16 もうあの頃とは違う

 苦い顔をしながら、D8は飛び込んできた。

 剣に灯った炎はまるで鞭のようにしなって、それそのものが形ある剣のようだ。


 炎の剣が叩きつけられる。

 それに私はただ自分の剣をぶつけた。

 すると炎は弾けるように掻き消えて、それはただの剣になった。


「くそっ……!」


 舌打ちをしながら飛び退いたD8は、剣を消して両腕を突き出す。

 その周りに炎がぐるぐると回り出したかと思えば、まるでガトリングガンのように無数の炎の弾が放たれた。


 けれど、それも剣の一振りで事足りた。

 どんなに数が多くても、それを丁寧に一つずつ斬り払う必要なんてない。

 ただ力任せに、剣で辺りを薙ぐだけで十分だった。


 その繰り返し。私は幾度となく繰り出されるD8の魔法の、そのことごとくを剣で斬り捨てた。

 どんなに大きなものも、早いもの、無数のものも。

 私のこの白い剣の前では、あらゆる攻撃が無意味だった。


「くそっ……どうすりゃ良いってんだ」

「もうやめなさいD8!」

「じゃあ、このままみすみす逃すって言うのかよ。俺はそんなのごめんだね!」


 D8は肩で息をしながら、額の汗を拭った。

 D4の制止を聞くそぶりは全くないようだった。


「やっとだ。やっとここまできたんだ。もう俺は、引かねぇよ!」


 D8が再び突撃してくる。

 もうわかりきっていた。D8の攻撃は私に届かない。

 どんな魔法も、この白い剣があればないも同然だった。

 それでもD8は諦めなかった。それが何のためなのかは、私にはわからない。


 でも、このままではいられない。もう終わりにしないといけない。

 早く氷室さんと一緒にここから脱出しないと。


 再び剣構えたD8が斬りかかってくる。

 それはもう魔法のかかっていない、純粋なただの双剣。

 両方向からの攻撃になんとか剣一本で対応する。

 けれどその動きは、明らかにD8の方が上手だった。


「ここまでくるのに、どんだけ苦労したと思ってる。俺たちがお前を取り戻すために、今までどれだけ……! ここまできて、やっとお前が手の届くところにいるのに! それなのに、お前自身の手で阻まれるなんてそんなこと、俺は許さねぇ!」


 一つひとつが重い一撃だった。けれどこの白い剣はビクともしない。

 折れるどころか、刃こぼれする気配もなかった。

 純粋無垢なこの剣は、まるで何物にも侵されることのないようだった。


「俺は諦めない。俺は認めない。俺は許さない。アリス! 俺は絶対に、お前を取り戻す!」


 その時、私の足元から眩い光が立ち上がって、魔法陣が現れた。

 咄嗟にその場を離れようとするも間に合わず、動きが固定されてしまった。

 その一瞬の怯みの隙に、D8の剣が私の白い剣を弾き飛ばした。

 白い剣はくるくると宙を待って、私の後方、D4の近くへと突き刺さった。


 足元の魔法陣から次々と鎖が現れて、私をぐるぐる巻きに縛り上げる。

 D8はやっと余裕を持った表情になって、私を見下ろした。


「面倒かけさせやがって。いいか、アリス。今はわからなくても、直にわかる時が来る。その時まで大人しく待ってくれよ。頼むぜ」


 そんなもの待っていられない。それに、そうしたら氷室さんはどうなるの?

 いつかの話なんて今はできない。私には、今この時を守り抜くことで精一杯だから。

 だから二人には悪いけれど、私は待てない。


「魔女は始末する。お前は俺たちと来る。それが本来あるべき姿だ。今はなんと思われようと、俺はそれが一番正しいと思ってる」


 そう言いながらD8は、未だうずくまる氷室さんの側に立つ。

 剣をその首にあてがって、今にもその命を断とうと。


『させるもんか!』


 氷の塊がD8を吹き飛ばした。

 それを受け止めようとしたD4も巻き込み、二人はきりもみになって転がる。

 その二人を追撃するかのように、次々と氷の柱が床に突き刺さる。


 私たちと二人の間には、沢山の氷で埋め尽くされた。

 白い剣はいつの間にか、私の手元に帰ってきている。

 私はそれで足元の魔法陣を突き刺して破壊した。鎖はパラパラと崩れ去る。

 そんな私を、D4とD8は驚愕の表情で見た。


 私はしゃがんで、氷室さんに手を当てた。

 助かって欲しいと、治って欲しいと、元気でいて欲しいと祈りを込めて。

 すると氷室さんの傷は、みるみるうちに塞がっていった。驚くほどに簡単に。あっという間に呆気なく。


「アリス、ちゃん……」

『もう終わりにしよう』


 私は剣を構えた。

 氷室さんはもう大丈夫。あとは二人で一緒に逃げるだけ。


「待てアリス! お前は────」


 私の剣の一振りが氷を打ち砕き、D8の言葉を遮った。

 もういい。もう聞きたくない。今の私に、その言葉を判断することはできないから。

 だから、もういい。


『ごめんなさい。レオ、アリア』


 ただ力がこもった一撃。私の剣の一撃が、この廊下を完全に破壊した。

 壁や天井、床までもが崩壊する。その轟音の中でわずかに二人の呼ぶ声が聞こえた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る