61 相思相愛

「……ごめん」


 しばらく私の胸で泣いた千鳥ちゃんは、真っ赤になった目をこすりながら顔を上げた。

 鼻頭もピンク色に染まっていて、見た瞬間に泣き喚いたとわかるぐちゃぐちゃな顔。


 そんな顔を取り繕うことなく、千鳥ちゃんは私を見上げた。


「もう私、逃げない。今だって怖いし、アイツに勝てる自信なんてないけど。でも、もう私だけの問題じゃなくなっちゃったし」

「千鳥ちゃんはもう一人じゃないんだから大丈夫だよ。一人で向き合って、一人で立ち向かう必要なんてない。私が、みんながいるんだから大丈夫だよ」


 両手で金髪の頭を包み込むように撫でると、千鳥ちゃんはくすぐったそうに身をよじった。

 それでも拒みはしないで、大人しく私の手を受け入れてくれる。

 大人しく健気な瞳が、上目遣いの視線を送ってくる。

 けれどその目にはまだちょっぴり不安が残っていた。


「……あの、さ。本当に私なんかのために、一緒に戦ってくれるの? 今日だって、全然歯が立たなかったのに……」

「当たり前でしょ。ていうか、自分で助けてって言ってきたのに、何でそんなこと言うの?」

「だって……私なんかの為に命かけるとか、さ……。他人にそこまでしてもらう価値なんて、私にあるのかなって……」

「────千鳥ちゃん!」


 視線を落として自信なさげに言う千鳥ちゃんの頬を、私は両手でムギュッと挟んだ。

 頬の肉を寄せ上げて強引に上を向かせて、その目をまじまじと見る。

 唇を蛸のように突き出した間抜けな顔で、千鳥ちゃんは目を白黒とさせた。


「千鳥ちゃん、昼間も言ったでしょ? 私は千鳥ちゃんのこと、大切な友達だと思ってるよ。命をかけて寄り添うべき友達だと思ってる。千鳥ちゃんにはそのくらいの価値があるって、私は思ってるよ。千鳥ちゃん自身がどう思っていようともね」

「わ、わかったから……わかったからぁ……!」


 顔をぐいと近付けて、鼻と鼻がくっつきそうな至近距離で言葉を投げつける。

 まだ赤い目がきょろきょろと泳いで、千鳥ちゃんは喚いた。

 私は少しそうやって強く睨んでから、仕方なく手を放して顔を離した。


 解放された千鳥ちゃんは自分の頰をさすりながら、しおらしい顔で私を伺い見てきた。


「わかったわよ、もぅ……」

「ならいいけどさ。ていうか、千鳥ちゃんだって同じようなことを思ってくれてるから、怖くても危険でも助けに来てくれたんでしょ?」

「…………」


 千鳥ちゃんは答えなかった。

 けれどまた伏せた顔は耳まで真っ赤で、言葉を聞く必要なんてなかった。


 姉妹という居場所を失って、大好きだったお姉さんに裏切られて、自分自身を否定されて。

 そうやって何もかもを失って、一人ぼっちで生きてきた千鳥ちゃん。


 だから自分に自身がなくて、だから人と接するのが苦手で。意地を張ったり強がったりする。

 でもだからって、他人が嫌いなわけでも信じられられないわけでもない。

 むしろきっと、人一倍寂しがり屋だ。


 そんな千鳥ちゃんが、少しでも自分のことを好きになれて、少しでも自分の心に素直になれれば、きっと彼女の人生は変わる。

 人は一人で変わるのはきっと難しい。だからほんの少しでもその手伝いをしてあげられたらって思う。

 友達として、その手を取って心に寄り添ってあげたいって。


「大丈夫だよ千鳥ちゃん。私、千鳥ちゃんのこと大好きだから。意地っ張りでぶっきらぼうで自分勝手だけど、でも本当は優しいって知ってるから」

「…………!」


 千鳥ちゃんはガバッと顔を持ち上げた。

 耳までリンゴのように真っ赤になった顔で、キッと視線を突き刺してきた。

 けれどそれは怒りなんかじゃなくて、ただただ羞恥に満ち溢れた照れ隠しのような睨み顔。


 精一杯の強がりがなんだか可愛らしくて、私は思わず微笑んでしまった。

 そんな私に千鳥ちゃんは一層恥ずかしそうにムクれ面を向けてきた。


 でも少しすると強がるのにも疲れたのか、ふにゃっと力を抜いて息を吐いた。

 眉の下がった緩い笑みを浮かべて、そっと私の手を取った。


「私も……アンタが好きよ。だから今回は……甘えさせて」

「やった。相思相愛だね」

「ちょ、ちょっと! こういう時に茶化さないでよ! ったく、人がせっかく勇気を出して……」


 ぶつくさと文句を並べつつも、千鳥ちゃんの顔は穏やかだった。

 ずっと一人で溜め込んできたものを吐き出せてスッキリできたのかもしれない。

 それに、自分はもう一人じゃないって、頼れる友達がいるんだって、そう思ってくれたのかもしれない。

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