108 ワルプルギスの企み
「お待ち申し上げておりました、姫殿下」
ホワイトは私の姿を見とめると、深く腰を折って恭しいお辞儀をした。
しかし彼女は階段の上に立ち続けているから、頭を下げたところで私を見下ろしていることに変わらなかった。
まぁそんなことはどうでもいいんだけれど。
「ホワイト……」
国中で魔法使いに対して暴動を仕掛けているその首謀者を前に、心穏やかにはいられない。
それでもできるだけ冷静にと、私はゆっくりと深呼吸をした。
レイくんは私とホワイトが話しやすいようにか、横にずれて私たちの顔を交互に窺った。
その爽やかな笑顔にやや緊張を浮かべて、静かに成り行きを見守っている。
そんなレイくんを横目で確認しながら、私は氷室さんの手を放して一歩前に出た。
「ワルプルギスのリーダー・ホワイト。私は、この戦いを止めてもらう為に来ました。多くの人が傷つき、誰も得をしない戦い。こんなの、私は認められない」
「はい。存じております」
階段の上に立つ彼女を見上げ、語気を強めて意思を伝えると、ホワイトは当たり前のように頷いた。
私の主張が真っ当であると受け入れるかのように、とてもけろりとした顔で。
人々を強制的に『魔女ウィルス』に感染させ、あちらの世界から魔女たちを連れ去って。
そして多くの魔女を従え、無謀な戦いに投入した人とはとても思えない。
私が訝しんでいると、ホワイト薄く微笑んだ。
「わたくしとて鬼ではございません。魔法使いの存在は許せず、また彼らが企てている計画は見過ごせないもの。しかし、大切な同胞を無為に失うことは避けたいと、そう思っております。魔女の為の世界を成した先に、魔女がいなくては意味がございませんもの」
「だったら、早く戦いをやめさせてください!」
「ええ、もちろんですとも。その為には、貴女様のお力が必要不可欠でございます」
ホワイトはその白い顔に不敵な笑みを浮かべた。
嫌な予感が全身を駆け抜ける中、しかし気持ちで負けてはダメだと強く見返す。
「私は、あなたに力を貸すつもりはありません。魔法使いを滅ぼそうとするあなたたちには!」
「承知しております。ですのでわたくしは、貴女様の助力を乞うつもりはございません」
「…………? 一体、何を言って────」
「お貸し頂くのは、貴女様のその
ピシャリと、ホワイトは言い切った。
浮かべる笑みの中で、その瞳が鋭く冷徹に私に突き刺さる。
言葉遣いだけは丁寧だけれど、そこに、私に対する配慮の一切が見受けられなかった。
「姫殿下。貴女様は間違われた。貴女様が真に望みを叶えたかったのならば、ここへ訪れるべきではなかったのです。しかしお優しい姫殿下は、責任感のある姫殿下は、レイさんの導きの元、自らこの地へ訪れた。その時点で、わたくしの目的は達せられたも同然なのです」
「な、何を言ってるんですか!? 一体、何を……!」
強く食らいつきつつ、思わず足が下がった。
ホワイトが言わんとしていることはサッパリわからないけれど、なんだかとても嫌な予感がする。
ここへ来るべきじゃなかったって、どういうこと?
この戦いを止める為には、その首謀者である彼女を止めるしかない。
そうしなければ、いずれ訪れる魔女の敗北を待つのみだ。
その過程で、どれだけの血が流れ、どれだけの人たちが失われるか。
それに何より、ホワイトが掲げる歪んだ正義をそのままにすることなんてできない。
この戦いがなかったとしても、彼女を野放しになんてできないんだ。
それを思えば、ここに来ないなんて選択肢はなかった。
それの何が間違いだって言うんだろう。
戸惑いを浮かべる私を、ホワイトは余裕に満ち溢れた笑みで見下ろしてくる。
「すぐにおわかりになられますよ」
「────アリスちゃん!」
突然氷室さんが声を上げ、私の腕を掴んだ。
彼女もまた嫌な予感に駆られたんだろう。
退却を促すかのようにぐいっと腕を引いてきた。その時。
「邪魔者を排除しなさい」
ホワイトが号令を上げ、周囲に群がっていた魔女たちが一斉に動き出した。
ざっと見ただけで二十人は越える魔女たちが、全員氷室さんに向けて一点集中で飛びかかる。
私は即座に『真理の
「は、放して……!」
そっと優しく、でもびくとも動かない力強さで腕を押さえられ、剣を構えられない。
それを振り払おうともがいている隙に、魔女の軍勢の手は氷室さんへと伸びていた。
「っ…………!」
氷室さんが息を飲んで飛び退き、その場を離脱した。
防御に徹することもできただろうけれど、それだと私にも被害が及ぶと思ったんだろう。
素早く地を蹴って回避した氷室さんを、魔女たちは急いで方向転換して追い回す。
いくら氷室さんが『寵愛』の加護を受けた強い魔女だとしても、数十人の魔女相手では分が悪い。
振り払おうと次々と魔法を放つ氷室さんだけれど、執拗に追い回わされ、そして矢継ぎ早に放たれる魔法の数々に、逃げ回るしかなかった。
「氷室さん……!!!」
「おっと、アリスちゃんはこっちだ」
ぐんと遠ざかって魔女たちと格闘する氷室さんの方に駆けつけようとすると、レイくんが私の腕を引いた。
軽やかな口調のまま、強く握る手が私を放さない。
「レイくん! 氷室さんに酷いことしないで! あの人たちを止めて!」
「酷いことをするつもりはないさ。ただ、彼女ほど今邪魔なものはないからね。少し他で遊んでもらうだけさ。ゆっくり用を済ませる為にね」
「何を、するつもり……?」
私が噛み付いても、レイくんは爽やかさを損なわない。
遠ざけられて戦う氷室さんに冷たい視線を向けつつも、私に見せるのは普段通りの笑顔だ。
「アリスちゃんは何も心配することはないよ。全部僕に任せてくれればいい。ただ、心を強く持っていて欲しいかな。大丈夫だと信じているけれど、ここで潰れてしまったら全てが台無しだ」
「な、何なの!? ねぇレイくん! 一体────」
「大丈夫。大丈夫だ。僕を信じて」
返ってくるのは優しい笑みだけ。けれどその瞳には、僅かな不安。
でもその言葉も声もとびきり優しくて、とても悪いことをするようには思えない。
信じてと言われると信じたくなるけれど、どうしても不安が全身を駆け抜ける。
そんな私を、レイくんは後ろから優しく抱き締めてきた。
「さぁ、心を僕に委ねて────────その心を映し出せ、ドルミーレ」
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