46 僅かな影

 思えば、私は透子ちゃんのことを何も知らない。

 私がわかるのは、五年前の封印の時と、先日助けてもらった時のことだけ。


 透子ちゃんは私にとって大切な友達だし、透子ちゃんも私のことを大事にしてくれるけれど。

 でも私は、透子ちゃんについて何も知らない。


 別に詮索したいわけじゃなく、単純に友達のことをもっとよく知りたい。

 けど、もうそんなパーソナルなことを聞ける雰囲気ではなくなっちゃって……。


「そういえば、アリスちゃん」


 空気を変える為に何か別の話題を切り出そうとした時、透子ちゃんに先手を打たれた。

 そう口を開いた透子ちゃんの表情はもう朗らかで、さっきまでの困惑は消えていた。


 柔らかさを取り戻してくれたことが嬉しくて、私は笑顔で相槌を打つ。

 透子ちゃんはそんな私を見てニコッと微笑むと、止めていた足を動かし始めた。


「アリスちゃんは、ワルプルギスを倒そうとしてるってことで良いの?」

「え?」


 全く予想していなかった話題に、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 よっぽど間抜けな顔になったのか、透子ちゃんはクスクスと笑いを噛み殺していた。


「急に変なことを聞いてごめんなさいね。ただ、さっきあなたは彼女たちと敵対していたし、それに彼女たちが追い求めるものが、あなたと噛み合うとは思わなかったから。ちょっと聞いておきたくて」

「ううん、それはいいんだけど……」


 ウフフと穏やかな笑みを浮かべながら、透子ちゃんは言った。

 一瞬、どうしてそんなことを聞くんだと思ったけれど、さっき透子ちゃんは私を守る為にワルプルギスと戦ったわけだし。

 私のスタンスを知りたいって思うのは当然のことかもしれない。


 前にレイくんから聞いた話によれば、透子ちゃんはワルプルギスに所属はしていないながらも、関わりあったらしい。

 志は似ている部分があったから、手を貸し合うこともあったとか。

 それを考えると、透子ちゃんにとってワルプルギスは本来、敵対する存在じゃないはず。

 だとすれば、本当は私に敵対して欲しくないのかな。


「私はね、別にワルプルギスを倒したいわけじゃないんだ」


 色々考えていても仕方ないと思って、私は素直に答えることにした。

 透子ちゃんの立場や考えはわからないけれど、まずは私が自分の気持ちを答えないことには始まらない。

 それに、別にやましいことなんてないんだから。


「でも、確かにその方針には賛同できない。特に、リーダーのホワイトのやり方には。だからさっき私は、彼女と争わざるを得なかったの」

「魔法使いを根絶して、魔女の世界を再編する。それが、アリスちゃんは嫌なのね?」

「うん。自分たちを守る為に、他人を傷つけるなんて間違ってる。それにホワイトは、それを推し進める為に沢山の犠牲に目を瞑ってる。そんなの、私は嫌だ……」


 話しているうちにさっきの光景を思い出して、体が固くなった。

 抱きしめていた透子ちゃんの腕を、更に強くいだく。


 人が次々と変貌し、崩壊していく惨状。

 悲鳴と怒号が飛び交う、阿鼻叫喚の光景。

 思い起こしただけで、体が震えた。


 透子ちゃんはそんな私を引き寄せて、更に密着してくれた。


「そう、なるほどね。なら、もしワルプルギスがその方針を変えたのなら、あなた的には問題ないの?」

「……え? う、うん、そうだね。私は別にワルプルギスが憎いわけじゃないから……」


 透子ちゃんは表情も声色も柔らかなまま、質問を重ねてくる。

 けれどイマイチ要領を得なくて、私の返答は曖昧になってしまう。


 ワルプルギスはレイくんが魔女を守る為に作った組織だというし、それにクロアさんもいる。

 本来はワルプルギスにそのやり方を変えてもらおうと思っていたわけだし、そうなることは願ってもないことだ。

 でも、ホワイトがそれを易々と受けてくれるとは、到底思えない。


「私はね、アリスちゃん。あなたには、あの組織とあんまり関わり合いになって欲しくないのよ」

「ど、どうして?」

「だって、あそこには……レイがいるから」


 私の目を見る透子ちゃんの瞳が、少し揺れた。

 優しく柔らかい笑顔の中に、僅かに影が窺える。


「レイは────アイツは、アリスちゃんを我が物にして、独占しようとしている。私には、それが許せない」

「と、透子ちゃん……」


 アイツ、という言い方にはとても快くない気持ちが込められているのは明白だった。

 普段荒々しい言葉遣いをしない透子ちゃんの口から出ると、それは余計にとんがって聞こえた。


「でも、レイくんも私の大切な友達なの。確かにキザったらしくて、よく口説いてくるけど。でも、悪い人じゃないんだよ?」

「……ええ、そうね。アイツはそうやって、あなたの心に踏み込んでいっている。そしてあなたを、利用しようとしているんだもの」

「………………」


 それを、違うと否定し切れないのがもどかしい。

 確かにレイくんは、私の力をとても必要としている。

 一番最初は、私の力にしか興味はなかったと言っていたくらいだ。


 でもレイくんはちゃんと私のことを見てくれて、私の気持ちを尊重してくれている。

 だから私は利用されてるなんて、そんな風には思わないけれど。

 でも透子ちゃんからしてみれば、私の力を求めていることそのものが許せないのかもしれない。


「だからね、アリスちゃん。できれば、アイツらとは関わり合いにならないで欲しいの。これ以上深入りをすれば、きっとあなたにとって良くないことになる」

「それは……できないよ、透子ちゃん」


 声のトーンはまるで世間話のようになだらかで。

 けれど、その言葉には彼女の真剣な想いが込められていた。

 笑顔を保ちながらも真摯な目を向けてくる透子ちゃん。

 私は目を逸らしそうになるのを必死でこらえながら、首を横に振った。


「私は、今のワルプルギスを、ホワイトを止めないといけない。それにレイくんとの約束もある。一方的な虐殺に協力はできないけど、私だって魔女のみんなを救いたいのは一緒だから、力を貸すって」

「アリスちゃん…………」

「透子ちゃんが心配してくれるのはわかるし、とってもありがたいよ。でも、目を逸らすことはできないんだ。だって全部、私から繋がっていることなんだから」


 私という存在と、その中にいるドルミーレ。

 それが起因する出来事から、私は逃げちゃいけない。

 ホワイトの行いを止めることも、友達としてレイくんと向き合うことも。

 全部、私の責任だから。


 気不味い気持ちを押し殺して、透子ちゃんの目を真っ直ぐ見つめる。

 透子ちゃんは、困ったように眉を落とした。


「そう……そう、よね。あなたはそういう子。私だけの言い分を聞かせるなんて、無理な話だったわ。ごめんなさいね」

「透子ちゃんが謝ることじゃないよ……! 寧ろ、私の方こそごめんね。せっかく、心配してくれてるのに……」


 シュンと気を落とした透子ちゃんは、萎れた表情で謝罪の言葉を口にする。

 その姿があまりにも切なくて、とても罪悪感にかられた。


「大丈夫よ、大丈夫。何かあったら、私が守れば良いんだもの。そうよ、いつだって私が守れば良いの」


 そう言うと、透子ちゃんはすぐに元の朗らかな笑みに戻った。

 無理をしているんじゃないかと思ったけど、その笑顔には僅かな陰りも見て取れない。

 目を見張る切り替えの速さだけれど、気落ちしないで済んだのなら良かった。


「何があっても、あなたがどんな道に進んでも、私があなたを守るから。、あなたの一番側で」

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