65 妖精の喧嘩と始まりの力16

「わたしたちには妖精さんたちの細かい『じじょう』まではわからないけど……。でも、きっとケンカなんかしなくても、みんなで笑えるやりかたがあるはずだよ」


 チャッカさんは眉毛を落としてシュンとしながらまた下を向いた。

 体中の炎はとっても弱くてチラチラしていて、肩はプルプルふるえてる。


「わたしに、何かお手伝いできることがあったらするからさ。だからもう、こんなことやめよう? わたしは、チャッカさんにも笑ってほしいな」


 自分たちが生き残るためにここをとかそうとしたことは、いいことじゃない。

 でも、そうしないと生きていけなかったのはきっと本当で、その『げんいん』は炎の妖精じゃない。

 チャッカさんたちも、『ひがいしゃ』なんだ。


 だからわたしは、うずくまるチャッカさんに手を差し出した。

 よくないことをして、氷の妖精とケンカをしてたけど、でもチャッカさんが悪いヒトってわけじゃないから。

 だから、みんなで仲良くできると思ったんだ。


「………………」


 チャッカさんはわたしの手をまじまじと見てから、ゆっくりとわたしのことを見上げてきた。

 また信じられないものを見るような目で、さらに口をポカンと開けてる。


「お前、何、考えたんだ……」

「なにって……あくしゅ、かな? わたし、チャッカさんともお友達になりたいよ」

「何、バカなこと……」


 チャッカさんはわたしの手を見つめながら乱暴につぶやいた。

 でもその声は弱々しくてちっちゃくて、さっきまでみたいなこわさはぜんぜんなかった。


「……オレは、炎の妖精だぞ。生き物はみんな火を怖がる。ヒトだって、普通触れようとなんてしねぇ。しかもオレみてぇな暴れる炎なんて……」

「……? よくわかんないけど、仲良くなりたかったら手くらいにぎるでしょ? それに、いつまでもそうやってつっぷしてるのもあれだし。だから、ほーら」


 チャッカさんはいじけるみたいに、なんだかぶつくさ言っている。

 だからもうわたしは、その手を勝手ににぎることにした。


「────バ、バカ野郎! 火傷どころじゃっ……」


 チャッカさんがあわてて手を引いてさけようとしたけど、わたしが手首をつかむ方が早かった。

 赤い肌とやんわりと炎につつまれているチャッカさんの手。

 にぎって、その熱さを感じてから、炎の妖精は炎そのものみたいなものなんだって気付いた。

 だって、氷の妖精のソルベちゃんは氷みたいにキンキンに冷たかったから。


 でも、チャッカさんの手をにぎってもわたしの手は焼けなかった。

 すごく熱いなとは思ったけど、でも触ってられない感じゃなくて、やけどはぜんぜんしなさそう。

 わたしの力が、炎そのもののチャッカさんの体をさわれるようにしてくれてるのかもしれない。


「ほら、立って。ほらほら」

「…………」


 わたしがぐいっと手を引くと、チャッカさんはすなおに立ち上がった。

 でもまたまた信じられないものを見るような目で、わたしのことをじっくり見てる。

 それから口をパクパクさせて、つっかえながら声を出した。


「お前は……お前は、なんなんだ……? わけ、わかんねぇよ」

「わたしはアリス。よろしくね、チャッカさん」

「お、おう…………?」


 わたしがニッコリと自己紹介をすると、チャッカさんはとっても『あいまい』な返事をした。

『こわおもて』の顔をキョトンとゆるめて、すこしまぬけっぽい顔をしてる。


「ねぇソルベちゃん、みんな。わたし、炎の妖精さんたちとも仲良くしたいと思うんだけど、どうかな?」


 チャッカさんの手をにぎったまま、振り返ってみんなの顔を見てみる。

 レオもアリアも、それにソルベちゃんも、とってもびっくりした顔をしていた。

 でもわたしがそう聞くと、ソルベちゃんはパァッと明るい顔をした。


「うん、それがいいと思うよ! 僕たちだって別に、炎の妖精と争いたかったわけじゃないんだ!」


 さっきまでブルブルおびえていたソルベちゃんだけど、すっかり元気になって楽しそうな声を出した。


「氷の妖精たちと、それにお前がそうしたいなら、それでいいんじゃねぇか? オレのケガはまぁ、お前が治してくれたからよ」

「わたしも、みんなが仲良くできるならそれでいいと思うよ。みんな無事だしね」


 レオとアリアはホッと安心した顔でそう言ってくれた。

 レオの顔色はもう『かんぜん』に良くなってるし、アリアはもう泣き止んでる。


「だってさ、チャッカさん。だから、もうケンカはおしまいね」

「お、おう……」


 チャッカさんはすこしびっくりした顔をしてから、シュンと大人しくうなずいた。

 でもその顔はどこかスッキリしてるから、もしかしたらチャッカさんもあんな乱暴なことは、本当はしたくなかったのかもしれない。


「ねぇ、チャッカ」


 そんなチャッカさんに、ソルベちゃんがふわふわ浮かびながら近付いていた。

 氷の妖精だからあんまり近寄れないみたいだけど、でもギリギリのところまで来て、チャッカさんの顔を見つめる。

 チャッカさんはシュンとした顔で、おっかなびっくりソルベちゃんを見返した。


「ソルベ、オレは……」

「属性が違っても、僕らは同じ『ようせいの国』出身の妖精同士。なるべく、できるだけ助け合っていこうよ。たしかに、氷の妖精と炎の妖精じゃ、属性の相性はよくないけど。でもだからって、いがみ合うのはやっぱり、よくないよ……」

「そう、だな……。オレたちは、追い出された怒りと悲しみで、余裕がなくなっちまってた。自分たちのことばっかりだった。属性は違っても、オレたちは同じ妖精で、仲間のにな……。オレたちが悪かった。ごめん……」


 氷と炎だから、手をにぎり合うことはできない。

 でも、ソルベちゃんとチャッカさんはちゃんと向き合って、お互いの気持ちをちゃんと伝え合っていた。

 立場がちがっても、ぜったいわかり合えないなんて、そんなことはないんだ。


 ペコペコ頭を下げるチャッカさんのことを、ソルベちゃんはせめなかった。

 もういいよってそう言って、ニコニコ笑顔を返してる。

 チャッカさんは何回も謝って、しばらくしてようやく頭を下げるのをやめた。


「……でも、そもそもの問題をどうしようか。山は今のまま炎の妖精にいてもらってもいいけれど、この雪の土地に囲まれたままじゃ、確かにいつ消えちゃうかわからないよね……」

「やっぱり、オレたちが出ていくのが一番かもしれねぇな。ここを出て、なんとか次の居場所を見つける。それしかねぇかもしれねぇ」

「それ、なんとかできるかもしれない……!」


 うーんとうなってうつむいちゃった二人に、わたしはとっさに思ったことを言っちゃった。

 ソルベちゃんもチャッカさんも、キョトンとした顔でわたしを見る。


 わたしもどうしてそう思ったのかはわからないけど、なんとかできるかもって、そんな『かくしん』みたいな気持ちがふっと浮かび上がってきたんだ。


「炎が消えなくて、それに氷がとけなかったら、今のままでもいいんだよね? なら、多分大丈夫だよ!」


 わたしがそう言った瞬間、わたしの内側から力がぶわっとあふれ出した。

 前に動物さんたちの町で兵隊さんたちを追い払った時みたいに、力の波がぶわーっと周りに広がっていく。


 それはこの雪と氷の地域をまんべんなく満たして、そしてその中の燃える山にも広がって、そしてつつみこんだ。

 この力は『りょういき』を『せいてい』する力だって、ココノツさんは前にそう言ってた。

 わたしの力が妖精さんたちが住むこの地域をおおって、そして燃える山の周りに境目を作った。


 見た目は何にも変わってない。

 それでも、それぞれの妖精の力の流れと、それに熱さと寒さがそこで『しゃだん』されているのがわかった。


 わたしがこの辺りを自分の『りょういき』にしたことで、その中の流れをコントロールして区分けしたんだって、感覚的にわかった。


「すごい! すごいよアリス! これで当面は大丈夫だ! 昔とは変わっちゃうけど、でもこれならどっちもここにいられる!」


 ソルベちゃんは青くキラキラ光ながら、空中でぴょんぴょんとはねた。

 ワンピースのスカートがヒラヒラするのもお構いなしで、体ぜんぶではしゃいでる。


 そしてチャッカさんは、こおった湖の向こう側で静かに燃えている山を見て、ポカーンとした。

 しばらくそうやって見つめているチャッカさんの目元には、うっすら涙が浮かんでいて。


 それからゆっくりとわたしの方を向いて、チャッカさんはクシャッと笑った。


「ありがとう、アリス」

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