23 穀潰し

「大丈夫。私も、力になるから」


 不安が顔に出てしまっていた私に、氷室さんはそう言ってくれた。

 今の私に頼れる人は少ないし、氷室さんが味方になってくれるのなら、それは本当に心強かった。


「ありがとう。でも、私のせいでまた氷室さんが危険な目に遭っちゃうんじゃ……」

「あなたを守るためなら、多少の危険なんて関係ない。だって、私たちは友達、だから」

「氷室さん……」


 ついこの間までほとんど喋ったことのなかった氷室さん。ずっと仲良くなりたいと思ってた。

 きっかけはこんなことになってしまったけれど、それでも、氷室さんに友達と言ってもらえたことは嬉しかった。


「あなたがいてくれるのなら、私は強くなれるから。だから、一緒に戦いましょう」

「うん。ありがとう氷室さん」


 私が手をとると、氷室さんは照れくさいのか顔を伏せた。

 クールな氷室さんだけれど、そんなところが可愛らしい。


「まぁ魔女同士、可能な限り協力するべきだ。それにはあちらもこちらも関係ないさ。同じ境遇のもの同士助け合うべきだ。私だって可能な限り手を貸すよ。利害が一致する時はね」


 妙に含みを持たせて、夜子さんはそう言う。

 夜子さんは確かに私たちを助けてくれて、今もこうして色んなことを教えてくれてる。

 けど決して世話焼きなわけではなさそうだし、本当に可能な範囲のことはやってくれる、という気がした。

 あんまり頼りすぎるのは良くないのかもしれない。

 それでも私にはまだわからないことだらけだし、聞けることは聞くようにしないと。


「夜子さーん、お腹すいたー。何か食べるものないー?」


 扉がバタンと勢いよく開けられて、女の子が一人入ってきた。

 年頃は私と同じくらいだけれど小柄な女の子だった。

 ツリ目で気が強そうな顔立ちで、金髪のツインテールがよく目立つ。

 完全に気を抜いて入ってきた女の子は、私たちに気がついた瞬間びくりと飛び上がって、引き腰に私たちをカッと睨んできた。


「な、何アンタたち!? いつの間に、何でこんなとこいんのよ!」

「やぁ千鳥ちどりちゃん。サンドウィッチあるよ。君が好きなフルーツサンドのやつ」


 警戒心を最大にして私たちを睨む、千鳥ちゃんという女の子に対して、夜子さんは呑気にそう答えた。

 答えになっているけど答えにはなってない。夜子さんはとてもマイペースだった。


「え、フルーツサンドあるの!? やった────じゃなくて、こいつら何なのって話! もしや新たな居候!? 私の生活を脅かす寄生虫か!」


 何というか、感情豊かというか賑やかというか。

 小柄な体をぴょこぴょこ飛び跳ねさせながら、千鳥ちゃんは一人で喚いていた。


「アリスちゃんと霰ちゃん。二人とも魔女だよ。あ、ちなみにアリスちゃんはあっちのお姫様ね」

「あぁ、お姫様ね。そういえばそんなこと、言ってたっけ」


 千鳥ちゃんは急にどうでも良さそうに流し目でそう言うと、氷室さんが待ってきたビニール袋をがさごそ漁りだした。


「ちょっと、フルーツサンドっていうか苺サンドじゃーん。私色んなの入ってるやつが良かったのにー」

「わがまま言うんなら私が食べちゃうからね。ただでさえ穀潰しなんだから文句言わない」

「穀潰しとは失敬な! せめて居候と言ってよね。それに、言われた仕事はちゃんとしてるじゃん!」

「一度でも仕事を完璧にこなしてきたことがあったかな。そういうのを穀潰しって言うんだよ。この役立たず」

「ひどい!」


 なんとも一人で楽しそうな子だなぁ。

 私と氷室さんは、だいぶ置いてけぼりだった。


「あぁ、この子は千鳥ちゃん。食べ物あげたら、いつのまにかここに住み着いてしまったんだ」

「人を野良猫みたいに言わないでよ!────ったく、お姫様だかなんだか知らないけど、ここでは私が上よ。千鳥様って呼びなさい」

「えーっと、よろしくね、千鳥ちゃん」

「様をつけなさいって言ったでしょ、今!」


 キーッと目をを釣り上がらせる千鳥ちゃん。

 人を見かけで判断してはいけないのはわかっているけれど、小柄な彼女が、まるで背伸びするように高々と騒いでいるところを見ると、なんとも微笑ましいというかなんというか。

 夜子さんとのやり取りを見ても、やっぱり千鳥ちゃんは大人ぶろうとしているような、強気に見せようとしているような感じがする。


「同じ年頃の魔女同士、仲良くしなよ。困ったことがあったら千鳥ちゃんに聞くといいよ」

「ふん。アンタたち、年いくつよ」

「私はこの間、十七になったとこだけど」


 氷室さんの方を見ると静かに頷いていた。


「なーんだ、まだまだお子ちゃまじゃない。私は、もう十八なんだからね! 私の方が偉いんだから、ちゃんと敬いなさい!」


 ぴょこぴょこ飛び跳ねるように、声高々にそう言う千鳥ちゃんに、思わず苦笑いが溢れる。

 確かに見た目は中学生に見えるほど小柄で、幼さの見える千鳥ちゃんが私たちより年上なのは驚いたけれど、言っても一歳だからなぁ。


 彼女の自尊心は、ほどほどに保ってあげた方がいいのかもしれない。

 まぁ、様はつけないけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る