23 意外な繋がり
しばらくそうやって身を寄せ合って、お互いの存在を確かめ合った。
ずっとずっとそうしていたかったけれど、でもそういうわけにもいかなくて。
もう寝ようかと晴香が言って、私は言われたままに頷いた。
部屋の電気を消して、シングルベッドに二人並んで寝転び直す。
羽毛布団をがばりと被って二人で丸まった。
暗くなった部屋の中で、さっきよりも近いところに晴香の顔があった。
しばらくすると目が暗さに慣れて、こちらの方を優しい眼差しで見ている晴香と目が合った。
一つの枕に二人で頭を預けて、至近距離で向かい合う。
鼻と鼻がくっつきそうで、お互いの吐息がかかる距離。
暗闇の中のぼんやりとした視界の中で、しばらくそうやって見つめ合っていた。
腕を晴香の腰に回してみれば、晴香もまた同じように私の腰に腕を回す。
脚と脚を絡めて、全身でお互いを感じた。
「ねぇ。ちゅー、しよっか」
「……え、は!?」
ほくそ笑んで囁くように言った晴香の言葉に、私は動揺して変な声を出してしまった。
戸惑う私を見て晴香は意地悪く笑う。
暗闇の中で身体を絡め合いながら、吐息混じりに囁く晴香の言葉は妙に色っぽくて、顔が熱くなったのを感じた。
「顔赤くしちゃって。アリスはウブだなぁ」
「暗くて顔色なんか見えないでしょ! そういう晴香はキ、キスに慣れてるっていうの!?」
私が慌てて言い返すと、晴香はキョトンとした顔で答えた。
「したことはないけど……アリスだったら私の初めてあげてもいいよ?」
「な、何言ってんの。ばかっ」
「いいじゃんしてみようよ。女同士はノーカンだよ」
「えー」
えー、とは言ったものの特別嫌なわけじゃないけれど。
でもいざしてみましょうと言われてできるものじゃないし、何より恥ずかしい。
相手が晴香だって、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「ほら。ちょっとちゅってするだけ」
なぜ急にそんなに乗り気なのか。
晴香は目を瞑って唇を差し出してきた。
暗いからなのか、それとも同じ布団の中でくるまっているからなのか。
その晴香の表情や仕草が妙に魅力的に見えて、その唇に意識が集中してしまった。
今まで晴香とキスしたいとか、そういったことなんて考えたことなかったけれど。
今は、その唇に自分の唇を重ねたら一体どんな気分なんだろうって想像してしまっている自分がいた。
一回くらいなら、ちょっとくらいならいいかもしれない。
晴香だってそう言ってるし、待っている。
ちょっとだけ。ちょっとちゅって、するだけ────
「やっぱり、こういうことは大切な人のためにとっておいた方がいいよ」
あと少し。あと一瞬あれば触れ合っていたというその隙間に、晴香の人差し指が私の唇を押さえた。
その声と感触で私は我に返って、私は目を見開いた。
目の前にはにこっとしている晴香がいた。
「私は、これで我慢しておく」
そう言うと私が反応する間もなく晴香は顔を突き出してきて、私のおでこにそっと優しいキスをした。
晴香の潤いのあるぷるっとした唇が、ソフトにピタッとおでこに触れた。
その感触がたまらなく柔らかくて、私は一瞬フリーズしてしまった。
「か、からかったな!」
「大切な人のためにとっておきなよ」
我に返った私が文句を言うと、晴香は人差し指で私の唇をトンと叩いてまた言った。
「────そうだアリス。氷室さんなんだけどさ」
「何で今氷室さんの名前が……」
今のキスの話の流れで、また私が氷室さんのことを気にしていることをからかいにきたのかと思って、不貞腐れた答えをしようとしたところで、気付いた。
晴香が五年前から魔女で、善子さんのことも魔女だと知っていた。つまり……。
「晴香は、氷室さんが魔女ってことも、知ってるんだよね」
「……うん。そうだね」
晴香はなんだか含むような頷き方をした。
私がそのリアクションに疑問を抱いていると、晴香は続けた。
「氷室さんのことはずっと知ってたよ。高校に入学した時から、私たちは一緒にアリスを守るために協力してたの」
「え……?」
「まぁ協力って言っても特別なことは何もしてないよ。お互いに秘密を守り合って、必要があれば情報を共有したりする時もあったってくらい。私はアリスに魔女であることとか諸々の話は全くできなかったし、氷室さんも自分がアリスのことを気にかけていること、知られたくなかったみたいだったから」
まさか晴香と氷室さんが以前から繋がっていたなんて。
氷室さんはおくびにも出さなかった。
ずっとお互いのことを知っていて、でも絶対に言わないようにしてきていたんだ。
「別に全然仲良しとかじゃないよ? 正直あんまり話さなかったし、身近にいる魔女として、何かあったら助け合おう程度の関係だったの」
晴香は慌てて言い訳をするように付け足した。
別に私は、晴香が氷室さんと仲良しでもなんとも思わないのに。
寧ろ晴香には氷室さんと仲良くしてもらえた方が嬉しい。
「二年生で同じクラスになって、アリスが氷室さんに興味を持つようになって。ちょっと驚いたけど、でもそうなるよなぁとも思って」
「…………?」
「ううん、何でもない。ここ数日アリスが氷室さんとずっと一緒にいて、何してるのかも私は全部知ってたよ。私はずっとアリスに自分のことを打ち明けられなかったから、氷室さんに任せるしかなかった」
晴香はぎゅっと私に身を寄せてきた。
少し潜り込んで来て私の胸に顔を埋める。
何だかよくわからなかったけれど、私は晴香の頭を優しく抱きしめた。
「私は魔女になって、でも記憶と力を封印されたアリスは魔法から遠ざけなきゃいけなかったら、アリスにその話ができないのはもちろん、アリスの前では魔法は使わなかった。向こうの世界から迎えがやって来て、アリスが魔法に関わって、自分のことを知った後も、私はこの時が来るまで自分のことをアリスには話せなかった」
「どうして?」
「怖かったの。ずっと黙っていたことを打ち明けるのが。それにアリスの重荷になりたくなくて。だから氷室さんに任せてた。氷室さんは私なんかよりもよっぽど強い魔女だし、それに……」
晴香はそこで言葉を詰まらせた。
心配になって顔を覗き込むと、晴香は顔を上げて困り顔で笑った。
「ううん。結局このタイミングで私の限界が来ちゃって、こうして打ち明けざるを得なくなっちゃった。まぁいつかは話さなきゃいけないことだったけどさ」
「もっと早く話してくれていれば、もっともっと晴香との時間、大切にできたのに」
「そうやって思ってくれるから、言えなかったの。言ったでしょ? 重荷になりたくなかったの」
もっと前から聞いていれば、私はきっとずっと晴香のそばにいてそれ以外のことはしようとしなかった。
そしてきっと今よりもずっと落ち込んで深く考え込んで、ズルズルと重い気持ちを引きずっていたに違いない。
そんなところまで、晴香は気にしていたんだ。
本当は自分こそが私を助けたいと思っていたに違いたいのに。
自分が背負っているものを、私に打ち明けたかっただろうに。
そんな気持ちを全部押し殺していたんだ。それはなんとも、晴香らしい。
「……でも大丈夫。氷室さんがいれば。氷室さんはずっとずっとアリスのことを気にかけて来たんだから。何があってもアリスを守ってくれるよ」
「うん。そうだね……」
もう何度も助けてもらった。支えてもらった。寄り添ってもらった。
でも晴香にも側にいてほしい。そんな言葉をぐっとこらえた。
「…………」
「晴香……?」
急に黙ってしまった晴香の頭を心配して撫でる。
晴香は少し不安そうな顔で私を見上げた。
「アリスは、氷室さんのこと……信頼、してるよね?」
「え? う、うん」
「……そっか。そうだよね。なら、いいんだ」
一瞬だけ難しい顔をしてから、晴香はニコッと笑った。
一体どうしたのかと聞きたかったけれど、晴香のその笑顔はそれ以上聞かないでほしいと言っているようで、私は何も言えなかった。
それからポツリポツリと少し喋った。
明日も学校だからもう寝ないとと晴香に促されて、私たちは手を繋いで眠ることにした。
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