55 妖精の喧嘩と始まりの力6‬

「ど、どういうこと……!? だって、見た目は完全に女の子……」


 ポカンとするわたしたちの中で、口を開いたのはアリアだった。

 目をまん丸に開いて、妖精さんのことを穴が開きそうなほどによく見る。


 アリアが言う通り、この妖精さんの見た目は完全に女の子。

 この村で会った他の妖精さんたちも、『ちゅーせいてき』な感じはしたけど、でも男の子っぽかったり女の子っぽかったりした。


 男の子でも女の子でもないなんて、そんなことあるの?


「妖精は雌雄同体なんだよ、人間で言うところのね。だから性別の概念ってのはないんだ〜。だから君たち人間から見た男の子っぽさや女の子っぽさっていうのは、あくまで個体差、個人差でしかないんだよね〜」

「そ、そうなんだー」


 ほわ〜っと少し顔を赤くしながら、妖精さんを見つめ続けるアリア。

 わたしにはむずかしい言葉はわからなかったけど、でもとにかく妖精さんたちはそういう生き物なんだってことはわかった。

 どうりで、どっちかわからない『ちゅーせいてき』な感じなんけだ。


「……じゃあなんとなくで、ソルベちゃんの方が可愛いからそう呼ぶね」

「わかった、いいよ〜」


 わたしがそう決めていうと、ソルベちゃんは特に気にしていなさそうに、でもなんだか嬉しそうにうなずいた。

 ソルベちゃんは会ってからずっとニコニコ楽しそうで、一緒にいるこっちもなんだかうれしい気分になってくる。


「それで、ここの状況はどうなってんだ? この寒い土地に、あんな燃えてる山があるのは変だろ?」


 レオがポロっとそう切り出す。

 そう、それがまずここでの問題だった。

 キレイな雪と氷の銀世界に、『いわかん』たっぷりの燃える山があるんだ。

 しかもそれがドカンドカン炎を飛ばしてくるんだから、結構大変な事態な気がする。


 レオが聞くと、ソルベちゃんはあははーと苦笑いをしながら眉をきゅっと寄せた。


「そう、変なんだよ。僕たちも困ってるんだぁ。元々はあの山も僕らの管轄で、とっても綺麗な雪山だったんだ。でも少し前に炎の妖精たちがやってきて、あの山を奪われちゃったんだよ」

「奪われた? そりゃ穏やかじゃねぇな」

「うん。だから僕らは今絶賛喧嘩中……みたいな感じかな。お互いが自らの居場所を主張して、ああやってぶつかり合っちゃってるんだよ」


 はぁ、とため息をつくソルベちゃん。

 ちょっぴり浮いていたお尻をベッドにつけて、今度はギコギコ前後にゆれた。


「同じ妖精さんなのに、仲良く一緒にってわけにはいかないの?」

「僕らも別に喧嘩をしたいわけじゃないんだけど、でも僕ら氷の妖精は、炎の妖精と相性が悪いんだよ。属性的にも、性格的にもね。それでももっと友好的に来てくれればよかったんだけど、向こうが結構乱暴だから揉め事になっちゃって……」

「同じ妖精さんでも、『あいしょう』があるんだね」

「うん。一括りに妖精って言っても、僕らは何の妖精かで結構性質が違うからね。その相性は割と重要なんだ」


 わたしの質問に、ソルベちゃんはうんうんとうなずきながら答えてくれる。

 あいかわらず前後にゆれたままだけど。


「自然の化身ともいえる僕ら妖精は、本当に多種多様なんだ。炎や水、木、風、土みたいな、それぞれの概念が具現化したのが僕らなんだ────もっと細分化された、限定的な属性を持つ子もいるけど────だから氷を火に近づけたら解けてしまうみたいに、僕たちは属性的に不利なんだよ」

「自然の摂理に基づいた相性関係が、妖精にはそのまま反映されちゃうってこと?」

「そう。極端な話、僕ら氷の妖精は炎の妖精とずっと一緒にいたら解けて消えてしまう。嫌いなわけじゃないけど、でも共存は難しいんだよ」


『あいしょう』が悪い、苦手な炎の妖精さんたちが、すぐ近くで山を燃やしてたら、そりゃこまっちゃうってことか。

 氷が熱いのに弱いのは当たり前なんだから、そう思っちゃうのは『しょーがない』気がする。


「でもそれは炎の妖精もわかってんだろ? どうしてわざわざ氷の妖精がいるところに来るんだよ」

「うーん。なんだかね、聞いたところによると、女王様に元いた土地を追い出されたみたいなんだ。炎の妖精は燃え続けてないと消えちゃうから慌てて次の場所を探して、ここに辿り着いちゃったってことみたいなんだよねぇ」

「女王陛下かぁ……」


『びみょー』な顔をしながら言うソルベちゃんの言葉に、レオはうんざりしたような声を出した。

 レオの気持ちとまったく同じだったわたしとアリアも、思わずため息をついて顔を見合わせる。


 きっと、この間動物さんたちの町が焼き払われちゃいそうになったのと同じように、その炎の妖精さんたちもひどいことをされちゃったんだ。

 他の国出身の人たちを『はくがい』して、追い出そうとしてる女王様。

 どうしてそんなことをするんだろう。


「次は我が身かもしれないし、それそのものには同情するんだけどねぇ。僕ら妖精は管理するものがないと、居場所がないと生きていけないから。氷の妖精が雪と氷の冷たい土地にいるように、炎の妖精は火のあるところにいないといけない。でも、よりによってここに来ちゃったかーって感じでさ〜」


 ソルベちゃんはうわーんとうめいて、後ろ手にベッドに倒れ込んだ。

 羽がつぶれちゃってるけど、痛かったりしないのかな……?


「そもそも女王様が酷いんだよー。僕らはずっとずっと昔からこの国に来てて、この国の自然の一部は僕らが管理してるのにさ」

「妖精さんたちは、どうして『まほうつかいの国』に住んでるの? 魔法の勉強をするため?」


 動物さんたちの町に行った時は、元々魔法の勉強をするために来たって言ってた。

 でも動物さんたちには魔法が使えなかったから……とかなんとか。


 それを思い出して聞いてみると、ソルベちゃんは首を横にふった。


「ううん。僕ら妖精には、属性が由来する自然に働きかける力、精術があるから、魔法を勉強する必要はないし、そもそも使えないんだ。基本的には。というかむしろ逆だよ。僕らは元々、魔法使いの魔法の手助けをするために呼ばれたんだ」

「…………???」


 アリアとレオが首をひねった。

 魔法使いの二人も、今のソルベちゃんの言ったことはわからなかったみたいだった。

 魔法を使わない、使えない妖精さんたちが、どうして魔法使いの魔法の手助けをするってことになるったんだろう。


「妖精と魔法って、何か関係があるの?」


 アリアは唇をとんがらせて、必死に考えながら質問をした。

 ソルベちゃんは体をぐんっと勢いよく起き上がらせると、ケロッとうなずいた。


「まぁ一応ね。だって、ドルミーレが魔法を確立させたのは、僕ら妖精の手助けがあったからだからね」


 あんぐり、アリアとレオの口が開いて閉じなくなった。

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