【超短編】月への単身赴任

天照てんてる

通信

 彼は唄う。地球へと向けて。

 彼女は唄う。月へと向けて。


 ささやくように、唄う彼ら。

彼らは確かに繋がっている。

月と地球という距離を超えて、

彼らは繋がっているのだ。


 電波が飛ぶには時間がかかる。

そのタイムラグこそあれど、

彼らは通信可能なのだ。


「ねえ、あなた、地球へはいつ

 帰れるの?」

「来月にはこちらを出るよ」

「――そう。何が食べたい?」

「地球産のモノなら――いや、

 キミが作ったモノなら、何でも」

「ふふ。じゃあ、またカレー?」

「そうだね、ジャガイモ抜きで」


 月基地に単身赴任中の夫に、

いつ休暇が取れるのか尋ねる妻。


 月でも食べられる、合成肉を

使ったカレーでも、きっと彼には

何にも替えがたいご馳走だろう。


 彼女は電話を切ってすぐに、

カレーを作り始めた。


「あら、あたしったら、気が

 早くて困っちゃうわ、

 これから毎日カレーね?」


 彼は電話を切ってすぐに、

レトルトカレーを食べようとして、

思い直した。


「カレーを食べるのは、地球に

 帰ってからにしよう」


 ・


 ・


 ・


 スパイスの匂いの漂う部屋で

彼の帰りを待つ彼女。


「あなた、おかえりなさい!」

「あぁ、またすぐ月だけどね、

 移住計画がうまくいけば、

 きっと僕らはまた一緒に住める」

「そうね、そうなるといいわね」


 キッチンの隅々までカレー色に

染まった部屋で、彼らはカレーを

食べて、タイムラグのない通信を

楽しむのであった。


〈了〉

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