24 今までの結果

 全ての時間が停止したような感覚。

 自分以外のあらゆるものがその動きを止めて、凍り付いてしまったよう。

 それほどまでに、自分自身と世界の乖離を感じた。


 心臓の音がうるさい。

 ドクドクと脈打つ鼓動を、身体中に拡散されているみたいで騒がしい。

 私の体が、暴れ回る脈動のままに弾け飛んでしまいそうだ。


 そんな中で、ビルの下で繰り広げられている騒ぎの音だけが、やけにクリアに耳に届いた。

 断末魔のような悲鳴、泣き叫ぶ声、恐怖と困惑に包まれた絶叫。

 そんな負の叫びが、まるで耳元で放たれているかのようにありありと響いてくる。


 今、多くの人たちが逃げ惑い、魔女が次々と死んでいっているこの状況。その原因が、私にある……?

 平和だったこの街を混乱に貶めているのは、私?

 この惨劇は、私が……?


 頭が真っ白になって、とてもじゃないけど冷静ではいられない。

 善子さんの腕に縋っていることもできなくなって、脚に力が入らなくなって。

 腕が解けた私は、ペタンとその場にへたり込んだ。


 透かさず善子さんが寄り添ってくれたけれど、彼女もまた混乱に包まれていて、その表情は曇っていた。


「わた、私が、原因って、それは……」


 乱れる心で言葉がうまく回らない。

 それでもなんとか、何かを口にしたくて、必死で唇を動かす。

 嘆かわしやと目を伏せるホワイトを、見上げながら。


「それは、私の中に……ドルミーレがいるからって、ことですか? 『魔女ウィルス』の始まりである彼女を心に住まわせている私が、この街にいるから……だから……?」

「広義の意味で言えば左様でございますが、しかしこの場合では違うと申し上げます」


 ホワイトはわざとらしく眉を下げ、労わるような目を向けながら、しかし淡々と答えた。

 表情だけは、くずおれる私を心配するようなものだけれど、その瞳は鋭く冷淡だ。


「仰る通り、始祖ドルミーレ様は『魔女ウィルス』の始まりでいらっしゃる。しかし、ドルミーレ様による『魔女ウィルス』の散布は、古の時代の時点で既に終わっております。故に、その存在が『魔女ウィルス』を広げることはございません」

「じゃ、じゃあどうして……」

「それは姫殿下、貴女様自身の行いと、貴女様を取り巻いた環境によるもの。貴女様が過ごしてきたこの数日、その全てが原因なのです」


 ホワイトの言葉が、全く理解できなかった。

 全ての始まりであるドルミーレが原因ではなく、私の行いが原因?

 そんなの、全く心当たりがなかった。


 受け入れ難い現実、そして理解が追いつかない言葉に頭が痛くなる。

 けれどいくら頭を抱えても、目を逸らしても何も変わらない。

 私は蹲りそうになるのを必死でこらえて、ホワイトを見続けた。


「貴女様は健気でいらっしゃる。ひたむきで心根清らかな、美しいお人。だからこそわたくしは、あるがままを申し上げましょう」


 そう呟いて、ホワイトは瞳を暗く輝かせながら言葉を続けた。


「貴女様は、魔女狩りにその身柄を狙われ始めた数日前より、今日こんにちまで幾度となく戦いに身を投じてこられました。この世界には本来存在しなかった魔法を駆使した魔法使い、そして魔女による戦いが、この街で苛烈に行われ、また貴女様もその力の一端を存分に払われた。その結果、この街に何が起きたかおわかりでいらっしゃいますか?」

「…………?」


 ホワイトの問いかけに、私は何も答えられなかった。

 確かに魔法や神秘の存在しないこの世界のこの街で、ここ数日私を取り巻く非日常が繰り広げられた。

 けれどそれによってこの街の日常に被害を出したことはなかったはずだ。


 いつもスレスレ、ギリギリの戦いだったけれど、それで赤の他人を巻き込んだことはない。

 だっていうのに、それが一体何に繋がるっていうんだろう。


 私が答えに詰まっていると、ホワイトは少し目を細めてから答えを口にした。


「元来魔法も神秘も存在しない寂れた世界。そこで数多の魔法が繰り広げられたことで、この街には急激に魔力が満ち溢れていったのです。魔法を行使すれば、必ずその痕跡が残る。残滓が集うことで、この街には魔力が浸透していったのですよ」

「街に、魔力が……」


 そう言葉にされると、それそのものはなんとなく理解できた。

 今まで沢山のトラブルを潜り抜けてきて、その度に魔法による戦闘は免れなかった。

 敵として襲いかかってきた人たちも、私を守ろうとしてくれた友達も、そして私自身も。

 みんな魔法を使ってぶつかり合った。


 それだけ沢山の魔法が使われれば、その余波で街に魔力が残るのは当然かもしれない。

 けれど、それとこれがどう繋がるんだろう。

 向こうの世界、『まほうつかいの国』になら魔力なんて当たり前に存在していたもの。

 それが、この状況となんの関係が……?


「アリスちゃん……」


 困惑の表情を浮かべていると、レイくんが振り返ってきて、悲しそうに呟いた。

 私のすぐ前でしゃがみ込むと、そっと肩に手を乗せてくる。

 何かを言おうとしてその瞳を私に向けて、けれど口は開かなくて。

 労わる言葉を掛けようとして、でもそれは憚られるといった困惑の瞳が私を映した。


 そんなレイくんを待つことなく、ホワイトは更に言葉を続けた。


「それこそが、この街に濃密な魔力が満ち溢れたことこそが、現状の原因なのです。魔力が当たり前に満ちている『まほうつかいの国』では、魔法使いには気付きようのなかった事実がそこにはあるのです。元々寂れていたこの世界だからこそ、魔力が密集した今その影響が浮き彫りに出た、ということでございます」

「一体、何を言って…………」


 遠回しの言葉に、困惑と混乱が募っていく。

 彼女が何を言わんとしているのかサッパリわからない。

 わからないけど。でも嫌な予感が私の心を支配して、背筋を凍らせた。


 口が乾く。手が震える。呼吸が上手くまとまらない。

 動悸で胸が苦しくて、全身から吹き出す冷や汗が不快だ。

 私の身体全てが、目の前に迫る現実に悲鳴を上げている。


 けれど私は、その先を聞かないといけない。


 泣き出しそうになるのを必死でこらえて前を見続けると、ホワイトは短く息を吸ってからゆっくりと唇を動かした。


「我々が魔力と呼ぶものの正体は、『魔女ウィルス』そのもの。魔法の行使はそれ即ちウィルスの散布となり、その残滓が満ちるということはウィルスが満ちるということ。この街は今、『魔女ウィルス』で満たされているのです」


 呼吸の仕方を、忘れた。

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