アノニマス・データ 2


 次の日の早朝、つまり調査開始から5日目、ぼくはとある公道の裏手側にある公園に来ていた。

 サクラの調査結果を聞くためだ。


 集合場所は本当に毎回バラバラで、朽ちた映画館であったり、レストランの廃虚であったり、こういった公園であったりする。

 この前の特別留置所は例外だ。

 場所を選定しているのはあいつの方だが、毎回どういう理由で選んでいるのだろうか。

 『フォース』の他の人間に見つかりづらいといえばそうだが、それにしてももう少し場所に法則性があってもいいように思う。


「センパーイ! こっちですよっ!」

「すまない、遅れた」


 手をぶんぶん振る私服のサクラの元へ向かう。

 錆びついたすべり台に乗っていたそいつは、周りを小さい子達に囲まれていた。


「ほれー、お姉ちゃんはあの人とお話があるから、他のところで遊んでて!」


 手で追いやられ、子ども達がわっと去っていく。

 元々どこかに行く予定だったのか、公園から走り去っていってしまった。

 1人残ったサクラに近寄る。


「今の子ども達は?」

「もう少ししたら『農家アグリ』の仕事があるらしいんですけど、この時間は遊びの時間だって言ってました」

「『農家』の子か」


 かなり幼い年齢ばかりのように見えたのはそのせいか。

 あれくらいより上の年齢になると、もう朝早くから仕事に駆り出されるようになるのが通例だ。

 この『集合体コミュニティ』の『農家』への課税はそれだけ厳しいことを意味している。


「なんか、あの中の女の子が1人、味が判らないって周りからからかわれてたんですよっ!」


 んべっ、とサクラが舌を出してそれを指差して見せる。


 あの年齢は全て『災害後の子どもたちアフターマス・チルドレン』に区分けさせるだろう。


 末端部分の温痛覚の変調や味覚障害などの一部の感覚障害は、産まれた子どもが先天的に持つ変化の中でもそれなりに一般的に知られているものだった。


「それで私が、コラッ、って間に入っていろいろ話してたら、なんか懐かれちゃいました」

「何分前からここにいたんだ?」

「……あっ、そ、そんなに早くからは来てないっすからね!?」


 これでもギリギリ遅刻くらいの時間で来たつもりだ。

 まあ、『軍』用に取り繕っていないサクラは子どもに好かれそうな性格をしているから、こういうこともあるのかも知れない。


「判った。ただ、それを抜きにしても『軍』の仕事もあっただろう。こちらに都合に合わせてもらってすまないと思っている」

「『軍』は今は防衛任務もない時期なので、多少余裕ならありますよっ! でも、センパイが遅れるなんて珍しいですねえ」

「昨夜に少し作業があった。今朝も後処理に向かい、こちらへそのまま来た」

「それなら、朝ご飯は?」

「食べていない」


 なるほど! と言ってサクラが少し日焼けした両手をぽんと叩く。

 背中とすべり台の間から、布包みのようなものを取り出した。


「ならば、ここに丁度良いものがあるのですが!」

「丁度良いもの?」

「朝ごはんです!」


 力強く渡されて開けると、中には乾燥させた植物の葉に包まれた何かがあった。

 乾燥させた植物、と聞くと今現在取り扱っている別の物を思い出しそうになるが、これはもっと平和な物だ。

 大きめの葉の間から僅かに、白い粒が見えた。


「笹の葉、米を包んでいるのか」

「正解です! お給料でお米を買ってみたので、お握りにしてみましたよっ!」


 米、お握り。

 久しぶりに見た気がする。

 買おうとしても流通量が充分ではなく、あまり積極的には買えない高級品だ。

 同じデンプン質であるジャガイモの方がこの辺りの区域でもよく育つし、普及している。


 サクラが言うには、笹の葉は米を買った店で商品として並べられていた、とのことだった。

 昔なら包むのに使っていたようなサランラップも、もう外から回収した物品に頼るしかない時代だ。その店はなかなかいい商売根性をしていると思う。


「店に並んでるの見たら無性に食べなくなって買っちゃったんですけど、むしろ1人で食べるにはもったいなくて……」

「それをぼくが貰っていいのか」

「もちろんですっ! お鍋で炊いてみましたっ! 数はあるし冷めてもイケるので、食べざかりのソーラちゃんにもあげてください! ……あと、ススちゃんにも!」


 微妙にソラとススキの間に空白があったな。


「助かる。ぼくもススキも米など買わないから、ソーラにあげて感想を聞いておこう」

「え、えーっと、センパイも食べてくださいよ?」

「もちろん食べるが」


 それなら良いんです、と言われる。

 そこまで栄養の足りていなさそうな様子に見えていたのだろうか。

 ぼくよりもソラのほうがよっぽど栄養失調ぎみであると思うのだが。


 いや、そろそろ本題に入らなければ。


「サクラ、そろそろ調査の報告を聞かせてほしい」

「はいっ! いやコレ、かなりヘンでしたよ?」

「変、とは?」


 まず最初に言われたのはその言葉だった。


 握り飯の下にしまわれていた紙を取り出すと、そこにはサクラの自筆と思われる文書と、もう一枚の小さな紙が入っていた。


 どちらも手書きなことには変わりない。

 ワープロなどという電子機器がほぼ機能していないこの時代、文書主義はコンピュータ発明以前の状態に退行してしまっている。

 もちろん原始的な手動タイプライターを複数作るだけの生産力も残っておらず、今の主流はもっぱら手書きだ。


「私の担当が西側なんで、外の『略奪者レイダー』が内部の情報をウソかホントか話していたためにそれの事実確認をしたい、なんて適当なことを言って資料室に忍び込んできましたっ」


 そして、サクラが見つけた内部の資料を写したものがこの2枚の書類であるとのことだった。

 だいぶギリギリまで踏み込んで調べてくれていたようだ。


 しかし、その内容は。


「なぜ、ぼくの情報が載っているんだ」

「しかもそれ、センパイが調査に行ってから少なくとも3日目の情報まで書いてあるんですよ!!」


 違法薬物生産元の規制、と書かれたサクラの丸い筆跡の文字は、警備部にあった資料の丸写しだった。

 その中には、ぼくのことが挙げられていた。


「『図書館ライブラリ』に期間にして1週間の監査を依頼。後日、『図書館』から研究員の代理を名乗る職員が調査を開始。研究員代理は該当『農家アグリ』団体代表のコスギの聴取と団体の畑面積の測量を行なった……」


 ソラの名前こそ出ていないものの、ぼくの偽名はおろか西プラントでの調査行動までが大まかに記載されていた。

 初日から3日目の行動までが、正確に。

 どういうことだ、これは。


「センパイ、もうススちゃんが調書を出しちゃったとかは?」

「それはあり得ない。ススキとは、7日目まで『軍』への連絡に猶予を設けるよう取り決めていた」


 そして、他の『図書館』職員が来たという話も聞かなかった。

 ならば可能性は2つに絞られる。


 1つは、『軍』側がぼく達と同じタイミングで捜査を開始していた可能性。

 しかし、このサクラ手書きの写しを見る限り、そうではなさそうだ。


「理由が読めない。なぜ、コスギのプラントの状況が過去から長期間に渡り『軍』に報告されている?」


 コスギは、ぼくの突然の調査に対して驚き、そして通常の時期とはずれているという旨の発言をしていた。

 その反応は当然だ。

 『図書館』の『農家』に対する統計調査・生産高調査は、年に一度行われるのみなのだから。

 『軍』は基本的には『農家』へ直接圧をかけることはなく、『図書館』調べの生産高に応じた税を課すだけだ。それしか行わない。表向きは、だが。


 しかしフタを開けてみれば、『軍』はこうして間を空けず短いスパンで情報を集めていた。


 コスギの栽培プラントは既になんらかの手法で『軍』に常時監視されていたと考えて間違いない。


 そうなると第2の可能性が生じる。

 コスギの『農家』団体の内部に、『軍』との内通者がいた可能性。

 充分にあり得る可能性だ。

 『農家』への統制と危険分子の未然の排除を目的としてスパイを送る。あるいは作る。『軍』ならやりかねない。


 ならば、こちらの1週間の調査についても全て把握しようとしているのか。

 最終的に内部や『軍』ではなく、『図書館』からの報告があったという形にできればなんでも良いということだろうか。


「明後日にこちらが調査を終え、報告した段階ですぐにでも『軍』は強制的な捜査に踏み込めるようになるということか」

「それが、言い辛いんですけど……」


 サクラが歯切れ悪くそう言って、もう一枚の紙を見るように伝えてくる。


 2枚目の写しには、『軍』の警備部と治安維持局の合同での強制捜査について、などと記されていた。


 その内容を見る。


 対象は『農家』コスギの管理するプラント全体。

 目的は違法薬物栽培の回収と対象『農家』全員の摘発。


 開始時刻は、明日の午後になっていた。

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