第7話 お地蔵さんロード
それは2年前のある日のことだった。桜の春を過ぎ、初夏を予感させるうららかな1日であった。実際にはこれから梅雨が訪れるのだけれども。
「 いやぁ ドライブ日和とはまさに今日の為に造られた言葉じゃないのか 」
「 当たり前ですよ 免許取り立ての私の人生最初のドライブの日ですよ 神が祝福しない訳ないじゃないですか さあ民草どもよ 私の前にひれ伏すがよい ウヒョヒョヒョ て なんで普通に助手席に乗ってるんすか 」
「 誘われたから 」
「 …… 誘ってないです これは職場におけるパワハラ行為でありプライバシーの侵害です 厚労相に訴えますよ いや この場合は労働基準局になるんだっけ って 私のポテチを勝手に食うなァァァァッ 」
「 つれないこと言うなよ月夜君 もともとはウチの商品じゃないか 」
「 私が買い取った商品です 所有権は私にあります てかいいんですか お店いきなり休みにしちゃって 」
免許取得後の人生初ドライブのこの日、誰かにこの事をとにかく伝えたくて、バイト先であるコンビニのセブンスマートに立ち寄ったのだ。
お客さんのいない店内で暇そうにしてる店長に これ見よがしにお菓子と飲料を買い込んで自慢げにこれからドライブに行くと告げると何でかついて来てしまったのだ。
「 月夜君 キミも昨日体感しただろう ゴールデンウィークの破壊力を あの辺は地方民の群生地帯だ お正月だのお盆などの長期休暇には人がいなくなる こんな天気のいい日に誰も来ない店内に1人きりで籠っていたら病んじゃうよ 」
「 でも配送業者さんは来るんじゃないですか お店閉まってたら困りません 」
「 こんな時の為に予め鍵は渡してあるんだよ 要冷商品はちゃんと冷蔵庫に入れてってくれるんだぞ 」
「 こんな時ってどんな時だよ しかも業者さんにめっちゃ迷惑かけてるじゃないですか 」
「 それより月夜君 この車 どうにかなんなかったの 結構目立つぞ 」
店長が言っているのは白のボディーの両サイドに大きくペイントされてあるトリオイ製薬の文字の事である。この車は鳥迫家の運転手の車田さんに用意してもらった、祖父の会社トリオイ製薬の社用車なのだ。
「 仕方ないでしょ 私が借りれるのこれしかなかったんだもん ポテチのかすで汚さないでくださいよ 」
「 ところで何処に向かってんの 」
「 風の吹くまま 気の向くままでござんす 」
「 運転に自信無いからナビ切って流されるがままに進んでるよね 」
「 なっ 何を言ってるのやら 私は誰の指示にもしたがいたくないだけです だいたいうるさいんですよこのお姉さんは 50m先を予言されても緊張するだけじゃないですか 」
店長の指摘通り、私は目的地もないまま複雑そうな交差点などは前の車を真似て着いて行き簡単そうな所で曲がると言う行き当たりバッタリの運転をしているのだ。こんなんで帰りは大丈夫かと思うが店長は免許を持っている、いざとなったら役に立って貰おう。
すでに2時間以上は走っている、ここはもう東京都じゃないはずだ、都会的な景観はすでに無く 田畑の比率が多くなってきた。前後を走る車達は皆目的を持って何処かに向かっているのだろうか。
「 店長 気付いてますか さっきからずっと着いてくる車があります 」
「 そりゃ片側1車線の一本道だからね 」
「 … さっき信号で突き刺さるような冷たい視線を感じました 」
「 月夜君が青なのになかなか発進しないからだよ 」
「 … あっ 田んぼの真ん中に突如西洋風なお城が 」
「 ラブホだよ なんだ月夜君 興味があるなら寄って…
「 お巡りさんお巡りさん 大変です 変態がいます 」
トントン 突然ノックする音がする。ビックリして見るとどうやら並走する大型バイクの人が発したものらしい、着いて来いという仕草で片手を動かしている。店長を見ると困った顔をしていた。
少し進んだ道路脇に駐車出来るスペースがあり私は誘導された。
「 やっぱり
車から降りるとバイクの横には1人の女性が立っていた。フルフェイスヘルメットを小脇に抱え黒のスリムな上下に身を包んだその女性は少し明るめのロングヘアを風になびかせていた。20代半ばくらいだろうか、最初はウィンクしているのかと思ったが違うらしい、右目は開かないっぽい、失明しているのだろうか。
「 げっ
「 ずいぶんなご挨拶ね トリオイ製薬の車だったから気になって覗いたら懐かしい顔があって驚いたわ 本当に変わってないのね で そちらのずいぶん可愛らしいお嬢さんは彼女さんかしら 」
「 ウチのバイトの娘だよ お前には関係ないだろう 」
「 は 始めまして
「 月夜君 別にこんなヤツに挨拶なんかしなくていいよ 」
「 鳥迫ってトリオイの会長の 始めまして 私はホーネット医薬研の
「 ホーネットってお前理工系じゃなかったか 」
ホーネット医薬研、聞いた事のある名だ、確か新鋭の医療メイカーで医薬よりも健康器具なんかで有名だったと思う。
「 ウチは薬だけじゃなないのよ ハイテク医療機器なんかも力を入れてるのよ 」
「 別にどうでもいいよ で こんなとこで何やってんだよ 」
「 せっかくの連休よ 息抜きに決まってるでしょ 悠吏君こそお店は やっぱり潰れたの 」
「 やっぱり言うな 休みだ 」
「 相変わらず適当ね で今日はバイトの娘とデートってわけね 」
「 うっさいなぁ 息抜きでもババ抜きでもさっさとしてこいよ 」
「 はいはい じゃあ月夜さん そうだ 今度トリオイと技術協力するって話があるの その時はよろしくね また会えると嬉しいわ 」
「 あっ はい 」
そう言い残すと岬七星はバイクに跨り颯爽と去って行った。私達も車に戻りドライブを再開した。
「 美人さんですね 元カノさんですか 」
「 なっ 何を言ってるのかな …… 単なる昔の知り合いだよ 」
「 それにしては親しげでしたよ 」
2人には私の前では話し辛いことがある、それくらい私だって気づく、馬鹿にするな。
「 七星は天才だ 悪い奴でもない ただ考え方が危うい 目的の為なら自身だろうが他人だろうが躊躇なく犠牲にできる その結果があの右目だ もしまた会うことがあっても あまり親しくはならないで欲しい 」
「 わかりました あっ 田んぼの真ん中に突如アラビア風宮殿が …… お巡りさん 」
「 こんな田舎道で目を惹く建造物なんて大抵ラブホかパチンコ屋くらいだよ 」
「 100歩譲ってラブホはわかりますけど パチンコ屋の巨大な建造物が場違い感半端無いんすけどお客さんなんて来るんですか 」
「 農家は朝が早い分日中は意外にやる事がなかったりするんだよ 都会のパチンコ屋よりも賑わってるなんて話も聞くよ 他に娯楽施設もあんまし無いしね 」
「 なんかあまり想像できないです 」
「 長閑かな田園風景とは裏腹に一歩足を踏み入れると そこには殺伐とした阿鼻叫喚の世界が繰り広げられていた なんて言う 何事も表側からの景観だけで物事を判断する事なかれ的な教訓めいたお話しなのさ 」
「 くわばらくわばら あっ 田んぼの真ん中に突如 …… お地蔵さんだ 」
公道から折れた舗装されてない脇道にぽつりんとそれは在った。田んぼを背にした道端に半分ほど下草に身を沈め野ざらしに放置されたお地蔵さんだった。
私達は車から降りて お地蔵さんの前に立った。
「 どうします店長 」
「 暇だし 手入れでもしていくか 別に目的地もないんだろう 」
「 以下同文 」
「 でも水と道具がいるぞ 」
「 ちょっと手前にホームセンターを見かけましたよ 」
私たちはホームセンターまで引き返し思いつく道具を買い揃えた、ポリタンクにたわし、雑巾、軍手、大きな植木鉢、ゴム手、バケツなど、精算は店長がカードでおこなった。私ももう学生じゃないのになんか後ろめたい、こう言う時にさっとカードが差し出せる大人に早くなりたいものだ。もちろん店長みたいな大人にはなりたいとは思わない。
ホームセンターでポリタンクに水を入れさせて貰い、途中のコンビニでお供え用のお饅頭とワンカップ酒を買った、お花も売っていたので菊の花束も買った。
邪魔にならない場所に車を停めて私達は作業を開始した。作業は店長が植木鉢で下草を刈り 後はたわしで擦って雑巾で拭くだけの意外にも簡単なものだった。下草の中から現れた野ざらしのお地蔵さんは見違えるほどの立派なお地蔵さんに生まれ変わった。
「 うん なかなかじゃないか 」
腕を組んで店長が満足げに頷く。
「 なんか物足りなくないですか 」
「 赤いよだれかけみたいなやつだろう ホームセンターで赤いバンダナでも買って来れば良かったな 」
「 それちょっと違いません ファンキーなお地蔵さんになっちゃいますよ 」
それから、お饅頭とワンカップに水を入れたコーヒーの空き缶に挿した2輪の菊の花をお供えした。
「 お地蔵さんってどうお参りしたらいいんです 」
「 手を合わせるだけでいいんだよ 」
それから2人で膝をついて手を合わせた。
「 月夜君 悪い知らせだ あれを見たまえ 」
店長の指差す道の前方を見ると、20mほど先に下草に埋もれた次のお地蔵さんが見えていた。
「 うぉぉぉぉっ 」
ここはお地蔵さんロードだった。
結局、6体のお地蔵さんを手入れする事になった。途中、お供え物と水を汲みにホームセンターとコンビニに引き返すと、何故か赤いバンダナが売っていたので購入した。
バンダナを色んなアレンジでお地蔵さんの頭に巻いてひと通り2人で爆笑してからバチが当たるかもと我に返り首にカウボーイ風に巻いてみた、ちょっとワイルドだけど無いよりは様になる。
そして前方に次のお地蔵さんが見えているのだが、これが少し様子が違う、今迄は道なりに横を向いていたんだが前方のお地蔵さんはこちらを向いている、道が丁字路になっているんだ。近づいて見ると、そのお地蔵さんは手入れされていて私達がしたのと同じようなお供えがされてあった、そして首にはワイルドな赤いバンダナが。
「 どうやらここが終点みたいだな 」
丁字路の両側にはお地蔵さんは無いようだ。
しかし、お地蔵さんの背面はお椀をひっくり返したようなこんもりした小山になっており、お地蔵さんの後ろ脇に登り口のような石段が見えている。
「 なんかあるんですかねぇ 」
「 ここまで来て何もない方が不自然だろうな 」
「 登ってみましょうか 」
車を邪魔にならないようなスペースに移動した。とは言っても、この道に入ってから車一台、いや誰一人として見かけてないのだけれど。
そして私達は山へと踏み入った。踏み入った瞬間に空気が変化した事に気づいた、それまでは無意識に遠くの車の音や人が出す音を耳が拾っていたのだろうが今は違う、ここには私たちの知っている音が無い、ここは私たちの慣れ親しんだ見知った世界の外側だ。
「 月夜君 やっぱり止めよう 私有地かも知れないし それに18歳の女の子と人っ気のない林に入っていくのはちょっと 」
「 何バカな事言ってんですか 行きますよ 」
気がつけば私は店長の手を引きズンズン石段を登っていた。いつ店長と手を繋いだのだろうか、初めて触れる店長の温かい手は柔らかな所と硬くなった所があるようだ、手を使うような仕事じゃないのに少し意外だった。それより手を離すタイミングがわからない、状況を考えると私から繋いだはずだ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけどどうしよう、店長もぎゅっと握ってくれているから自然に離すのは難しい、なにより今はまだ離れたくない。
草木が茂った石段は所々崩れたり無くなったりしており歩き難い、とても頻繁に人が踏み入っている様には思えない。
頂上と呼べる様な場所に着いたのは10分後くらいだろうか、高さは30mほどなのか。ようやく店長と自然に手を離すことが出来た、赤く染まった顔を見られないようにしなければ。
そこは鬱蒼と木々の繁る10m四方程の平らな場所であった。草の間に所々石畳のような物が見て取れる、木々の幹はゴツゴツと太くうねり結構な樹齢であると想像出来る。
そして正面奥には草木に埋もれたうち古びれた小さな
「 ここがお地蔵さんラリーのゴールでいいんですよね 」
「 ああ だがこれは業者が必要だぞ 植木鉢でどうにか出来るレベルじゃないな 」
「 …… 」
「 聞くだけ無駄そうだがどうする月夜君 」
「 やれる事はやりたいです 」
「 わかった ただやれる事だけだ 」
「 了解です 」
それから私たちはまたもやホームセンターに引き返し、車に積めるサイズの脚立やらノコギリ、鉈、熊手箒、追加のポリタンクなど役に立ちそうな物を買い込んだ。何回も来る私たちをホームセンターの人はきっと不審に思った事だろう。
荷物を上まで運ぶのが大変だった、まず植木鉢で道を整えて、計4往復して運び上げた、水の入ったポリタンクを2つ運んだ店長は本当に大変だったと思う。
それから2時間程かけて、私たちは掃除をした。
そう、結局掃除をしただけなのだ。私有地だか公有地だかもわかんない場所に勝手に立ち入り木なんか切っちゃ流石にダメだろうとなったのだ。それでも社にかかる枝などは店長が鉈で打ち払った。店長が社の周りをやってる間に、私は社に積もった枯葉などを取り除き、雑巾で徹底的に拭き上げた。
「 どうっすかね 」
「 うぅぅぅん どうだろ なんか微妙じゃね 」
「 そんな事ないですよ 随分陰気な感じがしなくなりましたよ 」
「 ビフォーアフター用に写メ撮っとくべきだったな とりあえずお供えをしてお参りしよう 」
「 はい 」
私たちは社の正面にコンビニで買って来た箱入りのお饅頭に五合瓶のお酒、ホームセンターで買った質素な花瓶に挿した菊の花束をお供えして、2人並んで膝をつき手を合わせた。
鈴の音が聞こえた気がした。
「 腹ペコだぞ月夜君 社の端を借りてメシにしよう 」
「 はい 」
私たちは社の端に腰を下ろし買っておいたコンビニ弁当を広げた。こんな事ならお弁当を作って来ればよかった。
「 でも ここって何なんですか 」
お弁当を突っつきながら店長に聞いてみた。
「 地主神の社だろうね 土地神なんて呼ぶこともある さしずめ此処は鎮守の杜と言ったところか この規模からして小さな村で信仰されてたんだろうな この辺だと水害や水不足が多かっただろうから水神蛇神の類だと思うよ 」
「 神社の神様とは何が違うんですか 」
「 同じだよ 神様の
「 信仰っていったい何なんです 」
「 月夜君にとっての信仰って何だい 」
「 えぇっ 苦しい時の神頼み かな 」
「 それでいいと思うよ ただね 昔はそれだけじゃなかった 雨が降り過ぎれば流され 雨が降らなければ干からびた まさにデッドラインの上を綱渡りしてるような状態さ そう言う過酷な自然環境の中を生き延びねばならなかった そしてそれら自然災害を畏れと呼んだ 畏れと言う名を付けて具現化する事により見えない物を見えるものにした 見えない物には対処出来ないが姿と名を持つものには対処出来る 畏れ敬い奉る それが信仰だ 畏れの対象であるものを信仰する事により逆に味方につける 過酷な自然環境を生き抜く為に生み出された生活の知恵なんだよ 」
「 それじゃあここはどうして 」
「 ただね 人は自ら自然環境を克服した いや克服したと思い込んだ そして畏れは失われた 人は自ら生み出した神を自ら殺したんだ 此処はある意味それの象徴なのかもしれないな 」
信仰を失った場所、それじゃああの社の中には何が居るのだろうか。
ふと気づくと社の角に何かいた、それは前髪を切り揃えた大きくパッチリとした目をした可愛らしい小さな女の子だった。
私が気づくと顔を社の陰に引っ込めたい、しばらくするとまたひょいと顔をだす。
店長も気づき2人でじっと見ていると、女の子は社の陰から現れた。
女の子は小学一年生くらいだろうか、日本人形みたいでとても可愛らしい。ただ格好が異様だった。白い着物だろうか( ただの布にも見える )、それを腰の辺りで荒縄で縛り付けている、足は裸足である。虐待児童、脳内でアラートが鳴り響く、はたまたスーパー小学年なのか。
女の子は私たちを凝視している。いや違う、彼女の視線の先にある物は……
女の子は私たちのお弁当をロックオンしているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます