67 スパイ

「ロード・ケインが言うスパイがアゲハさんだったとしたら、私を殺すように指示したのが魔法使いってことだよね? でも確か、私のことを殺そうとしているのはロード・デュークスっていう人だったと思うけど……」


 前に聞いたシオンさんたちの話を必死に思い出しながら、私は疑問を口にする。

 確か私の抹殺を目論んでいるのが、レオやアリアの上司のロード・デュークス。

 そしてロード・ケインというのは、それを制している人って話だったはずだ。

 私の記憶が正しければ、だけれど。


 私の言葉にカノンさんは困った顔をした。


「アタシが魔女狩りを離れたのは少し前の話だから、最近のアリスを巡っての流れはわかんねぇんだ。ただ一つ言えるのは、ロード・ケインが考えてることは誰にもわからねぇってことだ」


 申し訳なさそうに眉を寄せながらカノンさん言う。

 確か、カノンさんがまくらちゃんを連れて放浪を始めたのは一ヶ月ほど前のことらしいし、今の情勢がわからなくても仕方ない。

 けれど自分の直属の上司だったロード・ケインには色々と思うところがあるようで、カノンさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「あの男はいつもヘラヘラしてて一見アホだけどよ、その腹の内では誰よりも色んなことを考えてやがる。だってのにそれをおくびにもだしゃしねぇから厄介なんだ」

「つまり、表向きはロード・デュークスを制してるように見せかけて、実は別のことを考えてる可能性があるってこと?」

「あぁ。それにロード・デュークスが絡んでくると、尚更何か裏がありそうだ」

「…………?」


 カノンさんは腕を組んで唸った。

 私は何が何だかわからずに、ただ次の言葉を待つことしかできなかった。


 眉間にしわを寄せたカノンさんは、少しだけ黙ってからゆっくりと言葉を続けた。


「ロード・デュークスがアリスの抹殺を図っているんだとしたら、それは魔法使いとしては容認できないことのはずだ。だからこそロード・ケインも表面上は牽制しているんだろうさ。だが、あの二人は旧知の仲で関係が深い。ロード・ケインはその実、裏でロード・デュークスの手引きをしている可能性があるな」

「じゃあ、四人中二人のロードが私の命を狙ってるってことなんだ……」


 ロード・スクルドは昨日私たちへの不干渉を約束した。

 ロード・ホーリーはまだ明確なことはわからないけれど、シオンさんたちの言葉を信じるならば敵意はなさそうだし。


 魔法使いとしては見過ごせないロード・デュークスの私抹殺の計画を、制しているふりをして実は協力しているんだとしたら。

 そう考えると、自分自身や魔女狩りの部下を使うのではなく、魔女にスパイを送り込むのも納得できるかもしれない。


「飽くまでアタシの憶測だけどな。ロード・ケインはアタシにあまり多くは言わなかった────てか、アタシがそこまで聞かなかったんだけどな」

「でも、カノンさんたちも命を狙われていたんだから仕方ないよ」

「いや、もう少し聞き出すことはできたはずだし、アタシのミスだ。つい頭に血が上っちまってな……」


 カノンさんは悔しそうに歯を食いしばって、握った拳で自分の太腿を叩いた。

 バシンと大きな音がしたから結構痛そうだけれど、カノンさんは顔色を変えなかった。


「アイツが言うには、アタシの動きは全部掌の上だったらしいんだよ」

「え……?」

「アタシがこの時期にこっちの世界に逃れることや、こっちでお前とダチになることも。全部アイツの想定通りだったんだとさ。そうやってお前と近付いたアタシを利用する算段だったったらしい」

「そ、そんなことって……」


 あまりのことに私は言葉を失った。

 だってカノンさんの行動は魔女狩りとしてのものではなくて、彼女個人の感情によるものだから。

 まくらちゃんに出会ったことも、助けたいと思って一緒に逃げたことも、こっちに亡命したことも、私たちと出会ったことだって。

 全部全部たまたま、偶然で、誰の意思も差し込まれる余地なんてなかったのに。


「信じられねぇようなことだけどよ、アイツならアタシの動きをそこまで読んでいても不思議はねぇよ。アイツはそれくらい頭が切れる。見た目はとてもそんな奴には見えねぇけどな」

「でも、そうやって私と仲良くなったカノンさんを直接利用するんじゃなくて、スパイに協力しろって言ったのはどういうことなんだろう」


 人の動きをそこまで先読みできるほどの人だから、私たちには予測できないような考えがあるのかもしれないけれど。

 でもそうやって私に繋がりのあるカノンさんに目をつけておいたにしては、やや遠回りなような気がした。


「わかんねぇ。ただアイツは、アタシにはお前を殺すとは言わなかった」

「じゃあ一体、何を……?」

「アタシが聞いたのは、真宵田 夜子の暗殺。アリスを経由してスパイを真宵田 夜子の所に送り込むよう、アイツはアタシに言ってきやがった」

「よ、夜子さんを……!?」


 息が詰まりそうになった。

 それはつまり、魔女狩りが夜子さんの殺害を目論んでいるってことだ。

 アゲハさんもはじめは夜子さんから襲おうとしていたし、その事実とも一致する。


 それに、夜子さん自身が言っていた。

 魔法使いであろうとワルプルギスであろうと、私の身柄を狙う人たちにとって夜子さんは邪魔な存在なんだと。


 私がカノンさんと仲良くなって夜子さんとの繋がりを作ったから、ロード・ケインはそれを利用しようとしたんだ。

 カノンさんを直接動かさないのはブラフのつもりか、それとも私の足止めでもさせようとしたのか。

 はたまた、全く別の狙いか。


 どちらにしても、夜子さんが命を狙われているのは明らかだ。

 それもアゲハさんの個人的なものではなく、魔女狩りのロードによる組織なもの。


 夜子さんはさっき全く気にしていない風だったけれど、本当にそれで大丈夫なのかな。

 でも夜子さんのことだから、相手がいくら強大だったとしても微塵も動じなさそうではあるけれど。

 そして実際ものともしない可能性もある。


 でも、やっぱり心配だった。

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