想の33 あの夜空に咲く華のように



 ミドリンの別荘に来てそれぞれが各自の部屋に行ってからしばらく後、俺の部屋には当然のように言葉が来ていた。


「これって男子と女子を分けた意味が全くないよな?」

「そうね、分ける意味あったのかしら?」

「お前が言うなって、お前が」

「だってこんなとこにまで来て一人で部屋にいるほうがおかしくない?」

「アリサとか詩織がいるだろ?」

「2人なら駿を連れて出かけたわよ」

「沙織は・・・ミドリンか」

「そ、だから私があなたの部屋に来るのは当たり前なのよ」

 ベッドの縁に座ってさも当然だと言わんばかりの言葉を見てため息をつく。


「それで今からどうする?駅前にでも行くか?」

「どうしましょうね?あなたは?」

「俺?俺か・・・昼寝?」


 駅前に出てもいいのだがそれなりに言葉と来ているのであまり新鮮味がない。

 それに今日は朝早くから言葉がうちに来たのでちょっと眠い。


「それだと一人でいるのと変わらないじゃない」

「そうは言ってもなぁ、お前が朝っぱらから来るからだろ?」

「それはそうだけど・・・しょうがないわね」

 そう言った言葉はベッドから降りると今度はベッドにもたれて座り膝をポンポンと叩いている。


「昼寝、するんでしょ?」

 再び膝をポンポンとする。


「え〜っと、まさか?」

「別に減るものじゃないからどうぞ、一度してみたかったのよ、膝枕」


 微妙に横座りをして俺を待っている言葉。

 確かに減るものじゃないんだが・・・

 今日の言葉はホットパンツにニーハイなわけで、ふとももの辺りは素足だ。


「お前なぁ、今日ナマ足だぞ?」

「それがどうかしたのかしら?」

「いや・・・心の準備がいるだろ?主に俺の」

「そうなの?膝枕って男の子のロマンだってアリサが言ってたから」

 あのバカ!いったい何を教えてやがるんだ?


 何だかんだ言いながら言葉のペースに巻き込まれてるよなぁ、俺って。

 じっと俺を見つめる言葉と目が合うとちょっと顔が熱くなる気がした。


「重かったら言えよ」

「ええ、そうするわ」

 意を決してゴロンと言葉のふとももに頭をのせる。

 ふにっとしたなんとも言えない感触と普段は気にしていない言葉の香りが鼻腔をくすぐる。

 全体的に細くて華奢な言葉だがスタイルは非常にいいわけでこないだの泊まりに来たときもだがあまりに無防備すぎてこちらがドキドキしてしまう。


 流石に言葉のほうを向いて頭をおく勇気はなく、反対側を向いていると、そっと頭を撫でられる。


「ん?」

「撫でられるとあなたでも気持ちいいものなの?」

「あ〜、うん、まぁそれなりにな」

「そう」

 言葉は白くて細い指で俺の髪をクルクルと巻いて遊んでいる。

 時折、ゆっくりと優しく撫でてくれるのがなんともこそばゆく、俺はいつしかうとうとと眠りに落ちていった。




「あなたは私のことをどう思ってるのかしらね?」

 私は、膝に頭をおいて気持ち良さそうに眠るミントに聞こえないくらいのちいさな声で問いかける。


 私には感情がなかった。

 ずっと幼い頃から周りの人たちの真似ばかりをして生きてきた。

 私が笑うと両親や友人達も笑ってくれた。人の、誰かの真似なのに。

 家でも学校でも私はそうやって誰かの真似をしてきた。それはそれで別に良かった。


 でも・・・


 中学3年の夏、私は夏祭りの夜にひとり夜空に咲く花火を高台の上から見ていた。

 友人達と来ていたのだけど、ふとひとりになりたくなりあの高台に登って花火を見ていた。


 花火が上がる度に少し下にある展望台では同じ年くらいの男の子たちが歓声を上げているのが聞こえた。

 彼等はきっとあの花火を見て綺麗だ、美しいと感じているのだろう。


 私はそう思うと、よくわからない衝動に駆られた。

 今思えば、あれは悲しいや寂しいといった感情だったのだろう。


 そして一際目立つ大きな花火が夜空に咲いたとき、私はひとりの男の子と目があったような気がした。


 それは一瞬の出来事だったような、長かったような。


 その一瞬、私はその男の子に微笑みかけた。

 感情のないはずの私が今までで多分生涯でただ一度だけ意識せずに出た笑みだった。


 それはあの夜空の華のように儚く私の中に残ることはなかった。


 もし・・・もしもう一度あの男の子に逢えたなら私はもう一度笑えるんじゃないだろうか。


「ねぇミント?あなたがあの日の男の子だったらいいのにね」


 ゴロンと寝返りを打ちこちらを向いて眠るミントにそう問いかける。

 ふとももにあたる髪がこそばゆくそっとその髪を指で梳かす。


「あの日、あなたはどこで何をしていたのかしら?あなたもあの花火を見ていたのかしら」



 ミントは私に色々なことを教えてくれた。まだ出逢ってそれほど長くはないけれどきっとミントといれば私はなりたかった私になれる。そんな気がする。


「私は誰かを好きになるってことはまだわからない。わからないけど・・・ねぇ、私はあなたを好きになってもいいのかしら?」


 誰に言うともないそれは誰かの返事を期待するものではなく私自身への問いかけ。

 今の私には答えの出せない問いかけ。


 私はほかのみんなが帰ってくるまで気持ち良さそうに眠るミントの寝顔を眺めながらそんなことを考えていた。







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