2 寝込みへの訪問
ピンポーン。
無機質で軽快な玄関のチャイムの音で、私は目を覚ました。
まるでそれでスイッチが入ったみたいにパッと目が冴えて、私はカーテンの隙間から朝日がこぼれる部屋の天井を見上げた。
泥のようにぐっすりと、死んでしまったように深々と眠ったおかげか、頭も心もとてもスッキリしている。
やっぱり、考えと感情の整理には睡眠が一番良いみたい。
ピンポーンと二度目のチャイムが鳴る。
目はすっかり覚めたけれど、でも冬の室内はとっても寒くって、どうも布団から這い出す気分にはならない。
こんな朝から誰だろう。
そう思って枕元に置いてあった携帯で時間を確認してみれば、もう十一時前だった。
昨日は色んなことがあってクタクタだったから、とっても早くベッドに入ったし、相当な時間眠っていたみたい。
なら早朝の訪問ってわけでもないし、ちゃんと出てあげないといけないなぁと思いつつ、でもちょっぴり億劫で。
そんな風にグズグズと羽毛布団に包まって、体温で温まったベッドで思わずぬくぬくしてしまう。
寝起きの今、気持ちも考えもどうしてもダラダラとしてしまうのです。
そろそろまたチャイムがなっちゃうかもしれない。
そう思ったけれど、次に聞こえてきたのはガチャリという鍵が開く音と、玄関の扉が開かれる音だった。
今うちの鍵を開けられるのは、私以外に一人しかいない。
お母さんはまた出張に行っていてしばらく帰ってこないし、晴香はもちろんもういない。
とすれば、合鍵を持っていて勝手にうちに入れるのは
そうとわかって勝手にホッとする。
他の誰かに居留守を使っちゃってたら申し訳なかったけど、創なら別に問題ないし。
気心知れた仲ってこともあるし、現にこうやって自分で入ってこられるんだから。
ダッダッダッと階段を踏み鳴らす音が聞こえてくる。
このすこし荒っぽい足音は、やっぱり創で間違いなさそうだ。
何の用で来たのかわかんないけど、出迎えてあげなかったのは流石に悪かったかな。
でもまぁ、合鍵持ってるわけだし、私の部屋の場所だってわかるわけだし、たまには良いよね。
そう思ってわたしはのんびりと布団にくるまり直した。
……ん? 待てよ?
今うちに入ってきたのはきっと創。
階段を踏み鳴らしてるのも、だからきっと創。
うちに来た創が二階に上がってくるってことは、もちろん私の部屋を目指してるわけで。
そして今私は、絶賛寝起きなわけで…………。
「おいアリス! お前連絡の一つくらいよこ────」
「勝手に入ってこないでよバカ!!!」
緩んでいた意識が瞬間的に覚醒して、私がまずいと思ったその時。
創が勢いよく私の部屋の扉を開けて頭を突っ込んできた。
そんな創の顔の端っこが見えた瞬間に、私は反射的に起き上がって枕を思いっきりその顔面に投げつけた。
枕は真っ直ぐ顔に激突して、創はグフッと呻き声を上げて後ずさった。
ドアノブに手が引っかかったままだったのか、扉を一緒にバタンと閉まってくれた。
我ながら漫画みたいなことを……と思いつつ、でも致し方なしと自分を正当化する。
だって、寝間着姿で頭も顔もぐちゃぐちゃで、男の子に会えるわけないじゃん。
例え相手が幼馴染みで、異性として意識したことなんて一ミリもない創でも、それは絶対イヤ。無理。
「いってぇな! 何すん────」
「だから入ってこないでよ!」
ドガンと怒りのこもった音ともに、また扉が開かれて創が顔を突っ込んできた。
だから私は手元にあったクッションを、また力任せに投げつけてやる。
カッカしていた創はまたそれを顔面で受け止めて、よろよろと影に消えた。
また、バタリと扉が閉まる。
出会い頭に顔に色々ぶつけるのも可哀想かなって気もしつつ、でもううんと首を振る。
だって女の子の部屋にズカズカと入り込んでこようとする創がいけないだから。
人がのんびり眠っていたところに、まるで寝込みを襲うみたいに突撃してくるんだもん。
これくらいの制裁は許されるでしょう。
私が扉越しの幼馴染みにムスッとしていると、また扉が開かれた。
でも今度はほんのちょっぴり、薄く隙間を作る程度で、創は顔を覗かせてはこなかった。流石に学習したみたい。
「いきなりなにすんだよ! 殺す気か!」
「いきなりはこっちのセリフだよ! 寝てる女の子の部屋に押し入ろうとするとかサイテー! ヘンタイ! このケダモノー!」
扉の隙間に創の姿は見えなかったけれど、念のため羽毛布団を手繰り寄せて体を覆う。
相手は無防備な女の子に迫ってくるけしからん男だから、できる限りの守りを固めないと。
部屋の外から飛んでくるクレームに、私は蓑虫のようにくるまりながら非難を返す。
創はほんの少し怯んだようにぐぬぬと声をこぼしてから、けれど強気な態度の声を続けてきた。
「知るかそんなこと! 今更お前のあられもない姿見ようが、こちとら何にも思わねーよ!」
「し、失礼な! 少しくらい何か思ってもいいでしょ!?」
「じゃあ何だ! 俺がお前の寝てる姿に変な気持ちになった方がいいのか!?」
「や、やめてよ気持ち悪い!」
扉越しに怒鳴り合う私たち。
流石に理不尽なことを言ってるかも知れないと思いつつ、でも創が失礼なこと言うんだから仕方ないとまた自分を肯定する。
私だって年頃の、華の女子高生なわけなんだから。
いくら相手が創とはいえ、何も思わないと言われるとなんかこう…………とにかくムカつく!
それにしても、寝起きのあられもない姿ってなんだろう。
私はそんなに寝相悪くないぞ。
というか朝っぱらから私たちは何をやってるんだろう。
お互い容赦なく文句を言い合って、そのうちなんだか冷静になってきた。
ギャーギャー騒ぎ合ってるけど、別に喧嘩ってわけじゃないし。
同じタイミングで冷静になったのか、次に聞こえてきた創の声は落ち着いたトーンだった。
「……まぁ、とりあえず元気そうだな。安心した」
「う、うん。元気だよ。おはよう、創」
「おはよ。下で待ってるから早く顔洗ってこいよー」
スッとクールになった創はそう言って、トットッと歩いていく音が聞こえた。
「あ! すぐ行くからコーヒーでも飲んで待っててー!」
慌てて部屋から顔を出して叫ぶ。
階段を降り始めていた創は、こっちに振り返らずに「んー」と気の抜けた返事をしながらそのまま下がっていった。
その後ろ姿を見られた事が何だか嬉しくて、ついつい笑みがこぼれてしまう。
私はちゃんと、いるべきところにいるんだ。
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