18 両手に花

 混雑している店内に思わぬ長居をしてしまったので、取り敢えずお店を出ることにした私たち。


 そんな退店時、お会計でまた善子さんとレイくんが一悶着起こした。

 一番最初に席を立ったレイくんが、流れるような自然な動作でテーブルの伝票を持って、レジまでそそくさと向かったのです。

 どうやら私たちの分のお会計も済ませようとしてくれたみたいで、それに気付いた善子さんが慌てて乱入した。


 善子さんとしては、自分が私に奢ってあげたかったらしく、レイくんにそれを任せるのがどうしても嫌だったみたいで。

 二人して自分が出すとレジの前でわーきゃーやって、店員のお姉さんを少し困らせた。


 最終的に、半ば強引に善子さんが勝利して、押し負けたレイくんは不満そうに唇をとんがらせていた。

 でもちゃっかりというか、善子さんは自分と私の分しかお金を出さなくて、レイくんは自分が飲んだ紅茶の分を払わされていた。

 どちらにしても奢ってもらう立場になってしまった私としては、なんとも居た堪れないやり取りだった。


 お店を出ながら善子さんにお礼を言うと、なんのなんのと気さくな笑みが返ってきた。

 でもその笑顔には、レイくんを押し切った優越感がちょっぴり見え隠れしている。

 ちょっとムキになった善子さんというのはなんか新鮮で、なんだか可愛らしく思えた。


 レイくんもありがとうねと、少し拗ね気味のその姿にこっそり声をかけてみれば、レイくんはすぐに機嫌良さそうにニコリとした。

 善子さんにしてもレイくんにしても。私にどっちが奢るかでこんな一喜一憂してもらえるのって、嬉しいような、そうじゃないような……。

 受け手の私としては、ちょっぴり複雑な気分だ。


 取り敢えずお店を出た私たちは、特にすることもなく何となく歩みを進めた。

 レイくんと一緒にワルプルギスの元に行くと約束をしたわけだけれど、だからといって今すぐこの足で行くわけにもいかない。

 多少の準備はしたいし、改めて氷室さんに同行をお願いしないといけないし。

 それに、行動を起こす前に夜子さんともお話をしたい。


 このまま一旦解散の流れでも良いんだけれど、何となくこの場の空気がそれを許してくれなかった。

 お店を出てすぐ、レイくんは私の横にぴったりとついて、透かさず手を握ってきた。

 そしてそれを目にした善子さんも慌てて反対側に回って、負けじと腕を組んで身を寄せて来たりして。


 お互いが私を取られまいとしがみ付いてくるから、私は文字通りただただ板挟み状態で。

 先に離れた方が負け、みたいな空気も相まってこの塊の状態が解かれる気配がない。

 側から見たら私ってどんなモテモテ女子?って感じだけれど、このギスギスした空気はそんな華やかなものじゃない。


 取り敢えず一回帰ろうなんて言い出したら、どっちが私を家まで送るかとか、そんな争いに発展しそうだ。

 この場で解散しようとしても、結局どちらかがついて来ようとして、負けじと二人共になる光景が目に浮かぶ。

 はて、どうしたものか……。


「あ、そういえば……」


 ひっつかれるのは嫌いじゃないけど、このギスギスした空気は居心地が悪くて。

 何か会話をしようと、私は咄嗟に思いついた話題を口にした。


「記憶と力を取り戻して、私ようやく魔力とかの気配がわかるようになったんです。それで気付いたんですけど、この街って結構魔女いるんですね」

「あぁ、言われてみればそうかも」


 善子さんは私の腕をぎゅっと抱きしめながら、そういえばと気の抜けた顔をした。

 善子さんに話題ぶりをしたのが不服なのか、私の手を握るレイくんの力が少しだけ強くなった。

 申し訳ないけど、今はちょっぴりスルー。


「私はあんまりコミュニティに関わってないから、知り合いはほぼいないけど。確かにこの街にはまぁまぁ魔女がいるね。でもそう改めて言われてみると、最近気配が増えた気がしなくもないなぁ。まぁでも────」

「それはきっと、アリスちゃんが関係してるんだと思うよ」


 あまり深く考えていなさそうな善子さんの言葉を遮るように、レイくんが身を乗り出して口を挟んだ。

 善子さんがムッとするのもお構いなしに、私にキラキラとした笑顔を向けてくる。


「私が? どうして?」

「それは勿論、君が『始まりの力』を抱いたお姫様だからさ。魔女はお姫様を感じるものだから、その存在を知らずとも、興味を惹かれてここに集まってくるんだろう」

「じゃあ、みんな私目当てなの!?」

「まぁ極端に言うとね。ただこの世界の魔女は何も事情を知らないだろうから、ただこの辺りに引き寄られてる程度だと思うよ」


 レイくんはそう言うと、まるで自分のものとでも言う風に私をギュッと引き寄せた。

 それに負けじと善子さんが引っ張ってくるものだから、間の私は半分に裂けてしまいそうだった。

 もう、この漫画みたいなやりとりはなんなんだろう。


「え、えっと……こっちの世界にも結構な魔女がいるんだとしたら、やっぱり早く『魔女ウィルス』の問題を解決しなきゃだ。もう私、晴香みたいな犠牲を出したくないし……」


 私の取り合いに無言で精を出し始めた二人を諫めるために、私は慌てて会話の続きを口にした。

 それに透かさず善子さんがうんうんと頷く。


「私も、もうあんな思いはしたくないし、人が苦しむ姿も見たくない。まぁ、自分も他人事じゃないし。私にできることはなんでも力を貸すからね。でも、あんまり気負いすぎないで」

「ありがとうございます。私の中にいるドルミーレが原因のことなので、必ず私が何とかしたいって思ってます。でも、はい。無理はしないようにしますね」


 私の腕を抱きしめながら、キリッとした瞳を向けてくれる善子さんに、笑顔で頷き返す。

 善子さんだってこの世界の他の魔女と同じように、全く無関係の、言ってしまえばただの被害者なのに。

 それでも私に寄り添ってくれるその心が、とても嬉しい。


「僕だってアリスちゃんの味方だよ。魔女を救いたいという最終目的は一緒なんだから」


 私と善子さんが気を合わせているのが不満だったのか、レイくんが爽やかな声を出して口を挟んできた。

 なんかこう、あっちを立てるとこっちが立たないなぁ。


「勿論、レイくんのことも信頼してるよ」


 そう答えつつ、でも心中は少し複雑で。

 確かに魔女を救いたいという点は同じだけれど、その為の方向性は真逆なんだから。

 何とか、わかり合って良い折り合いがつけられれば良いんだけど。


 そんな風に私を挟んだ善子さんとレイくんのバトルに巻き込まれながら、それでもなんとかお喋りをしてぷらぷらと歩いた。

 日曜昼過ぎの駅前は賑わっていて、家族連れやカップル、それに私たちみたいに友達同士で連れ立ってる人が多い。


 そんな平和で穏やかな日常の只中で、少しトゲトゲしてはいるけれど、それでも和やかに時間を過ごせるのは嬉しかった。

 二人のやり取りに挟まれるのはちょっぴり疲れるけど、でも二人とも私のことを大事にしてくれているのは伝わるし、まぁそこまで悪い気はしない。


 だからもう少しくらい、二人の気が済むまで付き合ってあげてもいいかな、なんて。

 いつまでもこうしているわけにもいかないし、それに決着がつくことでもない。

 その内時間が経てば、どちらかともなくこの争いも収まると思うし。


 そんなことを考えながら、駅前広場の前を歩いていた、そんな時。

 穏やかな平和を掻き消す、甲高い女の子の悲鳴が一帯に響き渡った。


 張り詰めた叫びに辺りは急激に騒然として、私たちも慌てて声がした方に振り向いた。

 すると駅のロータリーにある街路樹の下で、中学生くらいの女の子が倒れ伏していた。

 ただならぬ、邪悪な魔力を撒き散らしながら。

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