23 この原因は
「なに、言ってんの……?」
ホワイトの高らかな言葉に、真っ先に反応したのは善子さんだった。
信じられないものを見るような目をホワイトに向けながら。
私が抱いているその腕は、わなわなと震えていた。
「選別? 選定? アンタなに言ってんの!? 魔女が、人が死んでるの! アンタがこれに関係してるんなら、今すぐ止めなさいよ!」
「散りゆく命は、とても悲しく思っております。しかしこれは、我らの道行に必要なこと。成すべき救済なのです」
「救済!? これが、この惨状のどこが!!!」
今にも飛びかかりそうな善子さんが、声を張り上げて訴えかける。
しかしホワイトは、どうしてわからないのかとうんざりした顔で、おざなりな視線を向けるだけ。
善子さんの言葉に、想いに、耳を貸す気は全くないように見えた。
怒りに震える善子さんは、私が腕に抱きついているからこそ辛うじて堪えられているようだった。
けれど私も私で、ホワイトの意味不明な言葉に戸惑って、ほぼその腕に縋り付いているような状態だった。
善子さんを止めているというよりは、私が支えてもらっている。
魔女が次々と『魔女ウィルス』に食い潰され、死んでいっているこの現状は、選定だという。
魔女が死にゆくことに、一体何の意味があるっていうんだろう。
いや、例え彼女にとって何らかの意味があったとしても、それは決して許されることじゃない。
「真奈実! いいから止めなさい! でないと私が、アンタを────!」
「まぁ待ちなよ善子ちゃん」
噛み付くように吠える善子さんを、レイくんが制止した。
射殺すような視線が善子さんから飛んでくるのをはらりとかわし、一歩前へと歩み出る。
「同志は多い方がいい……果たしてそうかな。僕は、悪戯に魔女を増やすべきだとは思わない。それに、このやり方はあまりにも代償が多い。遅い早いの話だったとしても、得られる結果よりも被害の方が多いんじゃないかな」
「これは異なことを。世界の再編の後、始祖様の側に侍る魔女は多いに越した事はありませんでしょう。それに、これは救済です。その資格を持つ者を選び出し、至らぬ者はいずれ辿る結末へと至るだけ。何も問題などない、正しき行為です」
レイくんの言葉にすら、ホワイトは譲らない。
自分の正義、思想、行動を絶対のものと信じ、揺らぐ隙すらない。
そんな不倒の姿勢に、レイくんは僅かに顔をしかめた。
「ちょっと待ってください!」
一方的に語られるわけのわからない理由に、私は我慢できずに声を上げた。
ホワイトが、口元を緩めて私に目を向ける。
「救済とか、選定とか、一体何のことなんですか!? 今、一体この場で何をして、何が起こってこうなってるんですか! どうして、魔女がどんどん死んでるんですか! それをまず、説明してください!」
「畏まりました。姫殿下がそう仰せならば、わたくしに答えられることを述べさせて頂きましょう」
ほぼ怒鳴りつけるようになってしまった私の言葉にも、ホワイトは柔らかく答えた。
私のことを幼い子供をあやすような目で見ながら、柔和に口角を上げる。
「まず申し上げておくべき事は、わたくしは大したことをしていない、ということでございます」
「大したことをしてないだって!? アンタ、今ここで何が起きてんのか知ってんでしょ!?」
淡々と口を開いたホワイトに、即座に食ってかかった善子そん。
しかしそんな彼女に、ホワイトの冷淡な視線が即座に飛んだ。
黙っていろという無言の眼力に、善子さんは続く言葉をグッと堪えた。
「わたくしはただ、きっかけを与えそれを見守っているだけなのです。今起きていることは、いずれは起きるはずだったもの。それが少し先の未来か、今かというだけの違いでございます」
「意味が、わかりません。一体何をどうしたら、こんな急激に魔女が死んだりするんですか。それに、一体何の意味が……!」
私に視線を戻すとまた表情を和らげ、言葉を続けるホワイト。
しかし彼女が語ることは要領を得ない。
私が質問を繰り返すと、ホワイトは笑みを強めた。
でもそれは、年頃の少女のような華やかなものではなく、どこか狂気を孕んだねっとりとした笑みに見えた。
「目的は、魔女を死に至らしめることではございません。そういった者たちが出ることは、わたくしも不本意でございます。しかし、それは仕方のないこと。適性のない者はそういう運命にあるのです。わたくしが求めているのは、一定レベルの適性を持った魔女の誕生。未だ感染していない適性者を、魔女に変ずることでございます。死んでいった者たちは、適正に乏しかった。悲しいことです」
「…………!!!」
予想だにしていなかった言葉に、何を返していいかわからなくなった。
悲しいと口にしながらもその笑みを絶やさないホワイトに、怒りを感じている余裕もなくなる。
同志を増やすとか言っていたのは、感染していない人を魔女にしてしまおうって、そういうことだったの!?
でも、人を強制的に魔女にすることなんてできるのだろうか。
『魔女ウィルス』はその感染方法がわかっていなくて、だからこそ誰でも感染してしまう恐れがあるって……。
そこまで考えて、私はハッと思い出した。
強制的に『魔女ウィルス』に感染して魔女になった人を、私は知っている。
そしてそれをした人を、私は知っている。
晴香は五年前、ロード・ホーリーの手によって強制的に魔女になったと言っていた。
つまり、人為的に人を魔女にする方法は、確かにあるということだ。
適性があったとしても、まだ感染していなかった人たち。
そんな人たちを強制的に魔女にするなんて。
そんなの、あまりにも非人道的だ。
同志を、魔女を増やすために『魔女ウィルス』に強制的に感染させて、適性が乏しい人はすぐ死に至る。
そんなの、そんなのって……。
「ひ、酷すぎる……そんなの酷すぎる! 『魔女ウィルス』は殺人ウィルスでしょ! それに、強制的に感染させるだなんて!」
「それは誤解でございます、姫殿下。わたくしは強制的に感染などさせてはおりません。全ての魔女は、自然にそうなるべくして感染したのです」
「そんなバカな……!」
こんな同時多発的に、次々に感染するようであれば、この街もこの世界もきっと今頃魔女だらけだ。
これは明らかに人為的なものであるとしか思えない。
けれど、ホワイトは静かに首を横に振る。
「この世界、特にこの街は、遅かれ早かれこうなる道筋になっておりました。わたくしはその状況に手を添えて、促進したに過ぎません」
「なんですか、それ! そんなの信じられるわけが……! だって今まで、この街でこんなことは起きてなかった!」
「ええ、そうでございますね。この街がこうなったのはつい最近のこと。その原因は……」
「────ホワイトッ!!!」
口元を着物の袖口で覆い、嘆かわしいと顔を伏せるホワイト。
そんな彼女に対し、レイくんが今まで聞いたことない怒鳴り声を上げた。
しかしホワイトはその制止を無視し、顔を伏したままその鋭い瞳を私に向けて言葉を続けた。
「『魔女ウィルス』がこの街に濃く充満し、この大規模な感染が起きた原因は、姫殿下、貴女様なのですよ」
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