53 姫君を崇める者
「アリスちゃんはもう使っているからわかるはずだよ。君には配下の魔女と繋がる力がある。それこそが姫君の力の一端だからね。『庇護と奉仕』。これは魔法使いが知らない力でもある」
『奉仕』の方には聞き覚えがあった。それに繋がる力、というところにも。
あの夢のような森の中で出会った彼女。もう一人の私、私の中で眠る『お姫様』。
彼女は確か言っていた。私が使える力の中に、『奉仕』の力があるって。
「アリスちゃん。君はね、君自身が信頼している魔女と心を交わし、繋がることができるんだよ。そうして姫君に遣える魔女は、姫君より『庇護』を賜りその力を増し、そして自らの力を『奉仕』として姫君に献上する。それが君の力の一つさ」
レイくんはニンマリとした笑みを浮かべて、氷室さんと善子さんを見た。
「言われてみれば心当たりがあるんじゃない? 魔法が使えない君に、魔法が使えた時があるはずだよ」
「あ……」
さっきD7と戦っていた時、私はさも当然のように魔法を使っていた。
魔法が使えたのは彼女の力のおかげだと思っていたけれど、あの魔法そのものはお姫様の力じゃなかったってこと?
「じゃあ、氷室さんも善子さんも、その……私と繋がってるってこと?」
「そういうことになるね。君が二人を心から信頼しているのは明らかだ。君たちは姫君の力の元繋がって、『庇護と奉仕』の力が巡っている」
それ自体はなんだか嬉しかった。
私が心から信頼している大切な友達と繋がっている。それ自体はこそばゆくも嬉しいこと。
配下って言われた方はなんだか嫌だけれど、それでも私たちが繋がっていることで二人にもいい影響が与えられるのなら、それは喜ばしいことだから。
「君たちもわかっていたはずだよ。以前よりその力が増していることにね」
「…………」
レイくんの言葉に、氷室さんも善子さんも答えなかった。
でも二人の力がその『庇護』というもので増していても、魔法使いのD7には敵わなかった。
やっぱり魔法使いと魔女では、元々かなりの実力差があるということなのかもしれない。
「じゃあ、私に咲いたあの氷の華もその────」
そう私が口にした瞬間、氷室さんが握っていた私の袖をぐいっと引いた。
突然のことにびっくりした私は、思わず氷室さんの顔を見た。
そこには珍しく、焦りと苦々しさを噛み締めたような表情を隠しきれていない顔があった。
「……残念ながらそれは別物だよ。本当に残念だ。本当は僕こそが、その立場に収まりたかったのに」
溜息交じりに、どこか不機嫌そうに溢すレイくん。それもまた珍しい表情だった。
私は氷室さんの手を握って、その僅かな震えを感じながら尋ねる。
「どういうこと?」
「『庇護』にはもう一段階上があるんだよ。信頼ある魔女が姫君の中で特別になった時、そしてそれがお互いにとってそうであった時、それは『庇護』から『寵愛』へと昇華する。『寵愛』を賜った魔女との繋がりはより強固なものになり、賜る力はより強く、そして姫君に捧げる力も多くなる」
確かにあの氷の華は、私がお姫様の力を借りる前から私に寄り添っていてくれたもの。
お姫様を経由しなくてもその力は私に届いていた。
何よりあの華が咲いていた時の心の温もりは、確かにどこか特別なものを感じた。
氷室さんはいつも一緒にいてくれる。いつだってその力を貸してくれるんだっていう気がしていた。
「『庇護下』に入ることならいくらでもできる。けれど『寵愛』を賜ることができるのは一人だけだからね。はっきり言って悔しいよ。僕が、アリスちゃんにとっての特別になりたかった」
「そ、そんなこと言われても……」
でも、といことは、私にとって氷室さんは特別な存在……?
そう考えたら、なんだか顔が熱くなって気がした。今までそんなこと何にも考えたことがなかった。
確かに信頼しているしとっても大切な友達だけれど、まだまだ私たちはお互いのことを全く知らないし。
もちろん、氷室さんが私のことを特別に思ってくれているのはとても嬉しいんだけれど、なんだか急にそう言われると、どうしていいかわからなかった。
「まあいいんだよ。今はそれでいいよ。最後にアリスちゃんを射止めるのは僕だからね」
そう言うレイくんは、目を細めて氷室さんを見つめた。
対する氷室さんは私の手を強く握って、戻ったポーカーフェイスで強く見返している。
ほんの数秒の、冷戦のような視線の交差だった。
「さてと、そろそろ本題に話を戻さないとね」
「ホントだっつーの。いつまでくっちゃべってんだか」
「こらこらいけませんよ、レイさんにはレイさんのやり方があるのですから」
その時だった。レイくんの後ろから二人の女の人がやってきた。
薄暗い中でもよく目立つ、プラチナブロンドの髪に露出度の高い服装。真っ赤なレザージャケットを着た派手な女の人。
対照的に真っ黒なドレスに身を包んで、日は落ちているのに黒い日傘をさしている色白な女の人。
その二人は小言をこぼしながらレイくんの半歩後ろに立った。
「まったく君たちは。少しは大人しくできないのかい?」
「わたくしはしていましたとも。けれどアゲハさんが……」
「あーもークロアうっさい! だって焦れったいんだからしょうがないじゃん!」
溜息をつくレイくんと、ガヤガヤと騒ぐ二人。
何者かはわからないけれど、ただならぬ雰囲気だけはわかった。
「あの二人も魔女。気をつけて」
「じゃあ、あの人たちもワルプルギス……?」
氷室さんが囁くように言った。
レイくん以外で初めて対面するワルプルギスの魔女。魔女狩りに叛旗を翻すレジスタンス集団。
その行動は過激なものらしいし、あの人たちがどんな人たちなのかもわからない。
私たちの中で一気に緊張が走った。
「ごめんごめんアリスちゃん。余計な邪魔が入った」
二人を適当にいなして、レイくんは私に向けて柔らかい笑みを浮かべた。
「そう構えないでよ。ここでどうこうするつもりはない。言っただろう? 僕は宣言をしに来たんだ」
「宣言って……?」
私がおずおずと尋ねると、レイくんは私を真っ直ぐに見据えて言った。
「我らワルプルギスは、麗しの姫君を崇め信奉する者。僕たちは君の手となり力となり、君に仇なすものを誅することをここに誓おう」
まったく予想していなかった言葉に、私はただ呆然とレイくんの顔を見つめた。
氷室さんの手の力が、また少しだけ強まった。
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