蓄積される消費 2
買い物に来ていた。
『
『
むしろ、『軍』の治安維持局から許可を得た正規の店舗の方がずっと少ないし、さらにそこの品物の値段はバカみたいに高価だ。
それを判っていて治安維持局も価格設定をしているフシがあるらしいのだが。
『集合体』の中心から外れていて、中途半端に修復がなされ、瓦礫がところどころ点在しているような通りには、『軍』の警備部の目を盗んで無許可の露店が立ち並ぶ。
そうした露店が増えて道の両側を埋め尽くすと、もうそこは市場と言っても過言ではない。
店が扱う品は千差万別であり、野菜や果物、東の湾岸から獲れる多少の水産物に加えて、塩や砂糖などの調味料を含む食料品、『軍』が直接放出するか裏から横流しされる『集合体』外の日用雑貨や金属・有機資源、変わったものでは『図書館』が放出した価値のない情報資源や、ジャンク品質の機械部品なども並んでいる。
もちろん『
『軍』から供給される物品は『集合体』全体の人数に対して全く足りておらず、あまりにふっかけた価値を付けようとするため、ぼく達の回収した物品がそれを多少マシな価格にまで下げる役割を担っているようだ。
『軍』が外から回収する品物には人的・時間的な制限から量に限りがあり、『廃品回収』は彼らからしても、物資の供給源としては認めざるを得ないのだろう。
互いに険悪な『軍』と『廃品回収』だが、そういう意味では癒着の関係にあると言える。
『軍』が『廃品回収』を積極的に排除できないのもこのような理由からだ。
『廃品回収』からの供給が止まれば、慢性的な物資不足に陥った『集合体』はいずれ立ち行かなくなるだろう。
かと言って大っぴらに存在を容認することができないからこそ、『軍』は何かにつけ『廃品回収』に嫌がらせや無理難題を押しつけてくるのだが。
この辺りの話は、サクラとの話で出てきた防衛部の中の保守派などが『廃品回収』を身代わりで使うという話と繋がっている。
「それが理由で『廃品回収』は『軍』に駆り出されて偵察や弾よけにこき使われることもある。ぼくがソラと出会ったのはそういった事情もあった」
「わかった」
「判ってもらえたか」
そんな話をもう少し単純に判りやすくなるよう心掛けつつ、ぼくはソラにかいつまんで説明した。
スポーツ帽子がこくんと頷き揺れるのを見て、実際はまだ完全に今の話を理解するのは難しいだろうとも思う。
それでもソラが『集合体』で生きる限りは、いずれ覚える必要があることだった。
ススキの本で知識は得られるが、それはあくまで『磁気嵐』が起きる前の時代の情報。生きるのが今であるならば、今に関する知識は欠かせない。
『廃品回収』の立場が非常に危うく綱渡りで、不安定なものであるというのも先に教えておかなければ。
……いや、ソラは別に『廃品回収』になる訳ではないし、ここまでしつこく組織関係を説明する必要もないのだが。
ぼくの話の最中も、ソラは無表情ながらも周りを見回し、店を1つずつ目で追っていたようだ。
やはりというか、初めてみる光景なのだろう。
「ひと、たくさん」
「これでも人は少ない方だ。真昼から前後にずらした今みたいな時間は大体の『農家』は作業に出ていて、人通りはそこまで多くない。朝や夕方は、もっと人通りが多い」
「わかった」
「もしソラが来るなら、これぐらいの時間帯が良いだろう。そして、しばらくはススキかぼくと一緒に来る必要があると覚えておいて欲しい」
「わかった」
「逆に、夜は誰もいなくなる。他の人は『磁気嵐』を避けようとする」
時間にして10時頃や15時頃なら、ぼくとススキの住んでいる所から近いこの市場は人通りも少ないだろう。
今がちょうど15時頃であり、これぐらいの人混みならば、人に触れられるのが苦手なソラも平気そうに見える。
「てんしさま、ないてた」
「あれはただの泣きマネだろう」
この買い物にはススキは置いてきている。
今回の買い出しは元から1人でも充分足りる仕事量であり、はしゃぐススキを傍らにソラへ色々教えるのは面倒だったからだ。
その代わり、家でふてくされるススキというまた面倒な要素が生じてしまったが。
苦労を後回しにしただけのような気がしなくもない。
わざわざぼくの寝床に潜ってふて寝を決めこんだあいつをどうするべきか、今の時点でも悩んでいる。
「あんなやつでも同じ部屋で暮らすことになる同居人だ。なんというか、仲良くしてやってくれると助かる」
「わかった」
「あと、無理して天使様などと呼ぶ必要もない」
「てんしさま」
もしかして言葉の響きを気に入ってたりするのだろうか。
判らない。
そうして市場を歩き、目的の店に着いた。
日除けの下は大体が野菜か穀物であり、僅かに残った平積みのスペースを埋めるように魚が置かれている。
こんな時勢だ、衛生観念なんて気取った言葉はもう死語になって久しい。
ぼくが適当に食材を買い込む様子をソラは見ていたが、なにやら気になったようだった。
すぐ隣の露店を覗いている。
「ぼうし」
「服もある。見てみるか」
安ければソラが着る服としての購入も考えたが、その露店の品の値段はやけに高いように思えた。
他の店で見るような古服はもちろん、外で得た保存状態の良い衣類に比べてもまだ高い。
だが、その割には服飾としては縫製や作りが雑なように見える。『磁気嵐』の前にあった量販店のものと比べると児戯のような作りに見えてしまう。
ソラも気になったようで、首を傾げていた。
「……ふく?」
「これか。これはだな、実は純粋な木綿でできてんだよ」
「純粋とは? 木綿の割合が100%の品なのか」
「そうさ、さらに言やあ『集合体』内のプラントで栽培された綿花を使ってるらしい」
露店の店主の話から、大体のことを察した。
生地そのままで売っていないのは、一度製品として売られたのをこの店主が流しているだけで、本人が縫製したわけではないからだろうと推測する。
なるほど、遂に『集合体』はその内部で食料以外の生産も手掛けるようになってきたのか。
きっと『図書館』と『農家』あたりの努力の結果だろう。プラントの監査は『軍』が認可を出しているため、色々と管理されてはいるが。
服は外からの供給もあるが、それが安定したものであるとは口が裂けても言えない。傷んだ品を縫い合わせて服の形にして着ているような住人がほとんどだ。
この服の値段が高いのはまだ試験的な栽培のためか、それとも『軍』が価値を釣り上げているためか。
人の生存に必須な最低限の食料は安く売り払う代わり、他のモノは高価に位置付ける。衣服もそんな"贅沢品"にカテゴリされているのだろう。
「ぼうし、へんなかたち」
「手縫いだからな、仕方のないことだ」
こうして内部で生産できる物品が増えれば、『集合体』はさらに安定するだろうか。
それとも、人口の兼ね合いや労働力の問題が生じて頓挫するだろうか。
基本的な労働『農家』は『集合体』を維持するための食料生産に従事しているから、綿花などの工業用作物の栽培に割ける余力が『集合体』にあるかどうかは微妙なところだ。
あるいは、一部の人間が物品を独占し、他の大多数は手に届かない品物で終わってしまうか。
その可能性も充分以上にあるように思えた。
「服はまた今度にしよう」
「わかった」
「今のところススキの服か、それが足りなければぼくのを貸すこともできる。ソラが着るとぶかぶかになるかもしれないが」
「ぶかぶか」
その後、あれこれと周りにあるものに興味を持ったソラに闇市の店を解説しつつ、帰路についた。
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