再雇用契約

10話 再雇用契約


 幸運を。

 死にゆく貴方へ、死にゆく私より敬礼を。


 ♢♢♢



「『ターニップ』! 早く酒持ってこいや!」


 大男のダミ声が響く。

 もう既に酔っているのだろう、呂律すら若干回っていないきらいがある。


 目の前にどっかと座っていた酩酊状態のカイトに辟易し、立ち上がろうとした。

 だが、袖を掴まれる。

 『口裂け』カイトの目はこの上なく据わっており、そして名前の由来にもなっている裂けた口はだらしなく開かれていた。


「あぁ? どこに行こうとしてんだサトミ? おまえ、まさかあっちのオンナ達んところ行く気じゃねえだろーな?」

「いや、帰るつもりだった」

「おまえが帰ったらオレは誰にオレの活躍を自慢すればいーんだよ!?」


 なぜぼくでなければダメなのか。

 隣にいるコースケにでも話していれば良いと思うのだが。

 彼なら喜んで兄の話を聞いてくれるだろうに。


「くそ、女はみんなタニヤが集めてガードしてるしよ……」

「当たり前だ、色情狂」

「クソ! おい『ターニップ』、まだか!」

「うるせぇっ!!」


 怒鳴り返す声がカウンター側から聞こえ、背は低いものの、それなりにガタイの良い男がウェイター代わりにやって来る。

 最近新しく、『ターニップかぶ』と呼び名がつけられた彼。

 刈り上げ頭のそいつは、手に持ってきたグラスをテーブルに音を立てて置いた。


「うわ、飛び散っちまっただろーが!」

「急いで来たからこうなんだよ、ボケ!」

「あぁ!? わざとだろーがテメェ!!」


 激しく低俗な言い争いを繰り広げたのち、結局2人は掴み合いのケンカになった。

 巻き込まれてはたまらない。

 そのテーブルから席を立つ。


「あ、サトミさん! この後メシ来ますけど、サトミさんの分どうします?」


 刈り上げ頭のウェイターこと、サカガワがこちらに気付き訊いてくる。

 器用なことにカイトと掴み合いをしたまま、こちらに首だけ捻って向けていた。


「適当な場所に移っているから、気にしなくて大丈夫だ」

「了解っす!」

「あと、敬語は必要ない」

「了解っす! この飲んだくれのバカは任せてください!」


 聞くところによるとサカガワとぼくは同年代らしいのだが、彼が言うには、話す時にはなんとなく敬語になってしまうらしい。

 納得はできないが、少しサクラを彷彿とさせる発言だろうか。

 あるいはあの時に行った尋問が影響しているのか。

 そう聞いてしまうと多少の罪悪感があった。


 しかし彼がカイトを引き受けてくれるというので遠慮なく移動することにする。

 テーブル席ではなく、フロア中央のバーカウンターの方へと足を向けることにした。


「おいサカガワ、なんでオレは敬語になんねーんだよ! 先輩だろーがよ!!」

「先輩だぁ? 先輩ってのは、何かしらエラくて上にいる人間のこと言うんだよ!」

「んだとカブ野郎! おまえもういっぺん自分の名前の由来言ってみろ、クッソ大笑いしてやっから!」

「あぁ!? んだと口裂け野郎!?」

「カブで殴るぞ刈り上げぇ!!」


 そんな声を後ろに聞きつつ離れていく。

 あの場に巻き込まれているコースケが微妙に心配ではある。

 まあ、頃合いを見てタニヤが2人を殴ってくれるだろう。


「おや、サトミさん。席を離れてこられたのですか」

「カイトから逃げてきた」

「なるほど、英断でしたな」


 ぼく越しに奥の惨状を見てから、老人がにこやかに言う。

 彼が着ているバーテンダーを模した服はそれなりにさまになっており、服自体は彼の妻がつい最近縫ってくれた一張羅だと聞いた覚えがある。


 あり合わせの古びた既製服から手縫いし再縫製したらしいが、そういった電子機械に頼らない技術はこの現代でも重宝されるだろう。


「何か飲みますか?」

「酒は必要ない。水で構わない」

「それはさすがに申し訳ないですから、何か他の物を頼まれては?」

「……酒以外であれば、なんでも構わない」

「なるほど、もしや弱点を発見してしまいましたか」


 先ほどとは少し異なる種類の笑みを浮かべると、コスギは果汁を絞った飲料を渡してきた。

 飲んだだけでは何を使っているのか判らない。柑橘系だが、幾つかの種類が混ぜられていそうだ。


「ここはかなり手入れが行き届いていますね」

「タニヤが掃除を熱心にしている。タニヤにこき使われてサガイも掃除はしているが」

「このご時世に衛生に注意をはらう、素晴らしいことだと思います。調理場も清潔でとても使いやすい。……ひとつ不都合を挙げるとするならば、食料や飲料の保存が難しいということですかな」


 それは仕方ない。

 昔ながらの氷室などでも作れば良いのかもしれないが、そもそも氷の作りようがないのだ。

 『磁気嵐』以降はわずかに気温が上がっているらしく、この地域では元から年間を通して通して雪は降りづらかったが、さらにその頻度が減っているという理由もある。


「風通しの良い高い位置に保存できるものは保存し、傷みやすいものは早めに消費する。現状それぐらいでしょう」

「食料保存に関する詳しい手法を書いた本や、使えそうな材料を手に入れたら、持ってこよう」

「それは非常に助かります。ザワークラウトなど、お酒には合うという方が居るかもしれません」


 砂糖漬けや塩漬けならまだ作れるだろうが、そこまで大量の調味料を使い込むのはコストがかさんでしまう。

 かと言って、燻製や漬物を大量に作成・保存しておくとなると多少の知識が必要になると考えられる。


 このサガイのビルでも、タニヤは燻製までは作っていなかったはずだ。

 数を作れるなら、焚き木の消費を検討しても良いかもしれない。廃屋の木材を燻すのに使うのはさすがにまずいだろうか?


「『廃品回収スカベンジャー』であれば、そういったこともすんなりとできてしまうのですね」

「そんな事はない。『図書館ライブラリ』に機材や情報を売ってもらった方が早い場合もあるし、『農家アグリ』の人間から昔ながらのやり方を聞けるケースもある」

「それでも、ケースと呼べるほどに選択肢があるだけでも恵まれているように思えます。……と言ってしまうと、少し『廃品回収』としての自覚に欠けているようにも思えますがね」


 まあ、最初のうちは仕方がない。

 いずれこの環境に慣れてもらうしかないだろう。


「あの日から、早くも2週間ですか」


 結局コスギ達、ぼくが調査を行なった『農家』団体のうち2名を除く残りの24人は、全員がこのサガイの『廃品回収』へと吸収された。


 除かれた2人は『フォース』の内通者だった者だ。1人は逃げ出し、もう1人は火事で焼け死んだことになっている。

 実際は2週間前のあの日、ぼくとは別行動を取って外のプラント側に行っていたススキによって内通者が露見し、同行していたサガイとタニヤが幾らかの尋問を行なってから燃えるプラントの中に放置したというだけなのだが。


 前日に捕縛したのち、このビルに運びこんでから説得しておいたサカガワにもその時に一緒について行ってもらい、向こう側の懐柔と道案内を頼んでいた。


 サクラから聞いた限りでは、コスギ達は全員、違法栽培の露見と処分を恐れて自死を図ったというのが『軍』の見解になっているようだ。

 尻尾切りと言うべきか、臭い物に蓋をしたと言うべきか。


 そうして本来は10人も居なかったサガイ以下『廃品回収』メンバーは今、一気に30人を超える大所帯となっていた。


 しかし、それはただ頭数を数えたらの話であり、実際には元『農家』の彼らの中には、『廃品回収』として活動するのに適していない人も多くいる。

 いや、実を言えば適していない人間のほうが多いぐらいだ。


 サカガワを筆頭とする、体力の有り余っているような男達は、多少サガイらに鍛えてもらって実戦投入。というより、もうわりと前線に出ている。


 コスギの息子や一部の女達など、他に今後適性のありそうな者は、このサガイの拠点やその近辺でできる危険度の低い仕事、例えば回収した物資の運搬などを処理してもらうことになる。


 歳をとっているコスギや、あまり外での仕事に向いていない者は、それでも最低限は荒事に対処できるよう鍛えつつ拠点管理の仕事を行ってもらっている。将来的には、闇市での販売者としても動けるようになってもらう必要があるだろう。


 それらの分類が終わったのち、残るのは4人ほど。つまりは、年端のいかない子ども達だ。

 現時点で『廃品回収』として外の死地に送るわけにもいかず、しかし内部で仕事をするにもまだ知識が足りない。かと言って現状、少年兵として用いるほど人的リソースに困っているわけでもない。

 当初は扱いに困ったのは否定できないが、どうにか今の形に落ち着いた。

 この雑居ビルを居住地とする、今の形に。


「しかしまさか、ここでは酒が手に入るとは。大変驚きました」

「少量だがタニヤが趣味の一環で作っている。流通させるような量も無いので、ほとんどは内輪用らしい」

「その原料は……ああ、だから私どもの栽培場所にも検討がついたのですか」

「あー! サトミがじじとお酒のんでる!」

「うわ、ずりー! のませろサトミ!」


 何が面白いのか、奥のテーブルからこちらを目ざとく見つけた2人ほどが、大騒ぎしながら駆け寄ってきた。

 ミレイとケントだ。


 ビルの2階にあるこの居酒屋を改装した部屋は、中央のカウンターがテーブル席に囲まれている都合上、どうしてもカウンター席が目立ってしまう。

 少し失敗したかもしれない。


「こら、ケント。人の物をとっちゃダメだろう? それにアルコールはまだ早い」


 ちぇっ、と舌打ちによるなんとも判りやすい反応をコスギ老に対して返してから、ケントは隣の席によじ登った。

 さらにその隣にはミレイが座っている。


 そして、何かを期待するような目でこちらを、詳しく言えばぼくの手元あたりを見てくる。


「コスギ、2人にも同じ物を作るのは構わないだろう」


 なにせ今日はサガイいわく、祝いの席らしいのだから。

 別に冠婚葬祭などではなく、むしろもっと物欲に満ちた『廃品回収』らしい理由だが。


「うめー! 何これ、ミカン?」

「ちがうよ、いよかんとか、ポンカンとかだよ!」

「そんなこと言って、ミレイも分かんないんだろー!」


 隣に並んだ子達にも飲料が与えられ、2人があれこれ話しているのを聞く。


「サトミー! サトミはなんだと思うの?」

「ずりー、サトミにきくのは反則だろ!」


 2週間前のあれこれで彼らにはかなり嫌われたものと思っていたが、実際こうして彼らはこちらに普通に話してくる。

 いや、むしろ懐かれてしまった気配すらある。


 どういうことなのか本人らにこの前それとなく訊いたところ、あまりよく判らない答えが返ってきた覚えがある。


「あぁーー! サトミずるいぞ! マスター、私にも同じのを頼もーう!」


 そのあまりよく判らない答えの中にツンデレなどという単語が入っていたのは、まず間違いなくこいつのせいだろう。


「おいしい! ……おい、なんでサトミはもっとおいしそうに飲まないんだ。ほら飲むんだ、ああっ? 私の酌が受け取れないってのかぁ!?」

「ススキ、まさか酔ってるのか」


 唐突に隣の席にやってきた自称天使は、ノンアルコールの飲料で真っ赤な顔になり呂律が回らなくなっていた。

 しかも一口で。


 もしくは、既に先程までの席で酒を飲んでしまったのか。

 誰だ飲ませたのは。

 こいつはぼくか、あるいはぼく以上にアルコールへの耐性が低いというのに。


 上機嫌に頭をぐらぐらと揺らしながらケタケタ笑うそいつを見て、対照的にこちらは惨憺たる気分になるのを感じる


「ははひゃは、天使が酔うわけないだろー?」

「うわ、ススキせんせー顔まっかじゃん!」

「酔って、なーいっ! そうだろー、サトミー? うへ、うへへへっ……」


 近寄ってくる金髪頭を押さえ、反対側に押し戻す。


 こんなやつで大丈夫なのかという懸念は大きいが、こいつはあの後にこの拠点で預かった子ども達の教育係に名乗り出て、そしてまんまとこうして居座ってしまった。

 まあ、特に『図書館』を辞めるつもりはないようで、そちらの仕事は同時並行で進めるらしい。

 今回の一件でこいつも思うところがあったようだ。


 結果的にサガイとタニヤくらいしか正体を知らなかったこの恥ずべき同居人が『廃品回収』どもにソラも含めて存在が露見してしまい、若干の騒動になったのが大体10日前ほどのこと。その時は主にカイトのアホがなにやら騒いでいた。


 それからなんだかんだでススキはすんなりと受け入れられてしまい、しかも男女問わず人気があるのが理不尽だと個人的には思っている。

 『廃品回収』の変人達から普通の元『農家』の子ども達にまで、軒並み好評価である理由が未だに判らない。


「うー、なんだこれぇ、サトミが3人ぐらいに分身して見えるー……。そうか、ここが天国なのか?」

「ススキ、それはグラスの反射だ」


 空になったガラスのコップを撫でまわしているエセ教師を担ぎ上げる。

 着ている白衣のすそが大きく広がり、背負った時に非常に邪魔くさかった。


「おや、どちらに行かれるのですか?」

「ススキを家に置いてくる。すぐに戻る」


 カイトを含む『廃品回収』どもはもうその狂人の度合いがコスギ達にも認知されつつあるが、仮にも教育係を名乗るこいつまで子どもの前で醜態を晒させるわけにはいかないだろう。


「やだ! 帰りたくない! 私はこうして背負われたままここにいるんだ! いけーぇ、サトミロボ!!」

「うるさい」


 誰がロボだ。


 わめくススキに後頭部を当てて静かにさせ、笑っていたケントとミレイを元いた場所に戻るよう促す。

 もごもごと後ろから何か話しているようだが、ただこちらの頭がむず痒くなるだけだった。


 それらを終えてホールから出ようとすると、入り口に歩いてくる影があった。

 すぐに麦わら帽子の頭がぼくの横に並ぶ。


「ソラまで一緒に帰る必要はない。すぐに戻る」

「もんだいない。いく」

「そうか、判った」


 すると、見送りだと言ってコスギ老もカウンターを離れて一階へ降りてきた。


 幾らかの包みを手渡される。


「お土産と言っていいものか判りませんが、どうぞ」

「助かる」


 中身はあの場で出す予定の料理が入っているようだ。

 海産物の煮付けや野菜の大蒜にんにく炒めなど、手に入れようとすると中々に高くつく生鮮食品を用いた品々。

 賞味期限の切れた保存食を混じえないという点でも、あのタニヤにしては相当に奮発したことが窺えるそれ。


 会の途中で1人だけ離脱させられれば、どうせススキのことだ。後で起きたときに猛烈にふてくされるであろうことは想像に難くなかった。

 これがあれば、もう背中で寝息をたてているこいつの機嫌も多少はマシになるだろう。


「こうしてあなた方と向かい合うと、あの時のことを思い出しますな」

「てんしさまも、いる」

「そうですね、あの時ススキさんは別行動をされていたのでしたか」


 外部プラント側に居た人員に関しては、ススキ達に説得を任せきりにしてしまった。

 ただ、そちらに潜伏して居た内通者も発見できていることから、やはりススキに任せて正解だったのだろう。

 最後の最後でこいつまで荒事に巻き込んでしまったのは、まあ申し訳なく思わないこともなかった。


「それの続きというわけではないのですが、私からもまた質問を返していいでしょうか?」


 バーテンダー姿の老人が、居住まいを正す。


「あの時なぜ、最後まで『フォース』と勘違いされるような言動を取っていたのですか?」

「……内通者に不用意にこちらの正体が露見することを避けるためだった。前日に協力を得たサカガワの証言からも、あの『農家』達の中に監視役がいるのは明白だった」


 さらに言えば、コスギと監視役とが秘密裏に結びついている可能性も考えられた。

 一連の会話は、それをあぶり出すために必要な作業だったと言える。


「なるほど。最初から、そこまで把握をなさっていて……」


 ならば最後の質問を、とコスギが言った。

 訊き方からして、どこまでもあの時の問答に形式をなぞらえたいらしい。律儀な性格をしているのだろう。


「……ではなぜ、私どもを助けたのですか? 自火した者達に説得を続けるなど、こちらが言うのもどうかとは思いますが、かなりリスクの高い行動だったでしょう」

「それは」


 理由の1つは、彼らをこのサガイ拠点に迎えた時の説明に使っていた。

 ここの『廃品回収』は人手不足気味であり、今後を考えるとさらに人員が必要になるということ。

 『軍』の統治から見放された元『農家』など、格好の勧誘対象だった。


 しかし、これでは自分があの火の中で足を止めていた理由としてはふさわしくないように思われる。

 確かに、自身の生存を優先するならぼくは離脱するべきだっただろう。自分でも合理性に欠ける行動だった。

 そうなると、理由は。


「理由は、判らない」

「判らない、ですか」

「ただ自分は、相手が生きたいのか死にたいのか、それをはっきりさせてから終わらせようと思った。それは覚えている」


 コスギは誰かのために死のうとして、最後は誰かのために生きたいと言った。

 そうなると、彼をあんな火事程度で終わらせる理由があの時点でなくなったのだ。


 それでも今は、半分強制的な流れで彼らは『廃品回収』になってしまった。

 彼らも、そして彼らの家族も含めて。


 『廃品回収』では生き死にのやり取りは日常茶飯事であり、あの時は死ななかったとは言え、コスギの採った決断はただの死の先延ばしに過ぎないのかもしれない。


 それを今また、彼に端的に説明しておく。

 今さら引き下がれない彼らだから言えることであり、卑怯な言い方であるのも自覚している。


 聞いたコスギは、なぜか皺の寄った笑みを一層深めていた。

 そして彼が自分から始めた問答を、こう締めた。


「私どもはあの時に一度死んだ身だ。今後は『廃品回収』として、どうぞこき使ってやってください」



 ♢♢♢



 ソラと並び、アパートへの道を歩く。


「ぐぬー……うみゅむむ……」

「てんしさま、うなってる」

「これはただの寝息だ」


 通りの雑多な騒音より、なによりも背負っているススキがやかましかった。

 発生源が耳に近いから仕方ないのかも知れないが、それでもうるさいことには変わりがない。


 しばらく黙って歩いていると、ソラがぽつりと言った。

 麦わら帽子越しの晴れた昼の青空に目を細め、広がる極光オーロラを眺めたかと思うとまた視線を地面に落とす。


「きょうはあさ、けいさんをならってた」

「計算か。買い出しの時に役に立つな」


 昔の学校であったような算数ではなく、計算。

 『集合体』での実用性のみを第一に考えているようで、なんともそれらしい言い方ではある。


「……ほかのこのほうが、やくにたつ」


 意味を捉え損ね、一瞬考えてしまう。

 つまりは拠点にいる他の4人の子の方が計算が早かったため自分は負けてしまったと、そういった意味合いだろうか。


 あの事があった後も、ソラはケントとミレイとはそれなりに仲良くやっている。さらに2人ほど子どもが増えはしたものの、ソラも歳が近ければ接触への恐怖心も少ないらしく、それなりに皆とは打ち解けているようだ。

 ただそうなると、今度は対抗心というものが生まれてくるらしい。


「ソラはまだ始めたばかりだ。これまでの学ぶ速さを見る限り、何においてもすぐに彼らに追いつけるだろう」

「ほんとう? …………やくにたつ?」


 眼帯をしていない方の目がこちらを無感情に見つめる。

 いや、表に出さないだけで内心は多くの物事を考えているのだろう。


「本当だ」

「サトミは?」


 こちらが比較対象に挙がってしまった。

 そうは言っても、ぼくも大したことはない。


「ソラが望めば、恐らくすぐにでも追い抜かせる。ススキ程度となると、またさらに努力が必要になるが。そこまで到達すれば、『図書館』へ就くことも可能になるだろう」


 この子は要領がとても良いので、すぐにでもその域に達してしまうかも知れない。


 2週間前のあの日にも見せた、迅速で躊躇のない行動力と状況判断の冷静さ。

 少なくとも、8歳であの動きが即座に取れる子どもは『集合体』でも稀な存在だろう。

 『図書館』への適性は充分にある。


「『としょかん』」


 ソラはソラで、じっと何かを考えているようだった。


 しばらくの間、麦わら帽を押さえて空を眺めていたその子は、やがてぽつりと言った。


「きょうの」

「今日の?」

「きょうの、おいわい」

「お祝いか。まあ間違ってはいない」


 今日よりぼく達は、第2拠点の建設を行うことになった。


 場所は『集合体』の外。

 建設の理由は、そこを橋頭堡としてさらに遠方の物資を回収するため。


 他の『廃品回収』の管轄と重ならない位置に、一つ条件の良さそうな場所があった。

 そこを拠点として機能するように改築を行なっていく予定だ。

 そして新しく加わった人材も投入し、いずれは2つの拠点を繋ぎ廃品回収の作業を進められるように確立させる。


 今日の昼過ぎからは、それの祝賀会のようなことをやっていた。

 いつもは相当な吝嗇家であるタニヤですら開催に賛成していたのだから、その喜びようが窺える。


 一応この内容は、祝いに参加していたソラにも既に話していた。


「サトミも、けんちく?」

「ああ。しばらくは第2拠点の整備や、周辺の制圧に忙しくなるだろう」

「……わかった」


 そのあたりはさすがに、入ったばかりの元『農家』を総出で行かせるというわけにはいかない。

 彼らを『略奪者レイダー』がまだ多く点在する遠方に出すには、どうしてもリスクが大きい。


 だから『フック』サガイや『口裂け』カイト、そして今日はまだ拠点に来ていなかった他のメンバーをメインにして第2拠点で動いていく手はずになっている。


「しばらくとは言え、2週間ほどで終わる予定になっている」

「じゅうよんにち」

「そうだ。その間はススキの面倒を見ておいてくれ」


 本当は、元『農家』の彼らも参加したいと名乗りを上げていたらしい。

 もちろんそんな主張を認めるわけにはいかないので、彼らには安全が確認されたルートを利用した拠点間の物資の運搬のみを受け持ってもらうことになっている。


「わかった。みておく」

「頼んだ」

「わかった。…………サトミは」


 そこまで聞いてから、タイミング悪く起きてしまったススキがまたなにやら騒ぎだし、ソラの言葉はかき消されてしまった。

 そしてその日は、それきり同じ内容は話題にのぼらなかった。


 いずれ、ソラが何を言おうとしたのか聞ける機会は来るのだろうか。

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