普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

第一章 神宮 透子のラプソディ

1 私が知らない私を知っている誰か

「魔法が使えたら何をするか?」


 そんな突拍子も無い質問に、私、花園はなぞの アリスは持っていたタピオカミルクティーのストローを咥えたまま首を傾げた。


 十二月初旬。そろそろ雪が降ってもおかしくない、そんな日の放課後のこと。

 加賀見市立加賀見高校の二年生である私たちは、放課後ちょっぴり駅前まで足を伸ばして、地元の女子高生に人気のタピオカドリンク屋さんに寄っていた。


 そこで私にそんな子供っぽい質問をしてきたのは、幼馴染の雨宮あめみや 晴香はるか

 おっとりとしたとても優しい子で、とても面倒見がいい。まるでお母さんみたい。

 ふわふわでかつ自然と優しくカールした天然の栗毛も相まって、全体的に柔らかい雰囲気の女の子。

 隣の家に住んでいる、産まれた時からの私の親友だ。


「うーん。改めて聞かれるとそうだなぁ────どうしたの急に?」

「別に大した理由はないけどさ。ふと思っただけだよ。ふとね」


 タピオカをちゅーっと吸いながら、緩やかに言う晴香。

 そのちょっとした仕草も、この幼馴染がするとそれだけで可愛らしい。

 平凡でどこにでもいそうな、私のような普通の女子高生と違って、晴香は結構可愛い。

 ふんわりとした髪も綺麗に整った穏やかな顔も、そしてふとした仕草も。晴香は漫画の中から飛び出してきたかのような、まさに可愛い女の子だ。


 私とは大違い。

 自分のことを別段ブスだとは思わないけれど、でも別に可愛くもないし、普通。

 髪だって特別毛質がいいわけでもないから、取り敢えず三つ編みでおさげにしてみているだけだし。

 でもだからといって別に晴香に嫉妬したことはない。だって自慢の幼馴染で親友だ。

 むしろ自分の友達が可愛いことの方が誇らしい。


「晴香は案外お子ちゃまだからな。大方、昨日やってた魔法少女モノのアニメでも観て、感化されたんじゃないか?」

「ち、違うもん。ちょっとはじめ! 適当なこと言わないでよー!」


 私たちとは違って、近くの自販機で買ってきたコーラを飲んでいた創がそう茶々を入れ、晴香はムッと眉を寄せた。


 守屋もりや はじめ。こっちも私の幼馴染で、ちなみに家ははす向かい。

 身長は同年代の中では高めで、そういうところは男の子らしいと思うけれど、でもそれ以外は正直ぱっとしない。というか普通。

 私たちもそうだけど、別に部活に入っているわけでもないから運動が得意なわけでもないし、顔も特別かっこいいわけじゃない。

 ちょっと口が悪かったり、すぐ私たちのことからかってきたりするけれど、まぁでもいい奴って感じ。

 それに案外頼りになる時もあるってことは、小さい頃から知ってる。


 私たち三人は家が近いこともあって、産まれた時からいつも一緒にいる幼馴染で親友。

 小中高と学校は一緒だから登下校もほとんど一緒だし、今に至ってはクラスまで三人一緒。

 だから今日も例に漏れず一緒に下校して、こうして楽しい買い食い中。


「どうせ創は、透明になってえっちなことしたい、とか思てるんでしょ。これだから男の子は……」

「お、おい! 俺そんなこと言ってないだろ!?」

「えー創そんなこと考えてたの? 男の子ってこわーい」


 自分の肩を抱いて、戯けた口調で晴香に加勢する。

 そんな私たちを見て創は形勢の不利を感じたのか、ムッと口を歪めつつもそれ以上反論をしてこなかった。

 長い間三人でいるから、創は女子二人が結託したら口で勝てないことを知っているんだ。


 そんな創を見てまぁまぁとその腕を取り、反対の手で私の腕を取る晴香。

 晴香を中心に三人で繋がって腕を組む。


「で、アリスは何したい? 魔法が使えたら」

「えー、その話まだ続くの?」

「続くよー。私はアリスが魔法で何がしたいのか知りたいなー」


 そんなたわいもない、いつも通りの何気ない会話をしながら私たちは家への道を歩いた。

 魔法があったら何をしたいかなんて、いざ考えてみると案外思い浮かばなかったりする。

 漠然と、そういう不思議な力が使えたら面白いだろうなと思っても、じゃあ具体的に何をするかと言われると困る。


 それに私はそこまで、そういう不思議な力みたいなものに興味がないし。

 もちろん、あったらいいなぁ程度のことは思うけれど。私は友達と、晴香や創とこうやって楽しく過ごす日々に満足しているから。

 まぁ、何の取り柄もない自分の平凡さに、辟易する時もあるけれど。

 でも穏やかでつつがない日常こそが、友達と一緒に居られる日々こそが、私は一番幸せだと思うから。


 だからこの後、自分の元に魔法使いや魔女なんてものがやって来るなんて、想像もしなかった。

 こんなことなら、もう少し真剣に考えていた方が、もしかしたらよかったのかもしれない。




 ────────────




 私は一人学校に戻ってきていた。せっかく家の前まで帰ってきたのに。

 二人と別れて家に入ろうとしたところで、忘れ物に気づいてしまったのです。

 寄り道をしていたからもうすっかり暗くなってしまっていたけれど、仕方なく私は学校へと一人戻ることにした。


 別に明日でも良いじゃんと言われたらそれまでだし、わざわざ引き返して暗い学校に行くほどかと言われると、なんとも言い訳はしにくいのだけれど。

 でも家からそう遠いわけでもないし、取りに戻れるのならそうしてしまおうか。その程度の気持ちだった。


 幸い先生たちはまだ職員室にいるみたいで明かりがついているし、昇降口の鍵は開いていそう。

 季節柄、日が落ちるのがだいぶ早くなったから、辺りはもう既に真っ暗だけれど、時間はまだそんなに遅くはない。


 あまり音を立てないように、そっと忍び込もうと校門に手をかけた時。不意に背後から声を掛けられた。


「やっと見つけたぜ。ったく、煩わせやがって。もう十分だろ? そろそろお家に帰る時間だ」


 気怠そうな男の声が私に向けて飛んできた。

 聞き覚えのない声。それでもその言葉は、確かに私に向けて言われているように感じた。


 警備員さんかな?

 完全に不意を突かれた私は、思わず飛び上がりそうになるのをぐっとこらえて、恐る恐る振り返る。

 やっぱり夜の学校に忍び込もうとすれば怒られるのかな。こんなことなら裏門の方から入れば良かった。


「あぁーかったりぃ。なんで俺がこんな……」

「任務に文句言わない。それとも何? 他の誰かに任せて良かったわけ?」


 私の予想に反して、そこにいたのは警備員さんではなかった。

 警備員さんには似ても似つかない、黒いコートを身に纏った二人の男女。


 一人は煙草を緩く唇に咥えた、燃えるような赤い長髪が目立つ背の高い男。

 もう一人は、男と比べるととても低く見えるけれど、多分私と同じくらいの人。

 その人はフードをすっぽりと被っていて、どんな人かは見て取れないけれど、恐らく声からして女の人。


 あまりに異質な光景に、私は自然と後退りする。

 けれど校門が私の行く手を阻んで、結局私は校門に張り付くことしかできなかった。


 危険だと、私の直感が告げた。

 この状況は良くない。関わってはいけない。この場にいてはいけないと。

 これはどう考えても普通じゃない。普通であってはいけないって。


 この人たちは決して、私が夜の学校に忍び込むのを咎めに来た人たちじゃない。

 それだけは自信を持って言える。


 この人たちが何者なのかはわからないけれど、私に用があるのかもしれないけれど、でも私に用なんてないかもしれないし。

 関わり合いにならない方がいい。今すぐこの場を立ち去ることが最善の策だ。


「おい待てよ。一言もなしにどっか行っちまうなんて酷いじゃねぇーか。お前と俺らの仲だろ?」


 思うが早いか、急いで横抜けに走り去ろうと身動いだところで、また男に声を掛けられて思わず足が止まる。

 脚が竦んでしまって、まるで見えない力で地面に足を縫い付けられたみたいに、私はその場を動けなくなってしまった。


「…………」

「なんだよだんまりか────ホントに、何もわかんねぇんだな……」

「アンタの顔がおっかないからでしょ。怖がらせてどうすんの」


 溜息をつく赤毛の男を肘で小突いて、フードを被った女の人が一歩前に出てきた。

 相変わらず深く被ったフードで、その顔は見えない。


「さ、アリス。迎えに来たよ」

「────どうして、私の名前……」

「知ってるよ。私たちは知ってる。あなたのことを、ずっと前から」


 無意識に足が退がる。けれど校門が背中につくばかりで退がれはしなかった。

 私のことを知っている、私が知らないこの人たちは一体何者?

 出で立ちも言動も全てが怪しすぎて、言っていることが全くわからなかった。


「なぁ、やっぱりこれ俺たちの仕事じゃねぇって」

「いい加減腹をくくりなさい。私だって好き好んでこんなこと……でも、他の誰かにやらせるよりは百倍マシ」


 私の与り知らないところで会話が進んでいく。


「ったく仕方ねぇ。いいかアリス。お前は知らないかもしれないが、俺はあんまり気が長くねぇんだ。いちいちお前の返事なんか待ってらんねぇ。お前が大人しく付いて来ないってんなら……手荒くなるかもだぜ?」

「ちょっと! 出来るだけ穏便に────」

「なりふり構ってる余裕なんて、もうないだろ」

「それはそうだけど」


 赤毛の男は女の人を振り払って、さらにその一歩前に出た。


「抵抗するだけ無駄だぜ、アリス」


 瞬間、小さな爆発が男の足元で起きたかと思うと、まるでその勢いに乗ってるかのようなスピードで、私に向けて突進してきた。

 その両手にはどこから取り出したのか、真っ赤な刀身の双剣が握られている。


 まるで漫画やアニメのバトルシーンのような光景だった。

 けれどどんなに非常識的なことが目の前で起きていようと、対処しなければおしまいだ。

 考える余裕なんてなかったけれど、本能的に反射で横に跳んだ。


 間一髪、爆炎と共に剣が地面に打ち付けられる。

 付いて来いとか言ってたけど、これ完全に殺す気だよね。


「ちょ、ちょっと待って! 私、何が何だか……!」


 着地に失敗して尻餅をつきながら、ようやく出た声で叫んでみる。

 男はメラメラと燃える赤い双剣をだらんと垂らしながら、私を見下ろしてまた溜息をついた。


「お前の答えを待ってる余裕はねぇんだよ、アリス。悪く思うな。殺しはしねぇよ」


 燃える剣を私に向かって振り上げる。

 私の常識だと、剣を思いっきり振り下ろされたら死んでしまうと思うんだけど、この人たちの常識では違うのかな。


 何にしても逃げ切れない。

 普通の女子高生である私に、こんな猟奇的な人たちから逃げ切る手段はないし。

 それに加えて尻餅をついてしまった今、あの剣を避けることすらも難しそう。


「また後で会おうぜ。話はそん時、ゆっくりな」


 それは死後の話の世界での話ですか、なんて呑気な感想を思い浮かべながら、もう抗いようのない現実を受け入れようと男の振り下ろす剣を見つめていた、その時。


 男と私の間で爆発が起きた。

 規模こそさほど大きくないみたいだったけれど、その衝撃に私の身体は少し宙に浮いた。


 爆煙が立ち込める中に、一つの人影が浮かんだ。

 男と私の間に小柄な人影が一つ。


 セーラー服を着た女子高生が、大きく振り上げた足で男の剣を防いでいた。

 艶やかで長い黒髪をはためかせたその女子高生は、まるでヒーローみたいなタイミングで私を助けてくれたのだった。

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