喜の5 屋上で2人きりなのに



高校に入学して2週間が過ぎた。

授業もそれなりに始まり、あっという間に一日が終わってゆく。


一応、今住んでいる家から近いところのコンビニでのバイトも決まり順調に高校生活のスタートが切れている。


「じゃあまた明日な!」

「うん、じゃあ」

駿と別れてから俺はスマホを見る。


スマホには言葉ことのはからのメールが1通。

『旧校舎の屋上で待ってます』

簡潔な文章に、あの笑顔の写メが添付されていた。


写真の中の言葉は、雑誌の表紙にでもなりそうな顔で微笑んでいる。

この顔も、彼女が苦心して作りあげたものなのだろう。何も知らなければ優しく穏やかで、人当たりもいい美少女というのが相応しいのだが。

はたして、彼女のあの作られた笑顔を見破れる人間がいるのだろうか?

俺の前では、作った顔をしなくていいと言ったので基本的に無表情で話している。

俺としては、変に意識しなくて済む分助かってはいる。


実際、あの鉄塔で出逢ったときは、運命を信じてもいいかと思ったくらいだ。

死の恐怖すら感じない言葉をどうにかしてあげたいと思っているのは今も、もちろん変わらない。

変わらないのだが・・・


ピロン


『壁紙にしてもいいからね』

こういう所がなぁ。

小さな溜息をついて俺はスマホをポケットに入れて歩きだした。


まだこのくらいの時間だと屋上にもそれなりの人がいるので例の鉄塔で会うわけにもいかない。


というわけで俺が向かっているのは旧校舎。

以前は教室として使われていたのだが今は、実験室と化学室しか使われていない。


教室として使われてはいないが、実験室やらあるので普通に校舎には入れるし新校舎に行くのにここを通る学生も多いので、秘密の逢引みたいな感じではない。


「よう、待ったか?」

「待った。かなり待ったわよ」

「そこは、今来たとこって言わないか?」

「そう?実際結構待ったし」


旧校舎の屋上は新校舎の屋上と違ってコンクリの打ちっ放しで空調設備とかもあり来る人はまずいないだろう。


「おバカなメールありがとよ」

「どうせ消したでしょ?」

「さあな」

「いっとくけど、私校内で結構な人気なのよ?毎日告白されるくらいに」

「ああ、知ってる」

実際、理系クラスの男子も言葉にアタックして玉砕していたしな。


「そんな私をミントは放課後独り占めしてるのよ。感謝してもらいたいくらいよ」

「はいはい、感謝してるよ。うん」

「感謝の"か"の字もない言い方ね」

「それはそうと、まずは何から始めるかだよな」

「何からって?何?」

「いや、ほら、喜怒哀楽って言っただろ?なら、嬉しいとか怒ったとか、哀しいや楽しいのどれから始めようかと思ってな」


俺の問いかけに言葉は、しばらく考えてから楽しいがいいわね。と答えた。


「楽しいか・・・お前休みの日は何してるんだ?」

「そうね、家で読書したり、ビデオ見たりとかかしら。あまり出歩くことはしないわね」

「ボッチなのか?お前」

「うるさいわね。友達くらいいるわよ」


「そっか、なら休みにどっか遊びにでもいくか?近場だと人目があるから都心部のほうにでもどうだ?」

「わざわざ遠くまで出かけるの?」


「お前、目立つだろ?俺と2人でこの辺りなんて歩いてみろ、すぐに噂になるぞ」

「私は別にかまわないわよ」


「俺が構うんだよ。厄介ごとの匂いしかしないだろ?文系の男子に襲われるわ」

実際、言葉は文系棟でかなりの人気らしいから、下手に2人でいるところなんて見られたくない。

「ミントがそう言うならそれでいいわ」


出かけるならちょっと遠くの方がいい。


「具体的には?」

「うん、映画でも見てメシ食ってブラブラする?めっちゃ怖い映画みるとか?」

「それって普通にデートじゃない」

「いいやリハビリだ。メシは激辛にしとこう」

「甘い辛いはわかるし、それにそれ味覚だから」


そうか、確かにデートみたいだな。


「それにしても、あなたって変わってるわね?」

「何がだ?」

「さっきも言ったけど、私ってはっきり言って美少女よ」

「ああ、そうだな」

「そんな美少女とデート出来るのよ」

「リハビリな」

「嬉しいとか思わないわけ?」

「あ〜、うん。思わない」

以前の俺なら舞い上がって空でも飛びかねなかっただろうが、どうもこいつに対して恋愛感情が湧かないんだよな。


「はぁ、もういいわ。どうしてあなたに秘密を話したのかしら、私」

「俺に惚れたか?」

「あなた馬鹿なの?そういうのがわかるなら苦労なんてしてないわよ」

「それもそうか」


結局俺たちは、下校時間までこの旧校舎の屋上で不毛な言い合いを続けたのだった。


帰宅してから俺は風呂に入って考えていた。

どう考えてもおかしい。

言葉は誰が見ても美人に違いない。当然俺も男だから美人は好きだ。大好物と言える。

しかし、言葉に対してそういった感情が湧かないのはなんでなんだろう?


中学の頃に見た言葉は、ある種の憧れのようなものだったと思う。手の届かない存在のような。

入学式に再度見たときも似たようなものだった。

鉄塔でのあれが多分原因なんだろうな。同情じゃないし恋愛感情でもないと思う何かモヤモヤした感じだ。


「わからん。全くわからん」


俺は風呂の中で考え続けたが結局結論は出なかった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る