33 その中に眠るもの
「ごめんね。アリスちゃんが望むような話はしてあげられなかったみたいだ」
二人の話を聞いて自分の愚かさから俯いてしまっていた私に、レイくんは優しく言った。
私は慌てて首を横に振った。
勝手に勘違いして望みを持った私がいけないんだから。
「あらあらお労しい。姫様、わたくしが付いておりますよ」
クロアさんはそう言うと、私をぐいと引き寄せて抱きしめた。
咄嗟のことに紅茶をこぼしそうになって、慌てて手先のバランスを取る。
上体は完全に抱き込められて、細い腕と柔らかい胸の間で包まれた。
「何があろうとも、わたくしたちは姫様の味方でございますよ。いつでも何なりとお便りくださいな」
「あ、ありがとうございます……」
全てを包み込んで蕩かしてしまうほどの包容力に、何もかもを預けてしまいそうになる。
けれど今の私には甘えている時間なんてない。
私がやんわりと離れようとすると、クロアさんは少し寂しげな顔をして腕を緩めた。
「教えてくれてありがとう。私の望むものとは違ったけれど、でも聞いておいてよかったよ」
「少しでも君のためになれたのなら僕たちは本望さ」
二人に向かって丁寧にお礼を言うと、レイくんは爽やかに微笑んだ。
クロアさんも同意するようにコクリコクリと頷いている。
「でも、レイくんたちはどうしてそこまで『魔女ウィルス』のことを知っているの? 前私が魔法使いに聞いた時は、未だにわからないことが多いって……」
「それは僕たちが魔女で、そして姫君を信奉せし者だからね。確かに一般的には『魔女ウィルス』の実態は不明な点の方が多いけれど、それは魔法使いの事情に他ならない。僕らワルプルギスはその在り方ゆえに『魔女ウィルス』がなんたるかを知っている」
レイくんの瞳がキラリと煌めいた気がした。
その目は私に何かを仄めかしているようで、けれど多くを語るつもりはないように見えた。
「……じゃあ、『魔女ウィルス』を全て消し去る方法とかも、知っていたりするの?」
「残念ながらそんな方法は知らないなぁ。そしてそんなことができるのかもね。まぁアリスちゃんがその力の全てを解放することができれば或は、ってとこじゃないかな」
レイくんが嘘を言っているようには見えなかった。
死を回避する方法がないのなら、死に至る前に『魔女ウィルス』を根絶できればと思ったけれど、それもまた現実的ではないみたいだった。
「てかさー、アリスはそもそも何でこんなとこまでそんな話聞きに来たわけ?」
今までずっとベッドで寝転んでいたアゲハさんが、こっちに顔を向けてそんな問いを投げてきた。
こっちに向きに寝転んで頬杖をついて、ジトっとした視線を向けてきている。
「そ、それは……」
「だってさ、全部それアリスには関係ないことじゃん」
「……え?」
口ごもる私にアゲハさんは間髪入れずに言った。
「『魔女ウィルス』の侵食も、それによる死も、その先の転臨も。全部アリスには関係のないことじゃん。だってアリスの中には────────」
その先の言葉を聞き取ることができなかった。
確かにアゲハさんは何かを話していて、私に向けてはっきりと言葉を向けている。
そのニヤリとした笑みも、少し声を落とした重めの声もよくわかるのに、その言葉を認識することができなかった。
「こらアゲハ。今アリスちゃんにはそんなこと言ってもわからないよ。今はまだ制限がかかってるからね」
「あ、そっか。ごめんごめーん」
レイくんの指摘を受けてアゲハさんはペロリと舌を出した。
けれどその視線は鋭くて、浮かべた笑みも不敵だった。
今のが制限によって理解を阻害されるってことだったのかな。
何を聞かされても、私の記憶や力に関する事柄を私は理解することができない。
アゲハさんは、一体何を言ったんだろう。
「……もし私自身に関係なくても、私の友達にはそうじゃないから。私は、『魔女ウィルス』で苦しむ人を見たくないんです。特に、友達は」
「友達ねぇ」
アゲハさんはそれに対して何か言いだけだったけれど、飲み込んだみたいだった。
少しもごもごとしてから、口を開いた。
「ま、霰なら大丈夫っしょ。それでも心配なら、さっさと力取り戻すことだねー。アンタの力が全部使えれば、何とかなるんじゃない?」
「アゲハさん。あまり無責任なことを言うものではありませんよ」
少し投げやり気味に言い放ったアゲハさんをクロアさんが窘めた。
アゲハさんはへーへーと空返事をしてベッドに仰向けに転がった。
バスローブはもう殆どその役目を果たしてはいない。
「……私、もう帰ります。色々教えてくれて、ありがとうございました」
私は立ち上がって三人に向けてぺこりと頭を下げた。
もうこれ以上ここにいても、私の知りたいことは聞けそうにない。
『魔女ウィルス』に関するもっと詳しいことや、ワルプルギスのことは聞けるかもしれないけれど、それは今じゃない。
「あらあら、もう行ってしまわれるのですか? 寂しゅうございます。本日はここでお眠りになっていかれればよろしいのに。わたくしが
「まぁまぁクロア。アリスちゃんにはアリスちゃんの生活があるからね。それに、アリスちゃんは花の女子高生だから、本来こんな所にいちゃダメなのさ」
心底寂しそうに弱い声を上げるクロアさんをレイくんがなだめた。
そして、それをアンタが言うかというアゲハさんの突っ込みは無視していた。
「さて、送っていくよアリスちゃん。ここを出るのも一苦労だろうし、夜道は危ないからね」
サッと立ち上がって優しい笑みを浮かべるレイくんに、私は黙って頷いた。
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