5 友達

「それじゃあ、あの二人が私を襲ったのは────」

「大丈夫。あなたは魔女じゃないわ。『魔女ウィルス』には感染してない。どうしてあなたを連れ去るのに、魔女狩りが使われたのかはわからないけれど。でもやつらには、別の理由があるのよ」


 確かにあの二人は、付いて来いと言っていた。

 私には明らかに殺しにかかっているとしか思えなかったけれど、そう言うからには、一応殺すつもりはなかったのかもしれない。たぶん。


「じゃあなんで私なんか……。私、魔法使いなんて人たちに狙われるような心当たりないよ」


 だって平凡な高校生だもの。何を見ても普通な女子高生だもの。そんな奇想天外にはなんの関わりのない女の子だもの。

 もちろん、あんな人たちには心当たりもない。


「あなたは魔法使いの計画における鍵なのよ。そしてそれは、私たち魔女にとっては看過できないもの。だから私は、やつらにあなたを渡すわけにはいかなかった」

「計画? 鍵……?」

「全貌は私にもわからない。ただ確実に言えることは、それが成就するということは、私たち魔女にとってとてもよくないことだってこと」


 あまり話についていけていない私に、透子ちゃんは微笑んだ。


「大丈夫よ。あなたをやつらの好き勝手にはさせない。魔法使いは昼日中ひるひなかは大きく動かないから、この夜を乗り切ればとりあえず落ち着けるわ。それまではなんとか頑張りましょ」


 私にはただ頷くことしかできなかった。

 魔法や魔法使い、魔女の存在はもうまざまざと見せつけられたから、疑いようもなくて信じるしかない。

 けれど、まだついていけない部分も多くて、正直何を信じていいのかもわからない。


 透子ちゃんは信頼できる。

 ここまで命がけで守ってくれて、とても親切にしてくれた。

 とっても優しくて温かくて、疑う余地はなかった。


 それでも何もわからない私には、あの二人を悪者と決めつけることはできなくて。

 確かに思いっきり殺しにかかってきてはいたけれど、その言葉には敵意がないように感じた。


 何が正しくて何をするべきなのか、今の私には判断できない。

 今は、ただ透子ちゃんについていくことしか。


「────花園、さん……?」


 静かな公園に、私の名前を呼ぶとても澄んだ声が響いた。

 唐突なその声に、今さっきまで追い回されていた私は、反射的に飛び上がりそうになった。

 慌てて声がした方を見てみると、そこには知った顔があった。


「あれ、氷室さん。家、こっちの方なの?」


 それは、私と同じ高校に通うクラスメイトの氷室ひむろ あられさんだった。

 私が駆け寄ると、氷室さんはびくりと半歩退がった。


 氷室さんと私は、二年生の冬のこの期に及んで、まだあんまり話したことがなかった。

 それは別に変わったことじゃないと思う。例えクラスメイトだったとしても、全員と仲がいいわけじゃない。


 ただ、私は密かに氷室さんが気になっていて、いつかお話してみたいとずっと思っていた。

 そしてようやく意を決して話しかけてみたのが、今日の昼間の事。

 まだまだ私たちの距離は近くなかった。


「あの……花園さんは、どうしてこんなところに? 家、こっちではなかったと、思うけど……」

「え、あーその、何というか……散歩、みたいな?」


 説明のしようもなく、その場凌ぎの嘘をつく。

 本当のことを言うわけにもいかないし。


「氷室さんこそどうしたの? 結構暗くなってきてるのに」

「私も……散歩。ついでに読書も、しようかと……」

「え、こんなに寒いのに!?」

「私、少し寒い方が、落ち着くから……」


 そう言う氷室さんの手には、一冊の文庫本があった。

 肩くらいまでのショートヘアと、日本人なのに透き通るようなスカイブルーの瞳が魅力的な氷室さん。

 少し俯き気味だけれど、お話してくれるのが嬉しかった。


 こんな時じゃなければ、もっとゆっくり色んなお話をしてみたいと思うんだけど、今はそうもいかない。

 振り切ったといっても、今は何が起きるかわからない。

 こんな状況で、氷室さんを近くに居させるわけにはいかなし。


「ところで、あの人は……」


 私越しに透子ちゃんを見た氷室さんが、不安げに言った。

 透子ちゃんはセーラー服こそ着ているけれど、私たちの制服とは違う。

 人見知りな氷室さんには、どこか不審に映ったのかもしれない。


「えっと……私のお友達。散歩したらばったり会っちゃってさ」


 こっちも本当のことを説明するわけにもいかない。

 取り敢えずこの場は早く切り上げないと、と思っていると、透子ちゃんがこっちにやって来た。


「神宮 透子です。よろしく。アリスちゃんのお友達?」

「あの……は、はい。氷室、霰です……」


 透子ちゃんが差し出す手を、霰ちゃんはおずおずと握った。

 ハキハキとしている透子ちゃんに対して、内気な氷室さんはあまり相性が良いようには見えないけれど。

 透子ちゃんは興味深そうに氷室さんを見つめて、対する氷室さんは戸惑うように俯いた。


「あの、私はこれで……」

「引き止めちゃってごめんね。暗いから気をつけてね」

「ええ。花園さんも」


 バイバイと手を振ると、氷室さんは軽く会釈して歩いて行った。

 読書の邪魔して悪かったな。きっと氷室さんはこの公園で本を読もうとしていたんだ。

 静かだしこじんまりとしていて、読書にはうってつけだと私も思う。寒いことを除けば。


「なるほどなるほど。今のがアリスちゃんの気になる子ってわけね」

「えぇっ、別にそんなんじゃないよ。ただのクラスメイト」

「でも仲良くなりたいって顔してたけどね。青春って感じ」

「別にそんなんじゃないってば。ただ氷室さんは、なんていうか、ミステリアスなところがあるし。そういうところ、ちょっと気になるとは思うけどさ」

「いいじゃないそういうの。友達とかいないからさ、私には」


 少し寂しそうに、でも大して気にしていないといように透子ちゃんは言った。

 魔女になってしまった人の人生って、一体どんなんだろう。

 ウィルスによる死の恐怖と、魔女狩りに命を狙われる恐怖。その二つの恐怖に一人で耐えなきゃいけない日々って。私には想像がつかない。


「私、もう透子ちゃんのこと友達だって思ってるよ。今のところ助けてもらってばっかりで、私は何にもしてあげられてないけど」

「ありがとう。そう言ってもらえるだけで、私は嬉しいわ」


 出会いは鮮烈で強烈で摩訶不思議だったけれど。この短い時間の中で、確かに私たちは心を通わせられた気がする。

 まだまだわからないことや、知らないことは沢山あるけれど。これから透子ちゃんのためにできることがあるのなら、私はそのために頑張りたい。

 それが、私のために命がけで戦ってくれた透子ちゃんへの、友達として私ができることだから。


「これからも色々と大変だと思うけれど。アリスちゃんがいてくれるのなら、私────」

「わりぃけど、これからなんてないぜ」


 静けさを破ったその声と、透子ちゃんの胸から真っ赤な剣が現れたのは、同時のことだった。

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