68 知り合い

「アタシもあの人には恩義がある。だから勿論そんな話に首を縦に振るわけがねぇよ。それに、お前を利用しようなんて考えてやがったアイツの話なんて、聞く気にすらならなかったさ」


 心配が顔に出ていたようで、カノンさんは私を労わるような視線を向けてきた。

 キツめのツリ目から送られる優しげな視線はとても温かい。


「アイツはお前の抹殺の話はしてなかった。だが、アゲハの行動、それに今のロードたちの話を聞くと、アイツもその動きにでている可能性は大いにあるな」

「そうだね。ごめん、私のせいで巻き込んじゃって」

「お前が謝ることじゃねぇよ。これはアタシの責任が呼んだ問題だ」


 魔女狩りが私を狙うことで夜子さんを巻き込んで、そのためにカノンさんやまくらちゃんを危険に晒してしまった。

 そう思ってしょんぼりと頭を下げると、カノンさんは大きく首を横に振った。


「むしろアタシがアイツの傘下だったせいで、お前を奴の策略に巻き込んじまった。お前は何にも悪くねぇよ」

「カノンさん……」


 ニカッと笑うカノンさんは爽やかで、私を責める気持ちなど微塵も感じさせなかった。

 ドッシリと力強いその居住まいは、ついつい頼りたくなってしまう。


「まぁそういうわけで、アタシたちはロード・ケインが差し向けたっていうワルプルギスにいるスパイが、何かしらの行動を起こすだろうってことはわかってたんだ」

「でも、今の話だと私が襲われるとは思ってなかったんだよね? じゃあどうしてさっき駆けつけられたの?」

「あぁ、それはまた別の事情が────」

「はいはーい! それはカルマちゃんが話しまーーーす!!!」


 爽やかに微笑んでいたカノンさんの表情が陰り、困ったように口を曲げた。

 そこにカルマちゃんが元気よく身を乗り出してきて、張り詰めていた場の空気が弾けた。


「真面目な話ばっかりしてカルマちゃんつまんなーい! 置いてけぼりは嫌だよん! ハブるの禁止! もっと構ってくれないとカルマちゃん泣いちゃうよ〜!」

「お前が出てくると話が拗れるだろうが! もう大人しくしてろ!」

「でもでも〜! クリアちゃんの話するなら、カルマちゃんの方がちょっぴし良くない?」

「クリア? 今、クリアって言った!?」


 わちゃわちゃと言い争いをしている二人から気になる名前が飛び出して、私は思わず口を挟んでしまった。

 その名前は、今日だけでもう何度も耳にした。

 単独でレジスタンス活動をする狂気の魔女。私に何か関わりがあるという、魔女が疎む魔女。


「そうそうクリアちゃん! クリアランス・デフェリアちゃんのお話でーす!」


 私のリアクションに、カルマちゃんが嬉しそうにニカッと笑った。

 私の方に身を乗り出して自分が喋る気満々のカルマちゃんに、カノンさんは大きな溜息をついた。


「実はね、お姫様のピンチを教えてくれたのはクリアちゃんなんだよー! まくらちゃんからバトンタッチされて目を覚ましたらクリアちゃんがいたから、カルマちゃんびっくらこいちゃったよぉ〜!」

「クリアが、私のピンチを二人に教えた……?」


 予想外のことに私は首を傾げるしかなかった。

 私自身は彼女のことをあまりにも知らなさすぎて、その行動の是非を判断することはできない。

 でも千鳥ちゃんは彼女のことを狂った魔女だと、関わり合いになるべきじゃないと言っていた。

 けれど反対にレイくんは、彼女は私を大切に思っているから真摯に向き合って欲しいと言っていた。


 クリアという魔女の人物像があまりにも不鮮明で、彼女のことをどう思うべきなのか全くわからない。

 でも、クリアという名前を聞くたびに私の心がざわつくのはどうしてなんだろう。

 このざわつきは恐怖なのか、それとも懐かしんでいるのか。

 強い感情だけがグラグラと揺れて、その正体が自分でもわからない。


 私は思わず隣に座る氷室さんを見た。

 いつも通りのポーカーフェイスの氷室さん。

 揺らぐことのない平静の顔に、濁りのない澄んだスカイブルーの瞳。

 昼間に善子さんからその名前を聞いた時は僅かに息を飲んでいたけれど、今は全く動じていなかった。


「アリスもクリアの奴のことは知ってるのか?」

「う、うん。名前だけだけど。ワルプルギスではないけれど、過激なレジスタンス活動をしている魔女だって……」

「あぁ、その通りだ」


 辛うじて知っている情報を口にすると、カノンさんは苦い顔をしながら頷いた。


「魔女狩りにとっては要注意人物の一人だ。ワルプルギスによる襲撃や事件を引っ掻き回すだけ引っ掻き回す、迷惑極まりない悪辣な魔女さ。ま、アタシは直接対峙したことはねぇんだが」

「…………」


 カノンさんのその言葉は、千鳥ちゃん寄りの印象を覚える。

 魔女すら関わることを拒む、狂った魔女という印象に近い。


「まくらと二人で帰ってる途中に、そのクリアが突然現れたんだ。デカイ三角帽子にローブをまとってやがったから、その顔も姿も全く見えなかったけどよ。アイツは確かに、アタシたちにクリアと名乗った」

「あれは確かにクリアちゃんだったよー! あの格好は前からだしねん! だってだって、カルマちゃんはクリアちゃんの真似っこをしてこんな格好をしてるんだもん!」

「は?」


 自分のマントをひらひらさせながらさらっと言ってのけたカルマちゃんを、カノンさんは唖然とした顔で見つめた。


「ま、待て! カルマお前、クリアと知り合いだったのか!?」

「え? うん」

「そういうことはもっと早く言えよ! どおりでクリアちゃんとか親しげに呼ぶわけだ!」


 ケロッと頷くカルマちゃんに、カノンさんは天を仰いだ。


 考えてみれば、カルマちゃんは元々ワルプルギスだったわけだし、繋がりがあってもおかしくないんだよな。

 クリアがワルプルギスとどの程度関わりがあるのかは良くわからないけれど。


「そんなこと言われても〜。普段は黙ってろとか引っ込んでろとか言うのに、都合のいい時だけ言えって言われてもカルマちゃん困っちゃーう」

「時と場合によるだろうが! 話さなくていいことは話すな! 話さなきゃいけねーことは話せ!」

「カルマちゃんはおバカさんなので区別がつきませ〜ん!」

「てめぇなぁ……!」


 プイと顔を背けたカルマちゃんに、カノンさんは青筋を浮かべて睨んだ。

 けれどカルマちゃんはそんなことなど気に留めず、拗ねてしまったのか口を開く気配がなかった。


「ま、まぁまぁカノンさん────それでカルマちゃん。クリアとはどのくらいの仲なの? クリアのことよく知ってるの?」

「えーっとねぇ、会ったのは一回だけだから全然知らなよぉ?」

「へ?」


 あっけらかんと言ってのけるカルマちゃんに、思わずズッコケそうになった。

 じゃあ今の押し問答は一体なんだったの!?

 いや、カルマちゃんに理屈を求ちゃダメなのかな。


 やっぱりこの子は一筋縄ではいかない。

 それは前も今も変わらないようだった。

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