奈実の指摘は、善子のみならず、みんなにとって煩わしいものでした。
しかし真奈実はがんとして譲らず、常に正しくあり続けました。
そして善子もまたみんなで楽しく過ごすことに重きを置いて、思うままに過ごし続けました。
そうすれば、衝突が絶え間なくなることは当たり前で、二人はいつも喧嘩をするようになりました。
そんな彼女たちがいつ親友になったのかは、二人にもわかりません。
けれど、いつも顔を突き合わせていがみ合っている内に、二人の時間こそが何よりも多くなっていったのです。
相入れないが故に意見を戦わせ続け、相反するが故にお互いの動向が気になって。
そうして相手を意識している内に、いつの日か誰よりもお互いを知る存在になっていたのです。
それでもずっと仲良しと、常に一緒にいるわけではありません。
基本的に性格は正反対なのだから、それは無理がありません。
善子の交友関係は、前と変わらず気心知れた人たちです。
それでも、善子にとっての中心は真奈実になっていきました。
普通の友達のようにどこかへ遊びにいったり、お揃いの物を買ってみたり、先生の愚痴を言ってみたり、恋の話をしてみたり。
そういったことを、二人は一切しませんでした。
二人の時間で起きることは、善子を嗜める真奈実の小言から始まる言い合いが多く、それがなくとも本当にたわいのない世間話程度。
世間話ができるほどに関係が円満になったといえばそうですが、しかし仲の良い友達らしいことを、二人は全くしませんでした。
それでも、人一倍意見を戦わせている彼女たちには、お互いのことが誰よりもわかっていました。
普通の友達のようにわきあいあいとしていない代わりに、彼女たちは普通とは比べ物にならないほど喧嘩をしていたからです。
誰よりも言葉を交わしてきた彼女たちは、それこそが信頼の証でした。
善子は相変わらず真奈実に怒られるようなことを繰り返すやんちゃな子のまま。
けれど彼女の言葉が決して間違っておらず、寧ろ正しいのだろうということはわかっていたのです。
それでも年頃の好奇心や無邪気さがそれをどうしても飲み込めず、結局真奈実に叱られる日々。
でもそれは、真奈実が絶対に正しいという信頼があるからこそのものになっていました。
常にどんな時も、真奈実が正してくれるから、自分は道を踏み外してしまうことはないと。
誰よりも彼女に反発しながらも、誰よりもその正しさを信じていたからこそ、善子は思うままに振る舞い続けたのです。
もちろんそれは、そんな自分を真奈実が受け入れてくれているという確信があったからです。
悪いことには悪いという真奈実でしたが、決して善子のことを否定はしませんでした。
それは二人の仲が良好になってからは特にそうで、嗜めつつも無理強いをすることはありませんでした。
寧ろ自分にはできないことをしてしまう善子に、興味を示すことさえありました。
だからこそ善子は、より一層自分らしく振る舞ったのです。
生真面目な真奈実には見られない景色を見せる為に。
けれどそんな日々は、善子の過ちによって瓦解してしまいました。
真奈実との交流によって、善子は正しくあることに魅力を覚えるようになっていました。
全く同じようにはできなくても、誰かのためになる正しさというものに憧れるようになっていたのです。
だからこそレイの言葉に惑わされ、歩まなくてよかった道に足を踏み入れてしまったのです。
自分も誰かを守り、悪いものを挫く正しい人間になれるかもしれないと思って。
しかし結果として得たものは、魔女という死が刻まれた運命だけ。
真奈実の制止を振り切って、自分は正しいことをしているんだと信じて、突き進んだ結果がそれでした。
それだけならまだしも、果てに善子は無二の親友を失ってしまったのです。
それから善子は、二度と過ちを犯さないと決めました。
真奈実のような絶対的な正しさを持てなくても、自分にできる最善の正しさを貫こうと。
それこそが、真奈実から正しくあることを学んだ自分ができる、せめてもの生き方だと。
そう胸に刻んで、善子はそれからの五年間を生きてきました。
常に清くある正しさを持って、誰かのためになる強さを持って、多くの人を守れるようになろうと。
しかしそんな彼女の前に現れたのは、正義の権化と化した親友でした。
そしてそこから語られる正義は、あまりにも無遠慮で暴力的な、彼女の知るものとはかけ離れたものでした。
ならばと、善子は覚悟を決めたのです。
真奈実が正しい。それはきっと揺るぎないことで、自分には敵うべくもない。
それでもその在り方、考え方が受け入れられないのならば、自分が責任を持って止めるしかないと。
自分は正しさも力も真奈実に劣る。
それを打ち砕いて貫けるものはない。
けれど唯一、彼女の否定を許さず決して負けないものを掲げることができるのだとすれば。
それは親友に対する直向きな想いだけでした。
正しくはない。強くもない。胸を張れるものなんてなにもない。
それでも、どんなに弱く脆くても、この心に宿る想いだけは誰にも否定できるものではないから。
善子はその正しい気持ちを胸に、親友と向かい合う覚悟を決めたのです。
どんなに間違っていると切捨てられても、存在すらも否定されようとも。
変わり果てた、『間違っている』親友を正す為に。
善子は昔と同じように、真っ向から彼女と喧嘩をすると決めたのです。
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