83 王都での戦火

「今の人たちは……大丈夫でしょうか?」


 飛行を続けながら私が言うと、シオンさんははて、と首を傾げた。


「こんな上空から無防備に落ちていったら危ないんじゃ……」

「あぁ、そういうことですか。アリス様はお優しいのですね」


 納得した様に頷いて、シオンさんは優しく微笑んだ。

 それから下の方に目を向けて、やや呆れた様な声を上げた。


「彼らもプロですからね。地面に叩きつけられる前には何とかするでしょう。一応それくらいのことができる程度の手加減はしましたし、後は自己責任かと」

「そ、そうですか……」


 彼女本来の優しさの中に、現実的で冷静な部分が垣間見え、私もあまり甘いことは言っていられないと思った。

 最低限の気は使いつつ、けれど手を緩めすぎれば自分の身が危ぶまれる。

 自分の意思を貫くのなら、相手を気遣ってばかりもいられないんだ。


「それよりも、ロード・ケインの部下が迫ってきたことが問題です。アリス様をお迎えしようとするのはわかりますが、私たちを退けてまでとは……」

「ホントだよね。一応私たち仲間なのにさ。でもまぁあのオッサンのことだから、私たちがアリス様を囲もうとしてること、気付いてんのかもね」

「その可能性は高い。戦いの騒ぎに乗じて、私たちからアリス様を掠め取ろうとしたんでしょう。しかし彼は、ロード・デュークスと繋がっている。そこが気になります……」


 ロード・ケイン。あののらりくらりとしたオジサンの、ヘラヘラした笑顔が目に浮かぶ。

 自分は外野から傍観しているような口振りで、けれどどちらにも身を振れるよう手を回す人。

 あの人は本当に何を考えているんだろう。


 それに、いくら考え方や思惑が違うからといって、魔法使い同士で真っ向から争うというのも気になる。

 ロード・ホーリーのやり方は、彼らの大義に反するということなのかな?


 もしそうだとしても、この争いを止めたいと思っているその気持ちは私と同じ。

 ならば魔法使い全体の方針と異なっても、それが私にとっての一番の味方であることには変わらない。寧ろその方が私に合ってすらいる。

 それを私自身がよくわかっているのだから、誰が何と言おうと信じるものは変わらない。


「あの……シオンさん、ネネさん。お願いがあるんです」


 思案に渋い顔をしている二人に、私は口を開いた。


「私、魔法使いと魔女の戦いを止めたいんです。どっちにも傷付いて欲しくない。でも、私一人じゃ戦いそのものを簡単に止めることはできないと思うんです。だからお二人の力を、皆さんの力を貸してもらえませんか?」


 国中で起きている暴動と戦い。王都だけでも、その戦火はいくつも上がっている。

 私の力がいくら強くても、それだけじゃ戦いをやめさせることはできない。今欲しいのは人手だ。


「皆さんにも立場や思想があるから、どちらの側にも付けないんですよね? なら、私の側について止める役をして欲しいんです。もし他の魔法使いから何か言われたとしても、お姫様わたしの号令だと言えば、問題ないですよね?」

「なるほど、わかりました」


 私が強い意思を込めてお願いすると、シオンさんは温かく微笑んで頷いてくれた。

 ネネさんも仏頂面にニンマリと笑みを浮かべ、優しい目を向けてきてくれる。


「そのお言葉を待っていました。私たちは飽くまで魔法使いの立場にいる者ですので、奔放に振る舞うにも限度があります。しかしあなたからのご命令であれば、私たちは思う存分役割を果たすことができる」

「戦いを止めようとしたら、魔女の味方をするのかって叩かれるし、でも魔女から見たら私たちも敵だしで、板挟みだからねー。アリス様の後盾があれば、みんな喜んで動くよ」

「本当ですか!? よかった……!」


 快い返答にホッと胸を撫で下ろす。

 魔法使いでありながら魔女との争いを否定する彼女たちは、元々肩身が狭かったんだろう。

 魔女狩りとしての仕事もしていなかったと言うし、さっきは異端とも言われていた。


 もしかしたら彼女たち自身、私という後盾が欲しかったからこそ、こうして迎えに来てくれたのかもしれない。


「力を貸してもらえるのであれば、とっても心強いです。私はワルプルギスのリーダーを探さないといけないので、皆さんには全体の戦いを任せていいですか?」

「もちろんです、承りましょう。それに、あなたのお姿を見れば、それだけで気持ちが揺らぐ者もいるでしょう。戦いを押さえることは、そう難しくないかと」


 五年も国を開けていた私に、お姫様としての存在感がどれほどあるものかのか、少し不安はある。

 けれどみんながここまで私の身を求めてくるのだから、最低限の威厳はあると信じたい。後はもう、私の出方次第だ。


 私が自分の意思を強く示し、そして味方してくれる人たちがいれば、きっと大丈夫。

 ただもちろん、激化した戦いはそれだけでは収まらないだろうから、やっぱりホワイトとの激突は避けられないだろうな。


 それでも、一人じゃないだけで心強い。

 戦いが始まってしまった今、これを止めたいと思っている味方が必要だったから。


 三人で顔を見合わせ、気持ちを確かめ合って。

 そうして全速力で飛行を続け、私たちはようやく王都上空に辿り着いた。

 お城を中心に広がる城下町は、至るところから火の手が上がり、建物が壊れ、悲鳴が飛び交っていた。


 暴徒と化した魔女たちが大挙を成して暴れ回り、それに黒尽くめの魔女狩りが応戦している。

 通常であれば魔法使いの圧勝に終わりそうだけど、大勢の襲撃であること、そして一般人のいる街中であるからか、そう上手くいっていないようだった。


 それでも、根本的な実力差のある魔女が不利であることには変わりない。

 魔女狩りにやられ、地面に転がっている魔女たちも少なくなった。


 怒り叫び合い、相手を打ち倒さんと魔法を振るう魔法使いと魔女。

 飛び交い炸裂する魔法、壊れる街に燃え盛る炎。それらから逃げ惑う国民の人たち。

 夢と不思議に溢れた『まほうつかいの国』は、怒りと悲鳴に満ちていた。


 この王都だけでも、同時多発的に色々なことが起きている。

 何から手をつけて、どうしたらいいのかわけがわからなくなりそうだった。


 そんな中、王都の中心、お城の近くで一際大きな戦いが見て取れた。

 ここでの戦いの中心地であることは明らかで、私たちは一直線にそこへと向かった。


 多くの魔法使いと魔女が入り乱れる、石畳が敷き詰められたお城の前の広場。

 そこで私たちが目にしたのは、レイくんとクロアさんの二人とロード・スクルド、そして黒い三角帽子にマントをまとった魔女の、三つ巴の戦いだった。

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