2章 雇用契約
略奪者 1
見分けかたは単純で、死んだヤツが悪人だ。
♢♢♢
足元は何かを細かく砕くような音を立て、僅かに身体が沈む。
ここも地面の凹凸が荒くなっている。もしかすると周囲でコンクリートを割って生えてきた植物が地下で根を張りつつあるのかもしれない。
この辺りは数年前まで多発していた局所地震と地盤沈下の影響で、他の区域と比較してもより建造物やアスファルトの地面の損壊が酷いとされている。
内部に侵入して探索しようにも、そもそも崩壊している建物は論外だ。
なんとも『
電線が絡みつくようにして軒先に垂れた建物に入る。
2階建ての一軒家だ。
比較的原型を保っている家の1つ。
ドアは壊されていて、傾いた電信柱がここの2階に刺さっていたが、それでも建物全体が今すぐ倒壊するといったことはないだろう。
しかし中に入ってから若干後悔した。
これはいわゆる、外れだ。
2階の床が陥没して、1階を埋め尽くしているのはまだ構わない。
ガラスや腐った木片が飛び散っている事も特に苦にならない。
こうして荒れた床面を歩けるよう、ぼく達は硬質なブーツを履いて来ているのだから。
問題は、そこに焚き火の跡があったことだ。
飛びのき、入り口の外に退避する。
ドアのあった場所の陰に隠れたのと同時、建物の中からこぶし大程のサイズの石が跳ねてきた。
ひび割れたコンクリートがガチッと鳴らされる。
当たれば腕なら骨折、頭なら致命傷になっていたかもしれない威力。
チッ、と建物内からかすかに舌打ちの音が聞こえた。
加えて、こちらへの悪態とも中の味方への叱責ともつかない、小声の会話が耳に届く。
室内から見えない位置に潜んだまま周りを見回すと、褐色に焼けた大男が遠くからこちらに走ってくる。
『フック』のサガイだ。
こちらの状況を察したのか、余計な言葉を話すこともなく走り寄ってきている。
事前に決められていたハンドサインで、敵がいるとだけ合図を送った。
それ以上の情報は今はまだない。
サガイが来るまでの間にぼくは、縁の欠けてすすけた手鏡を取り出し、室内を反射して確認した。
視界に入ったのは、3人ほどの男女。
『
中央が大きく抜けた床のせいで2階までが吹き抜けとなっているが、その2階からこちらを見下ろして武器を構えている。
武器は細い鉄パイプや木材を組み合わせて作ったらしい弓を持っているのが2人、ブルーのビニールシートを輪のように束ねて持っているのが1人。
それぞれ、コンポジット・ボウと投石スリングを模した武器だと推測できる。
そんな武器を持った彼らは2階にテーブルやタンスで身を隠し、掩蔽しながらこちらに射撃を行ってきた。
ぼくが手を引き戻すと、直前まで鏡があった場所の近くに矢が当たり、地面で跳ねて転がる。
角材を削って作ったであろうそれは、あまり貫通力は高くないようだ。生身で食らって試す勇気はないが。
すぐ隣にサガイがしゃがみ込んだ。
「少なくとも3人。スリング1、弓2で武装」
銃はないだろう。あれば最初に撃っているはずだ。
さらに小声で相手の位置取りを伝えると、サガイは頷いた。
どうする、と呟いた彼は、自分の背中に手を回す。
走ってきたサガイが一呼吸置く間に、考える。
相手の人数は3人以上ではあるが、この家屋の大きさから推測すると多くても5〜6人程度の少数グループであると思われる。
あそこまで入念に陣地を築いているということはここが彼らの拠点である可能性が高く、人数がもっと多いのならば別の建物に住もうとするだろう。
現在はこちらが遠距離武器を持つ相手の建物の前で張っている格好だが、時間次第で相手が移動しないとも限らない。
いや、遠距離の威力不足からいって、いずれ相手は近接武器で挑んでくるのではないだろうか。
遠距離で相手を釘付けにしつつの別働隊による近接戦、もしくはこちらが痺れを切らして突入した所を反撃、狙いはその辺りだと思われる。
いずれにしろ、他のこちらの増援を待つ猶予はない。
「サガイ、入り口で陽動を頼めるか?」
「おう!」
そして自分の取るべき行動をサガイに伝えてから、すぐにお互い動きだした。
サガイはおもむろに立ち上がり、家の玄関に立ち塞がる。
そして仁王立ちで叫んだ。
「おめえら、ウチのをやりやがったなァ!! 覚悟しとけェ!!」
正面の建物が揺れたかと思うほどの大音声。
それに対する返答は、一瞬遅れて飛んできた石片と矢だった。
遅れたのは、サガイの突拍子もない行動に怯んでしまったためか。
放たれた矢と石は、それでもサガイに向かって正確に飛んできたようだ。
だが、途中で弾かれた。
玄関の大男が、背負っていた盾を自分の前に設置したからだ。
「おらっ、こっちからも行くぞ!」
置いたのは、大型自動車のドア。
鉄板代わりの廃材で何枚にも拡張して補強し、縁をゴムで覆ったそれはサガイの愛用品だ。
ドアだった物の窓のところは多少の隙間を残しており、即席の銃眼付き防壁として利用できる。
それを自前の義手に仕込んだ鉤爪に引っ掛けて構え、逆に自前のボウガンで狙撃し返すのが『フック』サガイの好むやり方だった。
ドアによって建物の入り口を完全に塞がれた『略奪者』は、サガイの射撃によって反撃を受けることになった。
だが、下からでは射撃は命中し辛いだろう。
体制を立て直される前に、ぼくも動くことにした。
いや、既に動いている。
やっていることと言えば、ただ傾いた電信柱を登っただけだ。
家に刺さっていたそれを登りきれば、そこには瓦の剥げた屋根があり、手持ちのナイフを口に咥えながら屋根を伝って奥に這うように進んでいく。
好都合なことに屋根には屋外窓が空いていて、階下に向かって必死の様相で射撃している彼らの姿が筒抜けになっていた。
入り口で陽動を請け負ってくれたサガイのおかげで、不用心にも他の方向に一切の注意が向いていない。
攻撃している3人の後方に1人か控えており、人数は4人だと判明。概ね予想の範疇だろうか。
頭こそ覆われていないが、身体や腕は解体したハンガーや電線らしきワイヤーを幾重にも巻き付けていた。装甲のつもりなのだろう。
確かにあれなら刃物類で斬りつけられても身体を多少は保護できるだろうが、脱ぐのが大変そうだとも思う。
控えの若い1人は武器を手に持っておらず、代わりに液体の入ったポリバケツを持っていた。
全員足元や腰にナイフ等を準備しているが、あいつはきっと遠距離武器を持っているメンバーのフォロー役だろう。
情報も集まったので、降りることにした。
窓から中に滑り込んで、射撃する彼らの背後に降り立つ。
ナイフを手に取り、その後ろで控えていたバケツの1人の首を突いた。
電線の間を縫うように差し込んだため深く刺さり、物音に気付いて振り向きかけたそいつは力なく崩れ落ちた。
すぐには抜けそうもないナイフと共に放置。
手近な位置にしゃがみ込んでいる1人に歩み寄り、足元に置いてあった柳刃包丁を拾って背中に突き立てる。
「ぎっ、げっ」
叫ぼうとして、溢れ出す血液に喉を塞がれたのだろう。
背中に刺した包丁を鍵のように捻ると、彼らの防具のワイヤーがみちりと音を立てて隙間を開いた。
そいつは弓を取り落とし、前のめりに1階へと落ちていく。
包丁はぼくの手に残った。
刃先が欠けている可能性はあるが、そもそも血にまみれたそれは刃の部分すら見えなくなっている。そして、血と脂でぬめって刺さるかも怪しい。
捨てておく。
「な……ぁっ!?」
「ひっ!?」
残った2人が近くの異常に気付く。
揃ってこちらに振り向き、慌てて立ち上がろうとしていた。
少なくとも成人はしているであろう男女が1人ずつ。
どちらが厄介かと言われれば、スリングを持っている男の方だと考えられる。
理由は単純で、石を巻いたそれは振り回されればブラックジャックのような鈍器としての働きをするため、接近時に殴られると致命傷になりかねないからだ。
女の持っている、射撃後の弓などは脅威にならない。
不用意に振り向いた弓持ちを体当たりのようにして強く押しのけ、そいつの足元のナイフを奪ったのち、スリングの男に走り寄った勢いのままに突き立てる。
握ってないほうの手は柄尻を押し込むのに用い、みぞおちの辺りに柄の近くまで深く差し込んだ。
「い、ぎ」
男が崩れ落ち、バリケードとして使っていたテーブルになだれかかる。
後ろを振り向くと、残った1人が階下に落ちていくところだった。
押された際に足元がもつれて転びでもしたのだろう。
「相変わらずいい動きするなぁ、サトミ!」
階下に降りると、そんな声が聞こえた。
矢や石で表面が所々ヘコんだ盾を放り捨て、サガイが近寄ってくる。
「サガイ、そこにトラップがある」
「うわ、あぶねっ!」
慌てて飛びのくサガイの数歩前には、うっすらとピアノ線が張ってあるのが見えた。
上の1人が持っていたバケツの中身は油で、階下に来た人間を焼き殺す狙いがあったことが窺える。
室内に立て籠もっていた彼らだ、そういう戦法を取ることは予想できた。
「最後落ちてきたのはこの娘さんか? ……あー、ダメだ。首やっちまってら」
なにやら拝むサガイは別に構わないが、今は他にもすべきことがあった。
「サトミは拝まんのか?」
「拝むよりも物資の回収が優先だ。万が一騒ぎを聞きつけてこの区域にいる他の略奪者(レイダー)集団が来るとまずい」
「不信心なやっちゃなあ」
そうは言われても、撤収が遅れて囲まれでもしたら、次に拝まれるのはぼく達だ。
それに、殺した人間が血まみれの手で拝んだところで誰の慰めになるわけでもない。
ぼく達は途中でやって来た他の仲間にも手伝ってもらい、4人が貯め込んでいた物資を『
その帰りの道すがら。
荷車を使って運んでいる大量の物資を見ながらぼくは、回収と略奪にどう違いがあるのかを考えていた。
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