15 ずっと一緒

 アゲハさんが行ってしまってからもう少しだけ私たちはウィンドーショッピングをして、外に出た頃にはもうすっかり暗くなっていた。

 冬は日が落ちるのが早いから、そんなに遅い時間ではないけれど気分はすっかり夜だった。


 クリスマスシーズンだから、賑やかなこの駅前はイルミネーションや飾りが色々とあって、暗くなってからが本番とでもいう風に人は少し多くなっていた。

 手を繋いで歩くカップルや家族連れが多い。確かにそういう人たちが集まる場所ではあるけれど。


 色んなところを見て回ったけれど、ほとんど買い物をしなかった私たちはお互いに手ぶらだった。

 けれど結局ずっと手を繋いで歩いていたから、むしろ手荷物ができなくてよかったかもしれない。


「なんだか今日はバタバタしちゃったね。せっかく氷室さんと二人でゆっくりできると思ったんだけど」


 夜子さんやアゲハさんの乱入で、正直のんびりとはいかなかった。

 難しいことや込み入ったことは忘れて、今日は氷室さんと楽しく過ごしたかったんだけど。

 でも氷室さんは首を横に振った。


「私は……楽しかった。花園さんと、こうして一緒にいられて」

「ありがと。氷室さんは優しいね。私も楽しかったよ。でも、できればもう少し色んなこと忘れて遊びたかったなーって」

「私は……その……」


 少し落ち込み気味な私に、氷室さんは何かを伝えようと口をパクパクさせた。

 繋いだ手にきゅっと力を入れて、少しだけ低い目線から私を弱々しく見上げる。


「私は、花園さんといられれば、それで……十分。何があっても、気にしない」


 言葉を選びながらも必死にその気持ちを伝えようとしてくれいる姿が、なんだか健気で可愛らしかった。

 私を励まそうと、慰めようとしてくれている。そしてその言葉は嘘偽りないんだって伝わってくる。


「だって……その、友達だから。一緒にいられるだけで、私は嬉しい」

「氷室さん……」


 思わずぎゅっと抱きしめてしまった。この健気な女の子を抱きしめずにはいられなかった。

 口数が少なくて口下手な氷室さんが、必死にその気持ちを伝えてくれている。

 頼ってばかりの私を友達だって、一緒にいたいって言ってくれる。


 私たちが過ごした時間はまだまだ短いけれど、でもこの気持ちに時間は関係ない。

 大事な友達だって、守りたい友達だって、私の心の中にも確かにある気持ち。

 氷室さんも同じように思ってくれているのがとっても嬉しかった。


 だからこそ私は、氷室さんと一緒に平和な時間を過ごしたいと思う。

 一緒に戦って私を守ろうとしてくれる氷室さんだからこそ、それ以外の時は平和で穏やかな時間を過ごしたい。

 私が守りたい穏やかな日常を、氷室さんとも過ごしたい。


「花園さん……その……」

「あ、ごめん。つい」


 急に抱きしめたことに戸惑う声を上げる氷室さん。その声で我に返った私は慌てて手を放した。

 私から解放された氷室さんは、少し恥ずかしそうにマフラーに顔を埋める。

 普段こういうコミュニケーションを取るのに慣れていないんだろうな。

 まぁ慣れていたとしても、いきなり抱きしめられたびっくりするよね。


「私、氷室さんともっといっぱい楽しいことしたい。こうやっていっぱい遊んだり、一緒にゆっくり本を読んだりさ。でも今の私の状況だとそれも中々難しくて。でも私、いつかきっとそんな平和な日々を過ごせるように頑張るから。だから氷室さん。これからも私と一緒にいてくれる?」


 右も左も分からない。私が目指すものがどこに行けば手に入るのか。そのためにどうすればいいのかもまだわからない。

 それでも夢見る未来だけは明確に決まってる。私はそれに向かってがむしゃらに進んで行くしかないんだ。


 氷室さんは私を真っ直ぐに見つめる。サラサラとした黒髪でちょっぴりその顔を隠しながらも、そのスカイブルーの瞳はしっかりと私に向けられていた。

 まだ言葉を交わして数日の友達。けれど私を命がけで守ってくれる友達。過ごした時間は短くても、私たちの心は確かに通じている。

 頼ってばっかりの私を、それでも信じてついてきてくれる、掛け替えの無い大好きな友達。


「私は、いつだって花園さんと、一緒。頼まれたって、私はあなたの手を放さない、から……」


 寒そうに白い息をこぼしながら、それでも温かく緩やかな笑みを浮かべて氷室さんはそう言った。

 それは私にむけられた言葉でもあり、自分自身に確かめるような言葉でもあった。

 何があっても一緒だって。私たちはずっと一緒だって。


 いつ雪が降ってもおかしくない冬の夜。

 澄んだ空気は、涼しげなイメージの氷室さんにはよく似合っている。けれど本人は寒いのが苦手だから、そういう意味ではミスマッチかもしれない。

 それでも氷室さんはそんなこと意に介さずに、私にまっすぐ向き合ってくれた。私の気持ちに寄り添ってくれた。そして同じように一緒に居たいと言ってくれた。


 それがとにかく嬉しくて、私は表情が崩れるのを抑えきれなかった。

 あぁ、きっと私、大分間抜けな表情しているんだろうなぁ。嬉しすぎて顔がとろけてるのが自分でもわかる。


「少し、歩こっか」


 この気持ちをどう言葉にすればいいのかわからなくて、その代わりに私はそう言った。

 でもきっと私の気持ちは伝わっていて。氷室さんは何も言わずに頷いて、私が差し出した手を取った。


 寒さで冷えた手が、お互いの体温でじんわりと温まる。

 確かにここにこうして一緒にいるんだって、このほのかな温かさが教えてくれている気がした。

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