7 魔女の森1

 ぽかぽか、ふかふか。

 まず最初に感じたのはそんな気持ちよさ。


 とろんとここちよく眠っているぽかーんとした意識の中で。

 あたたかく包まれる感覚がわたしをゆったりと受け入れてくれていた。


 自分が今まで何をしていたとか、自分が今どこにいるのかとか。

 そんなことは全部どうでもよくって。

 今はただ、この『まどろみ』にすべてを預けてしまっていた。


 そろそろ目覚ましが鳴っちゃうかなとか。

 早く起きないとお母さんに怒られちゃうかなとか。

 そういうことを考える頭も、ほんの少し残っていたけれど。

 でも今は、全てを投げ出してのんびり眠っているのがとっても気持ちよかった。


「………………」


 どれくらいの間眠っていたのか、よくわからない。

 そもそも、いつから、どうして眠っていていたのかもよくわからない。


 めいっぱい、気の向くまま眠っていたわたしは、急に目が覚めた。

 まだしょぼしょぼするけれど、でもゆっくり意識がはっきりとしてくる。

 そこで初めてわたしは、自分が眠っていたことに気付いたのでした。


「はーあ、よく寝た」


 自分の腕を枕にしてうつ伏せで眠っていたわたしは、大きく伸びをしながら仰向けになった。

 少し固くなっていた体をぐーんと伸ばす。

 身体中が引きのばされる感覚と、ぽきぽきと骨がなるのが気持ちいい。


「……あれ?」


 ゴロンと寝転んで上を見上げた時、わたしはやっと変な感じに気付いた。

 見上げた先にあったのは、わたしのお部屋の天井じゃなかったからです。

 わたしのお部屋の天井じゃないどころか、そこには天井がなかった。


 わたしの頭上に広がるのは、青々とした大きな木の葉っぱたち。

 そしてその隙間からこぼれるあったかな日差しが、サンサンと降り注いでいた。

 わたしは外で、というか森の中で眠っていたみたいだった。


 それに気付いた時、わたしは自分が何に寝転んでいるのか気になって、ガバッと体を起こした。

 あわてて下を見てみれば、それはとっても大きなキノコだった。

 わたしのお部屋にあるベッドと同じくらいの、とってもとっても大きなキノコ。

 わたしはその笠の上に当たり前のように乗っかっていた。


「な、なにこれー!?」


 わたしが乗れるほどの大きなキノコ、というだけでもとってもびっくり。

 そんなものにいつの間にかわたしが寝転んでいたこともびっくり。

 わたしは何が何だかわからなくて、ただただ驚くことしかできなかった。


 驚きついでに辺りを見渡してみれば、ここにあるものは全部が全部、とっても大きかった。

 わたしを乗っかれるほどのキノコをはじめ、まずはとにかく木がおっきい。

 まるで高層ビルみたいに太くて大きな木がいっぱい生えていて、その天辺はとてもじゃないけれど見えない。


 だからその木に付いている葉っぱも大きくて、きっとわたし一人くらいなら簡単に包めてしまう。

 掛け布団とかにちょうどいいかもしれない。


 お花も草も、落ちている木の実も、何もかもが大きい。

 もしかしたらわたしが小さくなっちゃったのかもしれない。

 そう思ってしまうくらいに、この森は全体的に巨大だった。


 もしかして巨人の国にでも迷い込んじゃった?

 それともわたしがありんこみたいにちっちゃくなっちゃった?


 ポカンとしながら、でも体験したことのない光景にわくわくしながら、わたしは夢中で森中を見渡した。

 しばらくそうやって色んなものを見ているうちに、わたしはようやくレイくんのことを思い出した。


「あ、そうだ。レイくん、レイくんはどこ?」


 レイくんに『まほうつかいの国』という所に連れて行ってもらうという話だった。

 そこであられちゃんが来て、お話して、ばいばいして、それでわたし……。


 思い出そうとしてもその後のことがよくわからない。

 あられちゃんにばいばいした後、そこからのことをさっぱりおぼえていなかった。


 あれからどうなって、レイくんはどこに行って、わたしはどうなったんだろう。

 辺りを見回してみてもレイくんはいない。わたしは一人ぼっちだった。

 考えてもまったくわからないし、ここが何なのかももちろんわからない。


 もしかしたらわたしはもう『まほうつかいの国』に来てるのかな。

 それともこの森はまたちがう所なのかな。

 何が何だかさっぱりだけれど、でもいつまでもこのキノコの上に座っていてもしょーがない気がした。


 レイくんがいないのなら探さなくちゃいけない。

 もしかしたら迷子かもしれないし、わたしに見つけてもらうのを待っているかもしれない。


 そう思ってキノコの上から飛び降りようとした時だった。

 わたしの気持ちを察したかのように、キノコの茎がくにゃりと曲がって傾いて、わたしはすべり台を降りるようにキノコからスルリとすべり落ちた。


 最後の方は笠がクルンとそり返って、わたしのお尻を持ち上げてきれいに着地させてくれた。

 わたしが勢いのままに地面に着地すると、キノコは何事もなかったかのように普通の形に戻った。


「キノコさん、ありがとう」


 ちょっとびっくりしつつお礼を言ってみる。

 キノコにお礼なんてなに言ってるんだろうと思っていると、なんとキノコがペコリとお辞儀した。

 わたしはとってもびっくりして思わず飛び上がりそうになったけれど、それは失礼だと思ってぐっとガマンした。


 わたしをゆっくりと寝かせてくれて、その上ていねいに下ろしてくれたんだから、失礼があったら大変だ。

 もしかしたらおおしゃべりできるのかなと思ったけれど、キノコが何かを言いそうな感じじゃなかった。

 わたしは少し待ってからもう一度お礼とお辞儀をして、その場を離れることにした。


 森の中はちょうどいい木漏れ日があったかくてとても居心地がいい。

 気の匂いや草の匂い、それにお花や土の匂いも。

 どれもこれもしっとりとここちよくて、わたしは気分良くとことこお散歩した。


 意外にも一人の寂しさはなくて、この森を探険するわくわくの方が上だった。

 大きな根っこを乗り越えて、わたしよりも大きな草をかき分けて。

 まるで未開の地を切り開いている冒険家の気分になりながら森の中をぐんぐん進んでみる。


 そうやってしばらく歩いていると、急に開けた場所に出た。

 ううん、わたしからみたら開けた場所だけど、このおっきな森にとっては特別開けた場所ではないのかもしれない。

 とにかく、『うっそう』としげっていた木々の中にポッカリと空いた場所がありました。


 そして、その真ん中には一輪のユリの花が咲いていた。

 他のものと同じように大きなサイズのお花。

 わたしの身長よりも大きくて、きっと大人の人よりもおっきい。


 まっしろできれいな花びらをくるっと閉じて、まるで眠っているようだった。

 なんでここに一人でいるんだろうと気になって、わたしはそのユリに近付いた。


「あら、あらあらあら」


 わたしがユリの目の前まで来た時。

 閉じていた花びらがしゅるしゅるとほどけて開いた。

 そしてそれと同時に女の人の声が聞こえてきた。


「何だか懐かしい気配がすると思ったら。なーんだ、あなたなの」


 ユリのはなびらがパァっと開く。

 そしてまるで首をもたげるみたいに茎が動いて、花の正面がわたしを向いて、


「お帰りなさい。久しぶりね、


 その花には、お顔がありました。

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