第26話 八島奇譚 其の壱 不動剣
彼女の家は、八島流剣術道場という看板を掲げている、いわゆる古武術の道場である。江戸時代から続いている由緒ある流派だと父や祖父は語るが、どうも胡散臭い、と ユキは思うのだが本人達がその気になっているのだからそれはそれでよいのではないかとも思う。
一般的に言われる剣道と剣術の違いはしごく簡単である、竹刀と防具を用いてスポーツライクに行なわれる競技が剣道で、木剣でチャンバラをするのが剣術なのだ、テレビや動画などでよく見かける居合などの抜刀術は真剣を用いて行なわれたりしているが、あれは単なるパフォーマンスに過ぎない、もともと食い扶持の無い浪人などが大道で野菜などを斬って拍手を浴びていた大道芸の現代版だ。
八島流は剣術の看板を掲げてはいるが、内情は子供達への剣道教室がメインの活動である、剣術の方もやってはいるんだが生徒の7割が日本で暮らす日本かぶれの外国人という濃い内容なのだ。彼らの真剣な表情を見てるとなんだか申し訳なくなってしまう。日本人の生徒の多くは自称俳優志望のパットしない面子が大半だ。
ユキも子供の頃から剣道を学んだ。別に学びたくは無かったのだけどさすがに仕方ない、ユキが3歳の時に父は再婚した、母とは離婚したと聞いているがおそらく逃げられたんだろうとユキは察して追求した事はない、新しい母はいい人だ、弟と妹が出来たのだが彼女のユキファーストの姿勢は変わらない、逆に居心地が悪いくらいだ。
中学生になり剣道部に所属した、別に考えた訳ではなく当たり前だと思ったからだ。ほぼ未経験の他の部員とはさすがに差があり すぐに選手に選ばれ活躍することになる。個人選では敵なしだった、2年生の時に全国優勝を果たし、それから剣道に手を抜くようになる。
美少女剣士現わる。ネットやテレビで騒がれたのだ。別に現われた訳では無い、普通に部活動してただけなのだ、道場の宣伝になるからと父に言われテレビにも出演させられた、大会にはカメラを手にした奴らが目立つようになる、試合中ではなく面を外した時にシャッターが切られる。嫌になった。応援なんかして欲しくなんかなかった。それからは個人戦は当たりたいと思う相手がいなければ適当なところで負けるようにした、しかし団体戦は楽しかった 手を抜くのは仲間に失礼だ、全力で戦った。高校はスカウトされ推薦で進むことになる。
高校一年の秋にそれは訪れた。
部活とは関係のないクラスの友人と4人で新宿に遊びに行った時のことだ、サーティワンアイス片手に友人たちは男子の話に夢中になっていた、何高の誰がカッコいいとか大学生の合コンに誘われたとか、ユキ自身男性経験がない訳では無かった、中学三年の時に自分から告白して2カ月間交際した、楽しかったしドキドキもした、でも夢中にはなれなかった。
友達の恋バナを上の空で聞きながらふと思った。
つまんない
そして時間が凍結した。
ユキには何が起きたかさっぱり理解出来なかった。自分の目の前のものが総て停止している、人も車も音も 青白い1枚の写真のように そして自身も 視界を動かすことは出来ない 声も という以前に呼吸もしてない 何もかもが静止している。
これが死というものだろうかとユキは思う、私は死んで時間ごと切り取られ 永遠にここに閉じ込められたのだろうか、そんなの嫌だ。嫌だ 嫌だ 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤだイヤイヤイヤイヤイヤイヤだイヤだイヤだイヤだ助けてゴメンなさい誰か誰か誰かお父さんお母さんおじいちゃん先生誰か誰でもいいから … 私をここから出してク ダ サ イ
声が聞こえる。「 いやぁ意識はあるから植物状態って訳では無いんですよ 肉体的反応もいたって正常です 」 「 じゃあなんでユキは 」 「 おそらく思考だけが停止した状態にあるんだと思います 」 「 どうにか出来ないんですか先生 」 「 それはなんとも 」
「 イヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ 」「 ユキ ユキ 先生ユキが 」「 お父さん押さえつけて下さい 誰か 鎮静剤を 」
私は1カ月ほど病院のベッドにいたらしい、新宿で意識を失い運び込まれたのだ。原因不明の昏睡状態だった。私はあの静止した時間の中にどれくらいいたんだろうか、何日 何か月 何年 何百年 わからない ただ声なき叫びを上げ続けていた。そしておそらく自身で思考を停止させてしまったのだろう。
私は入院中、たびたびこの症状に襲われるようになる、きっかけはわからないが突然時間が静止する、そして昏睡状態に陥るのだ。しかし慣れとはこわいもので何度と繰り返すと またかと思うようになった。
私は今、静止した時間の中にいた。これは何度目の事だろうか、青白く綺麗な世界。これは死では無いと知ってから恐怖は無くなった、今までは自分の思考を停止する事で現実の時間に戻る事が出来た。しかし昏睡状態というおまけがついてしまう、どうにか昏睡なしに戻れないだろうか、ただ思考が停止しなければ何万年も固まったままかもしれない、でも考えようによっては無限に時間を思考する事に費やす事が出来るのだ、もしかしたら悟りが開けるかもしれない、人々はマザーユキと私を呼び涙するんだ。馬鹿な事を考えてたら愉快になって来た。
パリンッ
「 ユキさん大丈夫ですか 」 「 大丈夫です ちょとフラついただけです 」 「 よかった また昏睡してしまうかと思っちゃったわ 」 「 大丈夫ですよ 」
戻れた。自分の意思で。
それからは時間が静止するのが待ち遠しくなる、必ず攻略してやる、その気持ちに胸が高鳴った。
そして数週間後には完全にコントロール出来るようになっていた。しかも自分の意思で静止させる事も出来たのだ。言葉で説明するのは難しい、感覚だ、突然何かが自分の方に飛んで来て無意識にそれを躱すような感覚、その感覚を身に付けてしまえばあとはスイッチを入れるだけだ。
病院を退院してしばらく家で療養してから次年度から学校に復帰することにした、1年遅れになるが仕方ない、時間を静止させるのに最初は夢中になれたが静止したところで別に何かある訳でもなし使い道に悩んでしまう。
ある日、暇を持て余し道場に寄って見ると、なんだか様子がいつもと違うようだ。
「 どうかしたの 」
「 アッ ユキサン タイヘンダ ドウジョウヤブリキテル 」
今日は剣術道場の曜日で白人男性のジョンだかジョージだかがオロオロしながら言った。
「 道場破り? お父さんは? 」
「 カンチョウ イマイナイノネ 」
道場を覗いてみると真ん中に木剣を担いだ男性が胡座をかき その周りを7人の木剣を手にした外国人男女が殺気立ってとり囲んでいた。なんだコレ。
「 あの 道場破りって貴方 」
「 あっ よかった 腕試しにって思って寄ったんだけど言葉通じなくて困っちゃってたんだよ 君 日本人だよね 」
「 私はここの道場主の娘の八島ユキよ 今父はいないわ そもそもうちは他流試合は禁じてあるの というか今の時代に道場破りなんて貴方 頭大丈夫 帰って…
「 チョヤァァァァ! 」
1人の黒人男性が奇声を発しながらヘンテコな構えで木剣を振り上げ飛びかかって行った。
ちょっと待ちなさい、私の話聞いてた、何してんの、国に帰れ、しかも相手まだ座ってんじゃない、それよりなんなのあの構えは、うちのバカオヤジは此奴らにいったい何を教えているの。
ドスン
男は片膝を立て左手で低く真横に剣を払った。黒人男性は間抜けなポーズで足をすくわれてブッ倒れる、それを合図に残りの外国人どもが奇声を発して一斉に飛びかかる。
貴方たち、お願いだからやめてください。
まさに電光石火だった。いくら素人相手でもこんなに流れるような剣さばき そうそう出来るものではないだろう、しかも倒された方はダメージは殆ど受けてはいないようだ、軽くいなしたと言う表現がぴったりである。黒人男性の1人は本当に眼孔から目ん玉がこぼれ落ちるんじゃないかと心配になるくらい目をひん剥いて驚愕していた。
「 うぅぅん 八島流ねぇ まあいいや 僕はウリンバラユウリ 一応当主には伝えといて 気が向いたらまた来るよ もし気が向いたらね 」
「 待ちなさい 」
少女は剣を構えた。
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