2 魔女、神宮 透子
「……魔女狩りが二人? こんなところまで」
赤毛の男の剣撃を足で受け止めたその女子高生は、呟くようにそう言った。
特に変わり映えのない、普通の女子高生に見える。
線の細い普通の年頃の女の子。私とそう変わらない。
とても、あの攻撃を防ぎきれるような人には見えなかった。
けれど彼女は、いとも簡単にその剣を受け止めていた。
そしてその後ろで尻餅をついたままの私を流し目で見て、ほんの少しだけ微笑んだ。
「てめぇ、何者────」
男が言葉を発しきる前に、女の子は動いていた。
剣を押さえているのと反対の脚を宙に浮かせ、素早い回転で男のお腹に蹴りを打ち込む。
咄嗟にその蹴りをもう一振りの剣で防いだ男は、その衝撃を殺すように後ろへと飛び退いた。
女の子は私を庇うように前に立つ。その姿はまるで、本物のヒーローかのように大きく見えた。
「立てる?」
「は、はい……!」
男を見据えながら声をかけられ、私は慌てて立ち上がった。
その顔は見て取れないけれど、とても頼もしく思えた。
「てめぇ、魔女か。なんで魔女がこんなとこにいやがんだよ!」
「そんなの簡単。もう既にこっちにも蔓延していたってことでしょ」
苛立ちを隠せずに吠える男を牽制するように、フードの女の人は言った。
「遅かった────いえ、それ以前の問題だったのかもしれない」
「今はそんなことどーでもいい。魔女になんか構ってられるか」
「ちょっと落ち着いて。頭に血が上りすぎ。そんなんじゃ……」
「落ち着いてられるかよ。アイツの側に魔女がいるんだぞ! そんなの、見過ごせるかよ!」
赤毛の男が再び爆発と共に突撃してくる。
そんな男に対して女の子は、無数のナイフを投げた。
邪魔くさいとばかりに男がナイフを剣で払った瞬間、ナイフ一つひとつがまるで爆弾だったかのように爆発した。
「逃げるわよ」
爆煙で視界が遮られる中、女の子はそう言うと私の脇を抱えた。
何が何だかわからない私は、ただ言われるがままに頷く。
「悪いけど、逃がさないよ」
その時、爆煙の中からフードの女の人が現れた。
コートの袖口から無数の糸のようなものが伸びて、女の子の腕を縛り上げる。
「アリスを置いていって。そうすれば、今はあなたの命を取らないであげる」
「それは無理な相談ね。あなたたちなんかに、この子を渡すわけにはいかないわ」
「なら、容赦は必要ないね!」
途端、女の子が私を突き飛ばした。突然のことに対応できずに、私は地面に倒れこんでしまう。
それと同時に雷が落ちたような劈く音が鳴り響き、女の子が悲鳴をあげた。
女の子の腕を縛っている糸から、電流が流れていた。
迸る電撃は、青白く爆ぜて女の子を苦しめている。
「そのまま押さえとけ!」
気がつけば爆煙は晴れていて、赤毛の男が剣を大きく振りかぶって飛び出してきた。
その剣は正確に、女の子の首を落とすべく振り抜かれんとしている。
「やめて!」
咄嗟に体が動いた。
突然飛び出してきた私に赤毛の男は反応できず、私の必死のタックルを受けて僅かに怯んだ。
「アリス……てめぇ、どういうつもりだ!」
「どういうつもりもないよ! だってわけわかんないもん! もう、何が起こってるの!?」
何が起こっているのかさっぱりわからない。何が正しいのかなんてもっとわからない。
けれど今はただ、私のことを助けてくれた子が、死んでしまいそうなのが見過ごせなかった。
「ありがとう、助かった」
女の子の腕に巻きついた糸が燃え上がる。
焼き切れた糸を振りほどいて、一瞬怯んだフードの女の人にその手から炎を放った。
まるで火炎放射器の様な業火をフードの女の人がかわした隙をついて、女の子は私を抱え込んだ。
「飛ぶわよ!」
「飛ぶって────いやあぁぁぁぁ!」
そして唐突に垂直に跳躍した。まるでロケットの様に。
彼女自身に推進力があるかのように、ぐんぐんと高く飛び上がっていく。
私はただしがみつくしかなくて、小さくなっていく街並みや、地上に置き去りになっていく二人の様子など見る余裕もなかった。
やがて上昇は終わって、けれど勢いはそのまま私たちは空を飛んでいた。
何にも乗らず羽もないのに、女の子はさも当然のように滑空している。
「あぁ、ごめん。このままじゃ不安かな?」
必死にしがみつく私を見て女の子はニコリと笑うと、指をひょいと宙で振った。
するとどこからともなく竹箒が現れて、私たちに並走して宙を飛びだした。
「魔女といえば空飛ぶ箒でしょ? こっちの方がイメージつきやすいし安心するでしょ。普通の人は単身で空飛ばないからね」
そう言うと、女の子は私を箒の上にそっと乗せた。
箒は見た目ほどの不安定さはなくて、まるで乗り物として当たり前のように、しっかりと乗ることができた。
「私が操ってるから、あなたはただ乗ってるだけでいいわ。脚と脇はよく締めて掴まっててね。そうすれば落ちないから」
言われた通りにしてみると、なるほど確かに安定感はぐっと増した。
そこでやっと私は、少し落ち着きを持って辺りを見渡せるようになった。
私たちは今、雲に近いところを飛んでいる。
眼下には街の光が煌めいていて、それはとても綺麗な光景だった。
さっきまでの騒動が嘘かのように、心が落ち着いていく。
そしてようやく私は、聞かなければいけないことを口にすることができた。
「助けてくれてありがとう。それで……あなたは、何者なの?」
女の子はまたニコリと笑うと、まるで水中のようにすいっと私の前に回り込んで、後ろ向きのまま飛びながら答えた。
「私の名前は
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