14 恋敵?

「まー、別に私の妹の話はどうでもいいんだよー。探してるって言ってもついでだしさ。それよかさ、恋の話でもしよーよ! ガールズトークってやつ!」


 身を乗り出すようにて、興味津々で私たちにキラキラとした目を向けてくるアゲハさん。

 胸元が開放的なせいで、身を乗り出されるとどうしてもくっきりとした谷間が強調されて目がいってしまう。

 本人は特に気にしている様子はないけれど、見ているこっちはドギマギしてしまう。


「アリスは好きな人とか、彼氏とかいないの?」

「い、いませんよそんなの……!」

「えーなんだつまんないなぁ。あ、でもそっか。アリスには霰がいるもんね。それは男いらないわなぁ」

「な────」


 アゲハさんの意味ありげな視線に反応したのはまさかの氷室さんだった。

 ニヤニヤというかどこか見守るような表情を向けられて、氷室さんはハッと目を開いた。


「私たちは、別にそういう関係じゃ……」

「えーでも結構いい雰囲気だったと思うけどねぇ。私はそういうのいいと思うよ。応援する応援する!」

「だから違う……」


 ガンガン系のアゲハさんの勢いのある言葉は、氷室さんでは制止しきれていなかった。

 確かにこの二人は正反対の性格そうだし。


「違いますよアゲハさん。私たちただの友達です。アゲハさんが思っているような関係じゃありませんよ」

「ふーん。側から見てるとそうも思えないけどねー。二人とも仲良しじゃん」

「仲良しなのとそれは関係ないですよ。すぐそういう風に見るのやめてください」

「何でも恋愛に絡めて考えるのが恋愛脳ってやつでしょ?」


 ニッと笑ってそういうアゲハさんだけれど、その言葉はそういう使い方で良いのかな。

 少なくとも自分からドヤ顔で言う言葉ではない気がする。


 氷室さんはすっかりアゲハさんに対して、別の警戒モードに入ってしまっていた。

 ワルプルギスの魔女に対するものといよりは、苦手な女子に対する警戒だった。


「でも実際問題、霰がいれば今は男いらないんじゃない? アリス的にはさ」

「べ、別に氷室さんどうこうは関係ないですけれど……まぁ特別欲しいとは思ってないですよ」

「ほらほら兆候はっけーん。新たな恋の予感だね!」

「あーもー茶化さないでくださいよ!」


 私たちをからかって楽しんでいるアゲハさんに非難の目を向ける。

 とりあえず氷室さんと腕を組んで身を寄せて、アゲハさんに対して抵抗の意思を示した。

 二対一だからこっちの方が分があるはず。


「ごめんって。ほらそんな拗ねないでよー」

「意地悪する人は嫌いですー。ね、氷室さん!」

「え、えぇ……」


 ぎゅっと身を寄せて言う私に、氷室さんは少し戸惑いながも頷いた。

 そんな私たちを見てアゲハさんは苦笑した。


「わかったわかった。もう言わないから解散解散」


 降参ですというように手をあげるアゲハさんに、私は渋々氷室さんから少し離れた。

 でも氷室さんがどこかもの寂しそうに腕を引いたから、取り敢えず腕を組んだままにしておいた。


「まぁでも、こんな仲良しならあのレイでも入り込むのは難しそうだねぇ」

「今その名前を出しますか……」


 レイくんには散々歯の浮くようなことを言われたなぁ。

 それでも決まってしまうあの綺麗な顔の作りは本当にずるいと思う。

 どんなに臭いセリフも、レイくんが言えばなんでも完璧な口説き文句に仕上がってしまう。


「アイツけっこう悔しがってたよ。他人に『寵愛』取られたってさ。アイツあんなやつだから、女の子に振られることなんてないんだよ」


 ざまあみろとでも言う風に、楽しそうに笑って氷室さんを見るアゲハさん。


「レイくんはいつもあんなことばっかりしてるんですか?」

「まぁ概ね? でも別にアンタに対して軽い気持ちってわけではないと思うけどね。アイツはアイツで、一応ちゃんと誠意を持って接するタイプだよ。レイのことは正直気に食わないけど、そこは確かだよ」

「花園さんは、ダメ……」


 どこか恨みがましくジト目で氷室さんは言った。少し腕に力が入った気がする。

 それはお姫様を守っているというよりは、とても個人的なものに感じた。


「わかってるよ、私はね。でもレイはあれで結構執心するタイプだからね。最後はゲットする気満々だよ。アリスが大事ならしっかり捕まえておかないとね」


 人の恋路を面白おかしく噂話する女子のようにアゲハさんは気軽にそう言って、氷室さんは無言で頷いた。

 なんだか私を置いてけぼりにして話が進んでいうる気がする。


「いいねーアリス。モテモテだ。ま、私はレイなんかに口説かれても嬉しくないけどさ」

「そうやって意地悪ばっかり言ってると、お喋りしてあげませんからね」

「あはは。わかったよー」


 悪びれなんてなく笑って流すアゲハんさん。

 ホント、気が良いというか調子が良いと言うか。

 別に話していて嫌なわけじゃないけれど、年上のお姉さんとしては些か信用にかける気がする。


 というかこの人は、本当にただお喋りをするためだけに声をかけてきたんだな。

 それ以外の意図が全く感じられないもん。ただのお喋り好きというか、人懐っこいというか。

 本当に調子が良いなこの人は。


「さてと、私はそろそろ行こうかな。あんまりぷらぷらしてると二人がうるさいからさぁ」

「まぁアゲハさんは怒られポジションそうですもんね」

「言うなぁアリスは。ま、良いんだけどね。怒りたいやつには怒らせとけば良いんだよー」


 その原因を作っているのは自分だろうに、とても人ごとのように言うアゲハさん。

 立ち上がると大きく伸びをして、にこやかに私たちを見下ろした。


「一応教えといてあげるけど、私たちワルプルギスは一枚岩じゃないからさ」

「え?」


 唐突にそんなことを言い出しされて、私は思わずそんな間抜けな声を出してしまった。

 今さっきまでの意味の全くないお喋りの時間が吹っ飛んでしまうほどに、それは本当に唐突だった。


「ワルプルギスのメインの活動は、お姫様が本来の力に目覚めたときのために、それに相応しい世界を整えること。そしてお姫様を見守るっていうのが今のリーダーの方針。けど中には過激なやつもいんのよ。積極的にアンタにちょっかい出そうって輩もさ」

「えっと、それはそっちの方で統制取ってないんですか……?」

「表面上は統率してるけどさ、ワルプルギスは向こうの世界では結構人数も増えてきて、目は行き届かなくなってきてる。レジスタンスという大義名分で好き勝手やってるやつも少なくないのよ」


 それはなんだか意外だった。ホワイトはその思想は偏っていたけれど、それでも正義を掲げる人だったはず。そんな勝手を許すような人には見えなかった。


「リーダーはワルプルギス本来の目的が第一だから、それ以外のことにはあんまり目を向けてないの。最終的に目的に到達できれば良いってさ。まぁそれでも、お姫様にちょっかい出そうとするやつらを放置するのはどうかと思うけど」

「ちょっかいって、具体的にどんな……」

「まぁ場合によって殺しにかかってくるかもね。強引に力を引き出させようとしてさ」

「そんな……!」


 ただでさえ魔女狩りに最優先で狙われているのに、挙句に同類の魔女にも狙われたんじゃたまったもんじゃない。


「多分リーダーは、そんな奴らにアンタが殺されることはないって踏んでるんだろうけどさ。私たちがこっちにいるのも、そんな過激な連中を見張る意味合いもあるわけ」

「勘弁してくださいよ。私は平和に生きたいのに」

「まぁ、私はその考えに賛成の部分もあるけどね」


 そう言ってアゲハさんは不敵に微笑んだ。それは、私を試すような鋭い目つき。

 大人びたその顔から向けられる鋭い瞳は、私を品定めするようでもあった。


「焦れったいのは好みじゃないの。早く決着するならそっちの方がいいしね。もしかしたら私がちょっかいかけちゃうかも」

「ちょ、ちょっと……やめてくださいよ」


 アゲハさんはそっと手を伸ばして私の頰に触れた。

 優しい手つきでふわりと撫でて、愉快そうに微笑む。


「だから、精々気をつけなよ。いつ誰がアンタを狙いにくるかなんてわからないんだからね」


 そう言い残して、アゲハさんはにこやかに手を振って行ってしまった。

 言いたいことを言って、したいことをして、本当に気ままに。

 搔き回すだけ掻き回して、最後はあっさりと。


 束の間の平和も私には許されないのかなぁ。

 ちょっぴり不安になって組んでいた腕に力を入れると、氷室さんも同じように力を込めて身を寄せてくれた。

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