6 口説かれ慣れていないから

「そんなにびくびくしなくてもいいのに。別に取って食べたりなんてしないよ。まだ僕のことは信用できないかな?」

「ズルい聞き方するね」


 レイくんの余裕の笑みに、なんとなく追い詰められている気がする。

 その笑顔に敵意はなくて、無邪気で純粋な好意が見えている。

 そんなレイくんを怪しむことは、なかなか難しかった。


 確かにやっていることは十分に怪しんでいいんだけれど、レイくん自身が醸し出している雰囲気は、無条件に相手を信用させてしまうような包容力があった。


「僕はてっきり、もう心を開いてくれたものだとばっかり思っていたよ。だってこうして一人で会いに来てくれたしね。僕は特別、一人で来てとは指定しなかった。だから君はきっと、あの子と一緒に来るものだと思ってたよ」

「それは……お話をするなら二人の方がいいと思っただけで」


 むしろ、レイくんを警戒する上では氷室さんと一緒に来たほうがいいと私も思った。

 ただ、レイくんの目的も敵意があるかもわからなかったし、まずは話を聞くことを優先させるべきかと思っただけ。


「それでもだよ。そうだとしても、僕みたいな得体の知れない奴の所に単身で挑むのは、少なからず信用してくれていたからさ。少なくとも僕はそう思うね」

「……知らない。好きに解釈して」


 なんだかレイくんのペースに乗せられそうで、私はぶっきらぼうに話を切った。

 その話を続けていると、レイくんに絆されてしまいそうだったから。

 そんな私に対しても、レイくんは全く嫌な顔をしなかった。

 全ては自分の手の上かのように、余裕のある顔だった。


「そう拗ねないで。アリスちゃんは可愛いなぁ」

「か、可愛いって、急に何言うの!」

「思ったままを言っただけだよ。アリスちゃんは強く逞しく、豊かで可愛らしい。モテるんじゃない?」

「モテません! そんなこと言うのはレイくんくらいだよ。私はそんな言葉に騙されないんだからっ」


 あまりにも飾り気なくストレートに言われて、自分の顔が熱くなったのを感じた。

 レイくんに対して別段思うところなんてないのに、それでも無性に気恥ずかしかった。

 そもそも、可愛いなんて言われ慣れてないのもある。

 そんな綺麗な顔で当たり前のように言われると、少しドキッとしてしまう自分が、なんだか嫌だった。


「じゃあ、気づいてるのは僕だけってことか。今なら誰にも取られる心配はないのかな?」

「な────」


 すっと私の肩に腕を回して、反対の手で頬に触れてくる。とても自然な動作で顔を近づけてきた。

 整いすぎた中性的で綺麗な顔が目の前に迫ってきて、今の状況なんてお構いなしに、脳みそがフリーズしかける。

 けれどなんとか、私はそれを振り払って立ち上がった。


「ちょ、ちょっと! からかうのはやめて!」

「ごめんごめん。君があまりにも無防備だったから、つい。でも、君が素敵な女の子だと思っているのは本当だよ」


 慌てふためく私をよそに、レイくんは相変わらずの余裕ぶりで優しく笑った。

 完全に弄ばれてる。ペースをもってかれている。このままだと、まとまる物もまとまらない。


「そんなことしてると、嫌いになるからね。それじゃあなたたちは困るんでしょ?」

「それは困るなぁ。ごめん、謝るよ。アリスちゃんも自分の使い方をわかってるね」


 少しわざとらしい焦りの見せ方に、少し傷ついた。全く優位性を取れない。

 あまり納得はできないけれど、私は渋々また腰を下ろした。


「君に嫌われるのは、僕個人として困ってしまうよ。アリスちゃんとは仲良くしたい。これは僕の本心だ」

「ふーん。そんなこと、誰にでも言ってそうだけどね」

「そんなことないよ。僕はこう見えて、付き合う人は選ぶタイプだからね。ぜひアリスちゃんとは仲良くしたいと思ってるんだよ」


 自分の発言が、なんだか嫉妬をしているみたいだったことに気がついて、気落ちした。

 わかっているはずなのに、どうしてもレイくんのペースに乗せられて、変なことを口走ってしまう。

 私はそんな話がしたいわけじゃないのに。ダメだ。レイくんと腹の探り合いをしても敵わない。


「君は特別な女の子だ。君みたいな子はそういないよ」

「それは私が……お姫様、だから?」

「いいや。僕が言いたいのは君自身のことだよ。君という人間の魅力さ」

「そんなの、私は別に何にも特別な事なんてないよ。ごくごく普通。お姫様だっていうのも、未だに納得できてないし」

「それは君自身のことだからだよ。自分自身の魅力に気づいている人なんて少ない。アリスちゃん自身がわかっていなくても、花園 アリスという女の子は、とても特別で魅力的な女の子だ」


 まっすぐな眼差しが私を捕えて放さない。

 その言葉も表情も偽りなく真剣で、本当に本心で言っているように聞こえてしまう。


 そんなこと急に言われても困ってしまう。

 私はずっと自分が普通だと思って生きてきたし、それを特に思い悩んだこともない。

 自分が普通であることを受け入れて、それらしく生きてきただけなんだから。


「何事にも動じない強さ。どんな状況においてもブレない逞しさ。あらゆるものを受け入れられる豊かさ。中々そういう子はいない。君は自身に巻き起こった常軌を逸した状況にも、すぐに順応してしまう。どんな相手も受け入れて、その心に寄り添える。現に今ここにこうしていることが、その証だよ」

「そんなこと言われても……」


 そんなこと言われても挨拶に困ってしまう。

 私はただ、自分が思ったことをしているだけなんだから。


「だからこそ、僕も君の友達にして欲しいんだ。仲良くなって、僕たちの想いを知ってもらいたい。君ならそれをわかってくれると思うからね」

「…………」


 何が正しくて何をするべきなのか。相変わらず私には判断がつかない。

 レイくんからは敵意を感じないし、仲良くすること自体は別に悪いことじゃないのかもしれないけれど。

 でもその背景にある、ワルプルギスというレジスタンスグループの存在が引っかかってしまう。


 それが果たしてどういう人たちなのか。

 その人たちがしようとしていることは、本当に良いことなのか。それがわからないから。

 レイくんと仲良くする、とういうことはきっと、そのワルプルギスに関わるとういことだから。


「……今は何も言えないよ。私にはまだ、何もわからないから」

「振られちゃったか。これは存外ショックだなぁ。僕は振られ慣れてないから」


 そこで初めて、レイくんは少し困った顔を見せた。

 少しだけでもレイくんの余裕を崩せたのかと思うと、ほんのちょっとだけ嬉しかった。


「じゃあ、デートしようよ」

「ごめん。話の脈絡がわからないんだけど」

「脈絡なんか関係ないよ。僕がアリスちゃんとデートしたいと思ったから誘ったんだよ」


 平然と当たり前のように言うレイくん。

 今、振られたと自分で言っていたのに、そこからノータイムでデートに誘えるその精神がすごい。

 いや別に嫌とかそう言う話ではないけど、その自信というか、相変わらずの余裕がびっくりだった。


 ていうか今更だけどレイくん女の子だよね? だって魔女だし。

 その中性的な顔立ちと、言葉遣いや仕草でついつい、綺麗な顔の男の子っぽく見えてしまうけれど。

 それなのにこうも平然と口説いてくるのは、一体何なんだろう。


「ダメ、かな?」

「……しらないよ。そんなの」


 こういうのに慣れていないと、どう反応して良いかわからない。

 私はその誘いを受けることも断ることもできなくて。でもレイくんは、それをイエスと受け取ったのか優しく微笑んだ。

 その余裕がムカつくのです。でも対抗できない自分の方がよっぽどムカついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る