第49話 地獄の底穴


「 ユキ君 ツクは その血はどうした どこか怪我をしているのか 」

 突然のユキの出現に小夜が戸惑いながら問いかける。

「 小夜さん 鳥殺し様は国神に呪術を施されたの 背中に呪詛を刻まれ封じられた だから皮を剥ぎ取ったの トーマ 薬を用意して 止血剤と化膿止めと痛み止めと えっと とにかく処置出来るやつを大至急よ 」

「 ユキ君 何を言ってるんだ 」

「 出血が酷いの 早くして 」

「 ……ツクはどこだ 」

「 トーマ 早くしなさい 」

「 答えろ八嶋ユキ 」

「 うるさいわねえ 何でもいいから早くしなさいよ 」

「 2人とも落ち着け トーマ 応急処置に使えそうなヤツを急いで準備してくれ 」

「 あいよ 」

 今にも掴み掛かりそうな小夜とユキの間に鎌チョが割って入った。

 涙を手で拭うユキの頬は血に汚れていく。

「 準備する間でいいから話してくれ ツクちゃんは今どこだ 」

「 島の反対側の森の中の倉庫みたいなとこ 」

「 皮を剥ぎ取ったと言ったな 」

「 ええ ツクさんに言われ隊長が背中の皮を呪詛ごとナイフで剥ぎ取った 私は痛がるツクさんを押さえてた 」

「 その血はツクちゃんの血なんだな 」

「 そうよ 思ったより出血が酷い おそらく呪いだろうと隊長が 私 早く戻らないと 」

「 ユウリは 」

「 店長は1人ドームに残ったわ 今頃は……

「 すまなかったユキ君 自分勝手に取り乱してしまった 」

「 ごめんなさい小夜さん 私 ツクさんを押さえつける以外何も出来なかった 」

「 だいたい思いつくもんは準備したぜ 」

 ショルダーバックに医薬品類を詰め込んでトーマが鎌チョに手渡した。

「 すまんトーマ ユキちゃんは時間停止で来たんだろ 直ぐに戻れるのか 」

「 わからない 薬品の移動はしたことない 機械類は移動させると壊れちゃうから……

「 ならバイクを使おう これでも元特殊部隊だ オフロードは自信がある この子を送ってから場所を知らせにすぐ戻る それでいいな 」

 30代前半のいかにも兵士らしい風貌の町田が冷静に提言する。

「 町田さんだっけ よろしくお願いします いいな三刀 」

「 ああ すみません お願いします ユキ君 ツクを頼む 私もすぐ向かうから 」

「 はい 」

 それからホーネットの町田が軽量のオフロードバイクの後部にユキを乗せ急ぎ出発した。




「 ふぅっ さすがにしんどいなぁ なんでアイツ あんな元気やねん 」

「 バカだからでしょう 」

 大洞穴のあるドーム内の床に傷だらけで血だらけの国神が息を切らしへたり込んでいる。その脇にこれも同様にぼろぼろの右鈴原が刀を手に魂が抜けたように立ち尽くす。2人の周りには無数の兵士の屍が血の海に横たわっていた。

「 で リン どう思う 」

「 我々相手に退路が無いのは分かっていたはず 唯一の可能性のある穴に自ら没したものと 」

「 アホやな 底根の穴やぞ 可能性なんてあらへんがな 」

「 100年前も可能性なぞありませんでした 」

「 それや 何で生きちょるんや あん時も苦労したが殺したはずやぞ 」

「 山犬などに屍を渡すからです 」

「 しゃあないやん 欲しい言いよるさかい あの消耗した状態で言うこと聞かなウチらが喰われちょったわ 」

「 あの男 妙に人を惹きつけるほっておけないダメな部分を持っております おそらく山犬に憐れみを受けたのでしょう しかも私と同じく不老でした 何らかの呪いも受けているのでは 」

「 そもそもアイツ何しにきたんや 鈴音の復讐にウチらを殺しに来たんならわかる そやけどアイツからはそれは感じらへんやった 何で鳥殺しを助ける 」

「 それこそが復讐なのでは 国神様の計画を阻止することこそが我らへの1番の復讐なのではないでしょうか 」

「 あのユウリがそげな複雑な思考を持っちょるち思うか 一つの想いでしか動かへんヤツや ユウリの時間が止まったんならヤツの想いは100年前と何ら変わらんはずや 鈴音ただ1人 」

「 人は変わるものです しかも100年もあれば尚更でしょう ヤツにはヤツの時間があったのでしょう 」

「 何か納得できへんなぁ まあええわ これでレイが目覚めた理由も分かったしな あん娘ならユウリの命令ならなんでも聞くやろ それより気になるんはどっから湧いて出て来たかや 唐突に現れたのは何でや 」

「 鳥頭切の屋敷にいた娘も一緒に現れました ホーネットと繋がっているのならば超能力者による瞬間移動なのでは そして あの娘がそうではないかと 」

「 超能力者か 厄介やな やけど人に出来ることや 意識して共感すればウチにも出来るはずや あの女子高生 もう一回現れたら終いにしちゃるで 」

「 で これからどうするのです 鳥追月夜に逃げられましたが 」

「 かまへん もう封じたんやしな 今の鳥殺しなら逃げたとこで何もできへん 」

「 しかし まがち神をどうやって引き摺り出すのです 」

「 しゃあない玖津和あきらと同化させるか アイツまだ生きちょるやろ 」

「 はい 両腕を失っただけです 」

「 アイツ 月夜ん首斬る時笑ろうちょった 前から気付いちょったが完全に狂うちょる 記憶もかなり書き換わっちょるみたいや 島を出た母親と妹に毒盛った事も忘れとるみたいやし まがちの毒にやられたんやな 」

「 妹がいたのですか 」

「 ああ 母親は死んだが妹は生きとんで 廃人状態やがな 」

「 それでどうするのです 」

「 月夜を見て思ったんや 神守りなら条件を満たせば同化できるっちな 月夜がどう言う条件を満たしたかは知らへんが九津和あきらはまがちの毒で狂っちょる 条件は満たしとるはずや それよりさっきの物凄い音と揺れはなんや 」

「 監視塔が倒壊したそうです 入り込んだホーネットによるものと思われます 収容していた2人を奪われたと報告がありました 」

「 あかんな こっちの手の内が漏れたか こんで太平洋艦隊と国連軍が確実に動くはずや 猶予は72時間と言ったとこか 」

「 もともとの時間的猶予と大差ありません 大した問題では無いでしょう 」

「 そやな なら始めましょか てかリン 手ぇ貸してくれや 立てへんで 」

「 甘えないで下さい 自分て立って下さい 」

「 いけず 」





「 はてさて 穴に入ったはいいがどうすっかな 」

( 無様よのう人間 )

「 うっさいなぁ 引っ込んでろよ山犬 」

( 見届けろと言ったのは主じゃろ )

「 まだ死ねん 」

( ここは地獄の底穴じゃぞ 主はもう死んでおろう )

「 おまえと問答してる場合じゃないんだよ それよりこの穴には何がいる 」

( なぜに答えねばならぬ )

「 あのなぁ おまえ僕に憑いてんだろ 仮にも僕は宿主だぞ 賃貸契約を知らんのか 敷金とか礼金とかややっこしいんだかんな その辺を割愛してやってんだ 少しは融通を利かせろよ 」

( そうなのか 契約ならば致し方無しじゃな ここは毒鳥が巣を張っておる まがち神の巣穴じゃ )

「 何だそれ 」

( かつての旧き神じゃ )

「 またそっち系かよ で 毒鳥というからには毒があるんだよな 」

( ああ まがちの毒はすべてのものを狂わせる )

「 げっ んじゃあ僕ヤバいじゃん 」

( 主はハナから狂うておろう 今更これ以上どう狂うつもりだ )

「 ぐさっ 」

( なんじゃそれは )

「 深く傷ついた擬音だよ 」

( それは愉快じゃのう )

「 あのなあ 」

( 主は鳥殺しの娘の血を舐めておろう 故にまがちの毒には犯されん 耐性と言うやつじゃ 」

「 なっ 何でそんなこと知ってんだよ べ 別に舐めてなんかないし 」

( …… )

「 …… で そのまがちはどうすれば殺せる 」

( 無理じゃな )

「 なんでだよ おまえと一緒に旧き神殺しは散々やってきたじゃないか 」

( もちろんまがちも今の世には必要無い 駆逐対象じゃ 狂うておるしな )

「 じゃあ何故 」

( 質量が違い過ぎるのじゃよ )

「 犬が質量とか言ってんじゃないよ 」

( なんじゃ 質量も知らんのか 大きさじゃよ大きさ )

「 いやいや そうじゃなくって 昔言葉で統一しろよ キャラってもんがあるだろう 」

( 何故じゃ 変な偏見で妾を決めつけるな あのカラクリ女流に言えば 超大型の単一元素結晶体による自律型ユニットとなる しかも大気中のイオン物質であるカチオンとアニオンにより化学変化を起こし気化してガス状物質に変容する これがまがちの毒と呼ばれる物じゃ )

「 あのう 山犬さん…… まあいいや じゃあおまえはさしずめ必要じゃ無くなったりバグを起こした自律型ユニットを廃棄処分する為の管理ユニットってことなのか 」

( 己の存在に意義など求めるで無い人間 妾は妾であり妾以外の何者でも無い その存在に理由なぞ必要では無いのじゃ )

「 へいへい さいですか じゃあまがちはこの穴に封じ込めるしか手は無いのか 」

( いや その為の鳥殺しじゃろう ヤツならまがちを構築する単一元素を崩壊させる事が出来るはずじゃ しかし 今の鳥殺しは物質の持つエネルギーが不足しておる あれだけのエネルギーを生み出した直後じゃ 当然じゃろう 本来ならあの津波の後自ら崩壊しておったはずじゃ それが国神のシナリオじゃからな しかし神守りの契約によりあの娘と同化して生命エネルギーを共有する事でなんとか崩壊を免れておる状態じゃ その代償が例の危篤状態である 今は共鳴し合う事により何とか安定しておるが もしエネルギーを消費しまがちを始末すれば自らも崩壊するじゃろう )

「 それじゃあ月夜も 」

( 同化しておるのじゃ 当然じゃろ )

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