41 喋る動物と昔話8

『始まりの魔女』ドルミーレ。

 私にはその名前に聞き覚えがあった。


『魔女の森』の神殿にその人の石像があって、レイくんとクロアさんはそれを『あがめて』た。

 確か、全ての魔女の母とか、神様みたいなものだって言ってた気がする。

 でも、詳しくはわたしもよくしらない。


 そのドルミーレとわたしになんの関係があるんだろう。


「『始まりの魔女』はその通り、全ての魔女の起源となるもの。『魔女ウィルス』の発生源とでも言いましょうかねぇ」

「『魔女ウィルス』の発生源!? そ、そんな人が本当にいたんですか!? わたし、そんなことぜんぜん知らない……」

「それもそうでしょうねぇ。ドルミーレは遥か二千年くらい前の時を生きた原初の魔女。人々に疎まれて生きて、望まれるがままに死した彼女は、この国の人々からなかったことにされたのですから」


 やんわりと話始めたココノツさんに、アリアはポカーンとしながら声を上げた。

 ココノツさんはキセルを吸いながら、すこし『ふきげん』そうな顔をした。

 でもそれはアリアやわたしたちに対してではないみたいで、普通の口調で話を続けた。


「昔々。まだこの国の人間が魔法という神秘に触れていないほど昔。まだこの国が『まほうつかいの国』と呼ばれるよりも前の話。ドルミーレという一人の女がおりました。その女は人ならざる魔の法を操り、人智を超越した神秘の力を有しておりました。人々は女の力と存在を恐れ、魔道に落ちた悪しき女、魔女と罵り蔑むようになったのです」


 ココノツさんはまるで本の読み聞かせをするような気軽さで言った。

 でもその話し方はなんとなく、昔のことを思い出しなが話しているみたいに見えた。

 でもさすがに、二千年前から生きてるなんてことは……ないよね?


「女は確かに強大な力を持ってはいたけれど、はじめはただそれだけだった。それでもヒトというものは、自分にはないもの、とても及ばないもの、理解ができないものは排除したがるもの。特に、人間は。だから女は排斥された。差別され、嫌悪され、疎まれた。悪しきものだと、魔なる女だと、魔女だと。女は同じ人間から、人間であることを否定され、怪物のように扱われました。人間ではない怪物だと。『魔女』だとねぇ」


 その人が始まりだっていうんなら、それが魔女って呼ばれるきっかけなんだ。

 でも、どうしてすごい力を持っていただけで、みんなから仲間外れにされなきゃいけなかったんだろう。


「悪しきものと呼ばれ、そう扱われれば、次第にそうなってしまうもの。魔女と呼ばれ続けた女は、その強大な力を自分のためだけに使うようになった。ただ力を持っていただけの女は、力を振りかざす女になってしまった。ヒトでは到底及ばない力を振るい、国の一部に自分の領域を作り、そしてそこに自分だけが住う城を築いたのです。そこで女は一人孤独に、ただ力を誇示しながら住っていた。女はその強すぎる力を持ち続けることで、心も体も徐々に本当の怪物のようになっていたという。自分に並び立つ者がいない、ただ自分だけが強大である女からは人間らしさは消え、まさしく怪物たる『魔女』になっていったとか。まぁそもそも、そういう素質があったからかもしれないけれど」


 すごい力を持ってるだけで、人から嫌われて、悪者あつかいされちゃうのは、ちょっとひどいんじゃないかなぁ。

 でも、それで本当に悪い人になっちゃうってことは、そもそもがそう人だったのかなぁ。


 どっちが正しくてまちがってるかなんて、わたしにはわからない。


「過ぎたる力は恐怖しか生まないと、そういうことなのかもねぇ。果てしない力を持って国の一端に君臨する女に、人々は徐々に恐怖と嫌悪を募らせるようになった。やがて人々は口々に、魔女を討ち果たすべし、と声を上げるようになった。勇敢な男たちは武器を手に女が住う領域に攻め込み、地を踏み荒らし、城へと乗り込んだ。女はその力を持ってその悉くを返り討ちにしたけれど、ただ一人、純白の剣を携える青年にだけは、どうにも歯が立たなかったそうな」


 ココノツさんの口調は『たんたん』としていて、本当に昔話を聞いてるみたい。

 でも話しているココノツさんは、やっぱりどこか『ふきげん』そう。

 話すことにというよりは、話していることそのものが気にくわないみたいに。


「女が持つ強大な魔法は、その純白の剣に全て打ち払われたという。力の全てを封じられた女はとうとう青年に追い詰められ、その胸に純白の剣を打ち立てられた。しかし女はただでは死なず、青年から純白の剣を奪い取った。純白の剣は女の闇によって漆黒に染まり、男はそれを取り戻せなかったそうな。そして最後の力を振り絞り、女は世界中に呪いを振りまいた、とか。それこそが『魔女ウィルス』と呼ばれるものに通ずるみたいね。だからこそ、女は今『始まりの魔女』と呼ばれてる。というお話」


 そこまで話して、ココノツさんは重く息を吐いた。

 やれやれといった感じで、話の内容にどこかあきれているみたいに。


 わたしたちはといえば、ただポカーンとココノツさんを見上げていた。

 何が正しいとか、だれが悪いとか、そういうことわからないけれど。

 でもわたしは、それはとってもかなしいお話だと思った。


 ただ力を持っていただけで普通の人だったはずなのに、周りの人に嫌われてくうちに心が『すさんで』しまったんだ。

 一人ぼっちで、みんなから仲間外れにされ続けたら、ひねれちゃうのもしょーがないかもしれない。

 でも、だからって悪いことをしたり、自分は強いんだっていばっていいことにはならないけれど。


「……それが、『魔女ウィルス』の起源? その元凶の『始まりの魔女』の話、なんですか? でもわたし、そんな話ちっとも、少しだって聞いたことない……。どうして、そんな話を知ってるんですか?」


 わたしと同じようにポカーンとして聞いていたアリアだけど、頭をぶんぶんと振ってからココノツさんに質問した。

 その顔は少し引きっつっていて、とても信じられないって様子だった。


「魔女を、そしてドルミーレを忌み嫌う者たちの手によって、彼女の存在はこの国の歴史から葬り去られて、無かったことにされてしまったのよ。わちきが話したのは当時伝え聞きいたこと。今の時までこの話をあえて言い伝える者は、この国にはいないでしょうねぇ」

「当時って、そのドルミーレってのが生きてたのは二千年くらい前なんだろ? アンタ、一体何歳だよ!?」

「はて、わちきは今何歳でしたかねぇ。もう百年毎くらいにぼんやりとしか数えてないもので、二千……二、いや三百歳くらいですかねぇ」

「ア、アンタの方がよっぽどバケモンじゃねぇか……」

「こらレオ! なんてこと言うの! 失礼でしょ!」


 コテンと首をかしげて言うココノツさんに、レオは口をあんぐり開けてため息をついた。

 そんな赤い頭をアリアがポカリと叩く。

 ココノツさんは特に気にしてなさそうで、二人のやりとりを見てコロコロと笑った。


 でも、まさかとか思ってたけど、本当に二千年前から生きてたなんて……。


「わちきは、ドルミーレと少し会ったことがあるけれど……でも特別深い関わりがあったわけでもないの。でも当時の彼女の話は『どうぶつの国』にも噂がよく届いたし、事の顛末についてもそれなりに。だからまぁ、歴史を閉ざされたこの国の人々よりは、かつてのことには詳しいの。まぁ、わちきもほとんど聞いた話だから、どこまでが本当かわからないけれど」


 キセルをぷーっと吸って、ココノツさんはゆるーく言った。

 他人事のような感じで、でもどこかうんざりした感じで。

 ココノツさんは、ドルミーレのことを、それにその話をどう思ってるんだろう。


 そのことを聞いてみたかったけど、でもなんだか聞きにくくて。

 代わりにわたしは別の質問をすることにした。


「それであの、ドルミーレが退治された後は、国は平和になったの? その男の人は、剣を取られちゃった後、どうしたの?」

「ドルミーレを討ち果たした青年は、その功績を称えられて国の王様になったとか。そしてその後、国では魔法の研究が盛んに行われるようになって、この国は『まほうつかいの国』と呼ばれるようになったのです」

「え、え!? その男の人が王様になったってことは、もしかして……!」

「えぇ。この国の王族は、彼の青年の末裔。『始まりの魔女』を打ち倒した英雄の子孫。その歴史は闇に葬られても、偉大な功績を残したという事実だけは残り、今の権威に繋がっているの。それ故に、この国は絶対王政の国なのですよ」


 じゃあ。それじゃあ、あの女王様がドルミーレを退治した人の子孫ってこと!?

 とっても昔にすごいことをした人の一族だから、あんなにえらそうで、それにだれも文句を言えないんだ。

 国中の人が悪者にしていたドルミーレを倒した英雄なんだから、とってもとってもえらくって、その『えらい』だけがずっとずっと今も残ってるんだ。


 ココノツさんのお話は結構むずかしかったけど、でもわたしにも少しずつは理解できた。

 ココノツさんのお話と、わたしが見た女王様のわがままっぷりと。

 それがピタッと、くっついた気がした。

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