64 ドルミーレ

 以前出会った『お姫様』とは受ける印象が全く違った。

『お姫様』は白いワンピースを着て、その雰囲気も話し方もどこか幼く子供っぽさを感じた。

 でも今目の前にいる『私』は正反対だ。黒いワンピースドレスに大人っぽい雰囲気に艶っぽい声。

 見た目は全て私と同じなのに、どうしてここまで違いが出るんだろう。


「いつまでもそんなところに突っ立っていないでお掛けなさい。せっかくのお茶が冷めてしまうわ」


 呆然とその光景を見つめている私に『黒い私』は優雅に言った。

 どこか良いところのお嬢様のような品のある佇まいだ。

 私の姿でそんな仕草をされると何だかむず痒い。


 取り敢えず言われるがままに、『黒い私』に向かい合うように椅子に座る。何だかとても居心地が悪い。

『お姫様』と会った時はもう少し気楽な感じで、『お姫様』本人もとても親しみやすかったのに。

 この『黒い私』の雰囲気というか品位というか、そういったものからは圧力に似た何かを感じる。


 私が椅子に座ると、テーブルに置かれていたティーポットが一人でに浮かび上がった。

 それに合わせるようにどこからともなくティーカップとソーサーがふわふわとやって来て、私の目の前にカシャンと構えた。

 ティーポットはまるで人が持ってそうしているかのような自然な動作で、一人でにティーカップに紅茶を注いだ。

 少し渋めの紅茶の葉の香りがツンと鼻を刺激した。


 どうせなら砂糖とミルクが欲しいなと思ったけれど、それはやってこなかった。

 そういえば『お姫様』の時は甘い紅茶を手ずから淹れてくれたなぁ。あれはきっと彼女の好みだ。

 多分この『黒い私』はこの渋そうな紅茶をストレートで飲むのがお好みなんだろう。


「あ、あの────」

「まずは一口飲みなさい」

「え?」

「まずは紅茶を飲みなさい。冷めてしまう」


 何も語らず静かにカップを傾けている『黒い私』に対して恐る恐る口を開いたら窘められてしまった。

 無言のまま真っ直ぐに私を見つめて、お茶を飲むことを促す『黒い私』。

 私は仕方なくカップに口をつけた。舌に吸い付くような苦味と渋みに思わず顔をしかめそうになる。

 やっぱり砂糖とミルクが欲しいなぁ。


 そんな私を微笑ましく眺めてから、『黒い私』はふぅと息を吐いてカップを置いた。

 その様子を見て多分話していいんだと理解して、私もそれに倣う。


「あの、あなたは何者ですか?」

「何者だと思う?」

「えっと……もう一人の私……私の一部、とか?」


 それは『お姫様』のポジションだ。

 けれどここが私の心の中で、そしてその中で私と瓜二つの見た目をしているのだから、そうとしか答えられなかった。

 『黒い私』は子供の至らない答えを聞くように微笑んだ。


「正解でもあり不正解でもあるわね」

「あなたは私の『お姫様』と関係があるんですか?」

「ええ、あるわね。あなたたちの言葉を借りるのなら」


 あっさりとさりげなく肯定した。


「じゃああの子は……私の『お姫様』の部分のあの子はどこに……?」

「いるわよちゃんと。ここに。私の中に」


 ゆったりと優雅に、けれどどこか不敵な雰囲気で笑う『黒い私』。

『お姫様』が『黒い私』の中にいるって、どういうこと?


「……あなたは、何者なんですか?」

「私は私。あなたは私よ」

「……あの、もう少しわかりやすく言ってもらえると……」

「そうねぇ。強いて言うのなら、私はあなたの中の魔女、と言うべきかしら」

「え……」


 私の中の魔女って。そんなものまで私にはあるの?

『お姫様』はまだ、私から切り離されていたから別個として存在しているのがわからなくはないけれど。

 魔女がどうして一つの存在として成り立っているんだろう。


「私はあなたの心の奥底に眠っている魔女。あなたも、そしてあなたたちが『お姫様』と呼ぶ彼女も、突き詰めらば全部私」

「わ、私は私です……!」

「そうね。そうだったわ」


 慌てて口を挟むと『魔女の私』は優しく微笑んだ。


「あなたも、私の一つの一面ってことですか?」

「まぁそういう解釈でも駄目とは言わないけれど」


 いまいち要領を得ない。『魔女の私』は私が魔女になってしまったことによって生まれた私の一面ということなのかな。

 でもそうするとどうして、『魔女の私』の中に『お姫様』がいるのかわからないし……。


 考えても答えは出ない。仕方ないから私は質問を変えた。


「私をここに呼んだのはあなた?」

「ええもちろん」


 またもやあっさりと肯定する『魔女の私』。


「私も用があったし、お困りのようだったから」

「私、力が必要なんです。戦うための、守るための力が。そのためにはお姫様の力が必要で……」

「お姫様の力、ね……」


『魔女の私』は嘆息混じりに言葉を溢した。

 伏し目で静かに、カップに満たされる紅茶の水面を眺める。


「あなたは、あなたたちがそう呼ぶ力が何なのか、どこから来るものなのか知っている?」

「えっと……それは……」

「……でしょうね。まぁ、それはいいわ」


『魔女の私』は特に気にしていないという風に私を真っ直ぐに見つめた。

 どこか大人びて見えるもう一人の私の雰囲気に少し気圧される。


「力を貸してあげましょう。他でもない私が。あなたに死なれてしまっては面白くないし、悪戯が過ぎるあの子たちにはお仕置きが必要でしょう」


 静かに、けれどどこか重々しく言葉が響く。

 この人は、本当に私の一部なの?


『お姫様』はあれでもどこか親近感というか、妹を見るような気分で接することができた。

 でもこの『魔女の私』にはまるで親しみを覚えることができない。苦手な親戚のお姉さんと二人きりになってしまったような居心地の悪さだ。


「あの、あなたは何者なんですか?」


 激しい違和感に、私は三回目の同じ問いかけをした。

 そこで『魔女の私』は嬉しそうに微笑んだ。何だか手のひらの上で転がされているような気分だ。



 それは一番最初に聞いた。意味はわからない。

 けれど、そこには私が気付かないといけない何かが────


「私はあなたの中に眠る魔女。私の名は、ドルミーレ」

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