84 三つ巴の戦い
レイくんとクロアさんは既に転臨の力を解放しており、その姿に異形を表している。
そんな二人から吹き出る醜悪な魔力を凍らせるように、ロード・スクルドが氷結の魔法を大きく振るって。
そしてその極寒に真っ正面から対抗するように、マントをまとう魔女が荒れ狂う炎を振り撒いていた。
それぞれがそれぞれに対し敵意を抱き、入り乱れた戦闘が行われている。
レイくんとクロアさんの二人がロード・スクルドと戦うのはわかるけれど、あの魔女は一体誰だろう。
縁の大きな三角帽子と、すっぽりと身を包むマントのせいで、その顔や姿は全く見て取れない。
けれど、私はその人を知っている。不思議とそんな気がした。
私の心がそんな感覚を覚えた、その時。
「クリア────クリアランス・デフェリア!!!」
シオンさんがらしくない大声を張り上げ、彼女の名を呼んだ。
その瞬間、その名前と姿がストンと一致して、私の心を満たした。
そうだ。あれはクリアちゃんだ……!
「どうしてこんな所にクリアが!?」
「ワルプルギスに加勢……ってわけでもなさそうだね。ロードとも、ワルプルギスの魔女とも戦ってる。もぅ、アイツなんなんだよ」
両親の仇だというクリアちゃんの存在に、シオンさんとネネさんの空気はピキッと張り詰めた。
今にも彼女に対して飛び掛かりたい気持ちを、辛うじて押さえ込んでいるように二人の身体は震えている。
私もまた、予想もしていなかった展開についていけなかった。
こちらの世界に来る過程で逸れてしまったレイくんが、どうして今ここで戦火の中心にいるのか。
そしてどうして、魔女狩りとの戦いにクリアちゃんが混じっているのか。
ワルプルギスに加勢しているのならわかるけれど、どちらとも敵対している様子が、全く理解できない。
魔女狩りの最高戦力の一人であるロード・スクルドに、レイくんとクロアさんは全く引けを取らず応戦している。
それは恐らく転臨した魔女二人がかりだからだ。
転臨して存在が昇華した魔女は、魔法使いに圧倒されず戦い合える実力を持つ。
そんなロード・スクルドとワルプルギス二人に対等に渡り合っているクリアちゃんが、恐らく凄まじい。
彼女は転臨をしている様子も見せず、人の身のまま戦乱の中を堂々と立ち回っていた。
そんな壮絶な戦いは、常人では手出しができないほどに苛烈を極めていた。
このまま放っておけば、全員が共倒れになってもおかしくはないし、戦火が拡大し王都そのものが崩壊してしまうかもしれない。
「と、止めなきゃ。何が何だかわかんないけど、止めなくちゃ……!」
戸惑い怯んでいる場合じゃない。
そこでどんな戦いが起きていようと、その無意味な争いを止めるという目的に変わりはないんだから。
「シオンさん、ネネさん! 状況はわかりませんが、まずは止めます。手伝ってください!」
私は二人に向かってそう言い切ると、返答を待たずに飛び出した。
レイくんもクロアさんも、ロード・スクルドもクリアちゃんも、誰にも傷付いて欲しくない。
その一心が私の体を動かし、力を使うことに迷うことなく『真理の
一拍遅れて、シオンさんとネネさんが続いてくる音が聞こえた。
その存在を感じながら、私は戦いのど真ん中へと飛び込む。
まだ、誰も私に気付いていない。
レイくんとクロアさんによる攻撃を、ロード・スクルドが上空に飛び上がることで避けた。
そんな彼に向かって、既に上にいたクリアちゃんが炎の大剣を振りかぶりながら突っ込む。
私はその狭間に向けて、全速力で飛び込んだ。
「戦いを……やめて!!!」
力の限り叫びながら、ロード・スクルドの前に滑り込む。
クリアちゃんへの迎撃の為に彼が放った氷の魔法を『掌握』して捻じ伏せ、降りかかってきたクリアちゃんの炎の大剣を『真理の
「こんな戦い、私は認めない! みんな、今すぐ引いて!」
「アリスちゃん……!」
周囲一帯に向け、声を張り上げて叫ぶ。
そんな私に、炎の剣を打ち消されたクリアちゃんが声を上げた。とても澄んだ、涼しげな声で。
その衣装で顔は見て取れないけれど、その純心な声はクリアちゃんのもので間違いないように思えた。
「クリアちゃん! あなたも、戦いなんてやめて!」
「ア、アリスちゃん────」
「アリス様から離れなさい!」
私の呼びかけにクリアちゃんが応えようとした時、追ってやってきたシオンさんとネネさんが彼女を突撃と共に吹き飛ばした。
黒いマントに包まれた身体が、グルグルと
「クリアちゃん……!」
「姫殿下! 自ら国へのご帰還を選ばれましたか」
「────え、あ……そういうわけではないんですけど……」
言葉を交わすことのできなかったクリアちゃんに意識を向けていた私に、ロード・スクルドが背後から嬉々とした声を上げた。
身にまとった白いローブは大分汚れ、激戦の色が窺えたけれど、その端正な顔立ちには爽やかさが残っている。
「今はただ、この戦いを止めに来ただけです。ロード・スクルド、あなたにも戦いの手を止めて欲しいんですが」
「無茶なことを。魔女の襲撃を受けている今、魔女狩りとして敵を排除しないわけにはいきません。姫殿下、どうか────」
思った通りの反応を見せたロード・スクルドの言葉は、途中で遮られた。
彼の身に黒々とした大きな蛸の脚が無数に伸び、絡めとろうとしたからだ。
ロード・スクルドは咄嗟にそれらに氷結の波を撃ち放ったけれど、しかしそれは簡単に振り払われ、その場を退避するしかなかった。
地上へと急降下するロード・スクルドに、下半身を黒い蛸へと変貌させたクロアさんが後を追う。
私の前を通過する瞬間、クロアさんはその熱烈な瞳を私に向けてきた。
心配と敬愛の入り混じる、絡みつくような視線だった。
「アリスちゃん! あぁ、よかった!」
そんな二人を見送った私の元へ、レイくんが慌てて駆け込んできた。
私に飛びつくように身を寄せてきたレイくんは、ホッと安堵の息をつく。
黒尽くめの姿の中で、雪のような白髪と、その天辺から伸びている兎の耳が揺らめいている。
「ごめんね、君を一人にしてしまって。僕がちゃんと導こうと思っていたのに」
シュンとした顔をしながら、レイくんは私の体に腕を回してくる。
私はそんなレイくんに抱き寄せられながら、二人で一緒に地上へと足を下ろした。
「レイくん、一体何がどうなってるの? レイくんはホワイトを止める為に私を迎えにきてくれたんじゃないの? それに、どうしてクリアちゃんと戦って……どうしてこんな状況に……!?」
「いやぁ、何から説明するべきかなぁ……」
すぐさま疑問を投げ掛けると、レイくんは困ったように苦笑いを浮かべた。
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