31 意外な救援
「カ、カルマ!? どうしてアンタがここに。アンタは確か、死んだはずじゃっ……」
「やっほーアゲハちゃんこの間振り〜! そうだよカルマちゃん死んじゃったけどねぇ、でもここにいるよぉ? ひゅーどろどろ〜。お化けかな? 怖い怖い?」
予想だにしていなかった人物の登場に、アゲハさんはただ言葉を失って唖然としていた。
対するカルマちゃんは幽霊のように手をぶらりと下げて、腰をくねくねさせている。
そう、カルマちゃんだった。それは確かにカルマちゃんだった。
縁取りの大きなツバの三角帽子。はためく黒いマントに、その内側はビキニのような際どいボンテージの露出過多な衣装。
中学生ほどの小柄な背丈に、けれど発育の良いグラマラスなボディー。
ふわふわと綿のように柔らかな茶髪をなびかせ、誰もついていけないハイテンションで一人楽しそうに笑っている。
紛れもなく、それはカルマちゃんというワルプルギスの魔女。
まくらちゃんの眠りから生まれた、もう一つの残虐な人格。
先日カノンさんと一緒に倒して、『真理の
「カルマ、ちゃん……? どうして……」
「そうだよカルマちゃんだよ? 会いたかった? みんな大好きラブリー魔女っ子カルマちゃん! お姫様のピンチに颯爽と登場しちゃったよーんっ!」
軋む体を奮い立たせて、私はなんとか立ち上がりながら戸惑いに満ちた言葉をかける。
カルマちゃんはくるっとこちらに振り返ると、以前と変わらぬ壊滅的なテンションでニッコリとピースしてきた。
何が何だか頭がついていかない。
どうして消えてしまったはずのカルマちゃんがここにいるのか。
カルマちゃんがこうして出てきているということは、じゃあまくらちゃんはまた眠らされてしまっているのかな。
そうしたらカノンさんは? もしかして、カルマちゃんに殺されてしまったなんてことは……。
最悪な想像を、頭を振ることで搔き消す。
そんなことあり得ない。カノンさんがカルマちゃんにやられてしまうなんて、そんなこと。
でも、だったらどうしてここにカルマちゃんがいるんだろう。
「カルマ! 何でアンタが生きてんのか知らないけど、今そんなことどーでも良いから! 私の邪魔、しないでくんない!?」
「いやーんごめんねアゲハちゃーん。今はカルマちゃん、正義の魔女っ子だからさぁ〜。お姫様を守るナイト様なわけ〜。あ、カルマちゃんは魔女なんだけどね?」
苛立ちを隠しきれず喚くアゲハさん。
地団駄を踏みそうな程に体を強張らせ、忌々しいとカルマちゃんを睨む。
対するカルマちゃんは呑気に陽気にマイペースにニコニコしている。
大仰に身振り手振りで話しては、体をくねくねさせている。
「何寝ぼけた事言ってんのよ! この間はアリスのこと殺そうとしてたくせに!」
「その時はその時、今は今! 今のカルマちゃんはニューカルマちゃん! あの時とは違うのだ! それに〜」
えっへんと胸を張って偉そうに声を上げるカルマちゃん。
そしてニタッと笑うと、どこか嬉しそうに言葉を続けた。
「カノンちゃんのお願いだもん。聞いてあげないとねぇ、一応」
「え……」
耳を疑うような言葉に、私が目を見開いたその時。
「アリス、カルマ! 伏せろ!!!」
背後から猛々しい怒声が飛んできて、私は反射的にすくみあがってしまった。
中途半端にしゃがみ込んだ私に、カルマちゃんが飛びかかってきて更に頭を落としてくる。
カルマちゃんが私に覆い被さった次の瞬間、私たちの頭上を何かが高速で駆け抜けた。
風を切ってまとい、衝撃と波動を保って何かが飛んでいく。
カルマちゃんに組み敷かれながらも隙間から見たそれは、木刀だった。
木刀が弾丸のように高速で飛来し、アゲハさんを撃ち抜かんと迫る。
アゲハさんはそれをウザったいとでもいうように、打ち払おうと鞭を振るった。
しかし鞭が木刀に触れた瞬間、けたたましい音を立てて爆発した。
視界を閃光が埋め尽くし、聴覚を爆音が支配する。
近距離での爆発の衝撃は、カルマちゃんが私に覆い被さった上で障壁を張ることで防いでくれた。
けれど凄まじい閃光に目は眩み、爆音に耳がキーンとなる。
「アリス、無事か!?」
炸裂した爆発にクラクラしていると、強くも優しさのこもった声が耳に届いた。
爆音の後に広がった静寂の中、その聞き覚えのある声が私の心をじんわりと解した。
「カ、カノンさん……!」
顔を上げて振り返ると、そこにはよく見知った姿があった。
ボサボサな髪と、スカジャンとジャージにつっかけサンダル。
鋭い目つきと眉間に刻まれた不機嫌そうなシワ。
その強面の不良みたいな風体は、カノンさんに他ならなかった。
「アリス、無事か? 怪我はねぇか? ────おい、カルマ! いい加減アリスから退け!」
「えぇーん。せっかく合法的にくっついてるのにー? てかカルマちゃんがお姫様助けたんだから、もっと褒めてくれても良いと思うの〜。カノンちゃんの意地悪ぅー!」
「はいはい偉い偉い。ほらこれで満足だろ、さっさと退け」
「カノンちゃんきらーい! べぇー!」
カルマちゃんは私の上でわちゃわちゃと騒いで、不貞腐れながら退いた。
そんなカルマちゃんにカノンさんは溜息をついてから、ゆったりと優しい笑みで私に手を差し伸べてくれた。
私はポカンとしながらその手を取って、寄りかかるように立ち上がった。
「あ、あの……ありがとう。でも、私、何が何だか……」
「だよな。でも説明は後だ」
カノンさんは困ったような笑みを浮かべてから、すぐに顔を引き締めた。
聞きたいことは沢山あるけれど、確かに今はそれどころじゃない。
「うん────あ、千鳥ちゃんは……!」
「あぁ、アイツにはさっき治癒の魔法をかけといた。もう立てるとは思うぞ」
カノンさんがニカッと笑みを浮かべて言った。
私が慌てて千鳥ちゃんが倒れていた方に目を向けると、よろよろとした足取りで歩いてくるその姿が見えた。
「千鳥ちゃん!」
「うるっさい、頭に響く。ちゃんと生きてるから静かにしなさいよ」
駆け寄ると千鳥ちゃんはうざったそうに悪態をつきながら、けれど伸ばした私の手に少し寄りかかった。
さっきは頭をもたげるだけでもやっとだったのに、大分回復したようだった。
千鳥ちゃんの無事に安堵していると、カルマちゃんが突然けたたましい声を上げた。
「はーいほんわかタイムしゅーりょー! バトル再開の時間だよー!」
その声に、私たちは一斉にさっき爆発が起きた方へ目を向けた。
もくもくと漂っていた爆煙が晴れた先には、無傷で綺麗な姿のアゲハさんがイライラと佇んでいた。
今までよりも怒りと殺気をみなぎらせ、それが転臨による禍々しい気配と混じり合って
大きく広がる蝶の羽は蒼く淡く煌めいて、闇に浮かぶ一輪の花のよう。
惜しむことなく晒された玉のような肌と、柔らかで滑らかな肢体は、まるで美術館の彫像のように完成されている。
今までよりも、その美しさ、完成度が際立って見えた。
一つの傷もなく、穢れもなく、ただ美しくそこにある。
しかし彼女が抱くもの怒りと苛立ち。そしてまとうのは
何故だか、アゲハさんが醜く怒り、醜悪な感情を露わにすればするほど、彼女の美しさが際立っていくように思えた。
アゲハさん自身の磨き上げられた美貌と、彼女がまとう異形の姿。
そのどちらも、どんどんと
それが、とても恐ろしく見えた。
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