惑の14 恋人って美味しいの?



「嶺岸さんに絡まれたそうね?」

「ん?いや、そんなんじゃなかったぞ、こないだのことを謝りにきたって」

「あら、そうなの?」


場所は俺の家のリビング。

テーブルには言葉ことのはが用意した夕食が乗っている。


「多分な、俺はパスタに忙しかったからな」

言葉が作ったオムライスを口に運びながら思い返すが食欲には勝てないらしい。


うん。美味い。ふわふわだ。


「やっぱり、お前の料理は美味いな」

「褒めてもこれ以上何も出ないわよ」

「そりゃ残念だ」


テーブルの上の巨大なオムライスにスプーンを突き刺して言葉に聞いてみる。


「で、なんでこのサイズ一個なんだ?」

「2つ作るのが面倒なだけよ。洗い物も1枚で済むでしょ」

「ああ、なるほどな」

1つのオムライスを2人で食べるって恋人同士みたいだなんて思った自分が悲しくなるな。


「これってあれだよな、一個のジュースにストロー2本さして飲むみたいな」

一応反応が見たいと思ったので話を振ってみる。


「少女マンガ的なあれね。そんなに大層なものじゃないわ。強いて言うなら節約ね」

「夢も何もねーな、お前」

「大体前提が間違ってるわね、私とあなたは恋人でも何でもないもの」

「ごもっともだ」

合理主義ってやつか。そんなんだからこうして気軽に付き合えるんだが。


俺たちは黙々とオムライスを消化する作業を続ける。

かかりぱなしのテレビからは最近人気のお笑い芸人が何やらやっている。


「お前、こんなテレビを見ても笑ったりしないのか?」

「そうね、笑うという行為はないけれど面白いという点については興味はあるわね」

「言ってる意味がわからんのだが?」


俺は、食後にとっておいたロールケーキをテーブルに置いてフォークを言葉に渡しながら聞く。


「面白いと思われる行為をしている人に対して何故それが面白いと思うのかということに興味があるのよ」

「更にわからん」

「あなたにはわからないでしょうね。そんなものよ」

言葉はそれだけ言ってロールケーキにフォークを突き刺す。


「あなた、さっき恋人同士がって話をしたわよね」

「ん?ああ、それが?」

俺が聞き返すと言葉は、ロールケーキを一切れフォークに刺して俺の口元に近づける。


「はい」

「さんきゅ」

「どう?」

「美味いな」

俺もフォークに一切れ刺して言葉の口元に運ぶ。


「ほれ」

「ありがとう」

「どうだ?」

「美味しいわね」


お互いに食べさせてみたがどうなんだ?

俺はコーヒーを、言葉は紅茶を飲んで考える。


「特に何もないわね」

「何もないな」

「美味しいだけね」

「まったくだ」

2人して顔を見合わせて頷く。

なんと色気のない『あ〜ん』だろうか。


「やっぱり私にはわからないわね。ただ物を食べさせてもらうという行為にしか思えないわ」

「そのうちお前にもわかるかもしれないぞ」

「そうかしら?」

「多分な」

「あなたの返事は、いい加減ね。いつも」

「仕方ないだろ?俺はお前じゃないからな」

「・・・それもそうね。"そのうち"をあなたが教えてくれるのよね?」

「そう約束したからな」


その後残っていたロールケーキも、食べさせてみたが美味しいだけだそうだ。


「生まれた時からなのか?その感情が無いってのは?」

「みたいよ、産声を上げなかったって聞いてるから」

「夜泣きとかは?」

「しなかったみたいね」

「手がかからない赤ん坊だな」

「そういう問題かしら?」

少し暗い話題になりそうだったので俺は他の話をしてみる。


「そういえば今年の1年女子の可愛い子ベスト5なんてのがあったんだな」

「毎年恒例行事よ、2年と3年の有志が独断と偏見で選ぶらしいわよ。ちなみに正確にはベスト10よ」

10人も選んでんのかよ?ヒマなのか?2、3年は。


「トップはお前だよな?」

「迷惑なことにね」

紅茶を飲んで、さも迷惑そうな顔を作った言葉が言う。


「あの嶺岸なんとかも入ってるんだっけな」

「そうよ、それとあなたのお友達の双子さんもね」

「えっ?そうなのか」

「そうよ、LINEで回ってきたもの。8位と9位だったかしら」

驚いたな、まぁ確かに可愛いといえば可愛いか。

駿も大変だな。どっちを狙ってるのかはわからんが。


「んなLINEがあるのか?」

「ええ、私が中学の頃からあったわよ。他所の学校からきた子は知らないみたいだけど」


はあ、どんな学校だよ?自由な校風すぎるだろうよ。

そんな他愛のない話をしたあと言葉は何ごともなかったように帰っていった。


確かに何事もなかったんだけどな。



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