25 私の親友と私の居場所
そうして、私は家に帰ってきた。
帰る時に、夜子さんが私の鞄を渡してくれた。あの夜、私が連れ去られた公園に落ちていたみたい。
言われてみれば、確かに向こうについてから、鞄のことなんて気にしてなかった。あってよかったよ。
ちなみに私はずっと、向こうで着せられていたワンピースタイプの寝巻着のままで、制服は行方知らずだった。
だからそれは、氷室さんが新しいのを魔法で作ってくれた。
携帯で日時を確認してみると、あの夜から丸二日経っていた。
つまりは二日間学校をサボっていたということで、携帯の通知には、晴香と創から鬼のような連絡が溜まっていた。
家は今、実質一人暮らしだからあまり気にしていなかったけど、こっちは大分心配かけちゃったな。
私は今お母さんとの二人暮らしだけれど、私が高校に入学してからは、お母さんは仕事で長期間家を空けることが多くなっちゃった。
両サイドの家が幼馴染だから、よく夕飯にお呼ばれしたりもするし、あまり寂しくはないんだけど。
「明日、ちゃんと謝らないとな……」
家は隣なんだし今から会いに行ってもいいんだけど、今は一人になりたかった。
あまりにもいろいろなことがありすぎた。
二日ぶりの自分の部屋のベッドに寝転んで、ボーッと天井を見つめる。
そういえば、向こうに連れていかれて寝かされていたベッドは、信じられないくらいふかふかだったなぁ。
「魔女、か……」
いまいち魔女としての実感はなかった。でも今まではなかったような、違和感のようなものはある。
もやもやうにゅうにゅしたこの感じが、きっと魔女になったってことなのかもしれない。
『魔女ウィルス』は死のウィルス。感染すればやがて命を落とす不治の病。
その死がいつ訪れるのか。その死は一体どのようなものなのか。
何一つわからないけれど、それでも突きつけられた死の現実は、私の心に重く響いた。
人間は、生き物はやがてみんな死んでいくけれど。それでもそれを意識してなんて生きていない。
それなのに、それが例え漠然としたものだとしても、あなたはいつか死ぬんだよと言われると、途端に怖くなる。
透子ちゃんも氷室さんも、夜子さんに千鳥ちゃんも、そんな境遇で気丈に生きてる。
慣れればそれも自然なものと同じように、意識しないようになれるのかな。
私には、まだもう少し時間がかかりそうだった。
落ち着いたら急にお腹がすいてきて、ぐるぐるとお腹が鳴った。
起き上がるのも億劫だったけど、空腹には耐えれなくて重い体を持ち上げる。
どんな時でも人間お腹は空くんだなぁ。結局境遇が変わったって、人の在り方は変わらない。
お姫様と呼ばれても、魔女になっても、私は私なんだってちょっぴり安心した。
簡単に作ったごはんを食べていると、携帯が鳴った。画面を見てみると、案の定晴香からだった。
今は一人になりたい気分なんだけど、とは思いつつも、心配してくれている幼馴染をあまり無下にもできなくて、私は電話に出た。
『あ! やっと出た! アリス、今どこにいるの!?』
「心配かけてごめんね。今は家だよ。さっき帰ってきたところ」
私が言い切る前に電話がブツッと切れて、そして私が首を傾げている間に、玄関のガチャガチャバタンと激しい音を立てて開いた。
ドタドタと足音を立てて部屋に飛び込んできたのは、やっぱり晴香だった。
晴香ならうちの合鍵を持ってる。
「アリス! もう、心配したんだから!」
今にも泣きそうになりながら抱き着いてきた晴香は、苦しいくらいに私を抱きしめる。
私もそんな晴香を、恐る恐る抱きしめ返した。
「年頃の女の子が、二日も連絡取れないなんて! 家にもいないし携帯も出ないし。誰かに誘拐されたんじゃないかって、もう気が気じゃなくて……」
実は誘拐されてました、ちょっと異世界まで。
「明日になっても連絡取れなかったら、警察に行こうって創と話してて。私はもっと早く行ったほうがいいって言ってたんだけど、創に止められて……それでもう、十回くらい喧嘩した」
喧嘩しては欲しくなかったけど、警察に行かれなくてよかったな。
そこまで大事になってたら、かなり面倒そうだし。
「それで、何があったの? 今までこんな非行に走ったことなかったのに」
「えっと、ちょっと説明できないんだけど。色々あって……」
言い淀む私を、訝しげに見つめる晴香。
話したいのは山々なんだけど、流石に話せない。
第一いきなり、魔法使いとか魔女とか言い出したら、別の意味で心配されそうだし。
それに、私がお姫様って言われて異世界のお城に連れていかれたなんて話をしようものなら、本気で病院に連れていかれるかもしれない。
ここはぐっと堪えて、黙っているしかない。
「でも大丈夫。平気だよ。心配かけてごめんね」
「そう、なの? まぁ、アリスがそう言うならいいけどさ……」
幸いにも晴香は本当にいい子で、私が言いたくないことを無理に詮索するような子じゃない。
本来なら深く追求するべきことも、私がそれを拒めばしてこない。
私だって本当は隠し事なんてしたくないけれど、話すわけにもいかないから、今回はそんな晴香の優しさに甘えることにした。
「創も心配してたんだよ。さっき私から連絡しておいたけど」
「ありがと。明日、ちゃんと謝らないと」
「もう、今日は私泊まるからね! 一緒に寝る! なんならお風呂も一緒に入るんだから! またいなくなられたら堪んないもん」
「もうどこにもいかないよぉ」
「でもダメ。今日は私の言うこと聞いてもらうんだから」
もちろん断る事なんて私の立場ではできるわけもなくて、急遽晴香のお泊まりが決まった。
やっぱり持つべきものは友達だよ。
こんなに私のことを気遣ってくれる友達がいるのに、この生活を捨てる事なんてできない。
晴香や創がいない日々なんて、私は知らない。
だからやっぱり私は、この日常を守るためにも戦っていくしかないんだ。
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